似て非なる面影「長宗我部元親」①
━━円錐階層都市バンブリオ
バンブリオの首都は領土中央で錐状に聳え立つ岩山を削る事で築き上げられており、斜面は幾つかの階層を成している。
最上層である第四層には国王メルギルウスの居城である「バンシャ城」と、高貴な小人、人間価値の高い国民など。ごく少数の選ばれた人々の住処が整然と並んでいる。
第二層は研究、軍管、学舎関連など敷地を広く必要とする施設が大方占めており、構成規模の大きなギルドの施設もこの階層に集中している。
続く第三層にはバンブリオを代表する巨大闘技場が中央に位置しており、周囲には宿泊所や各種装備の専門店、工房、紋様屋など冒険者達にとって欠かせないコンテンツが混在した形を取っている。
首都バンブリオの中でも時間帯問わず人々の行き交いが最も激しく活気溢れる階層だ。
そして最下層である第四層。底辺階層として上記の階層に該当しない全てがその階層には詰められていた。
円錐状の山を削る形式上、標高が上がれば階層の面積は狭まる。
標高が限りなく地平線に近く山の麓を意味する第四層の面積が他階層よりも広大なのは当然の流れであり、また形式美を厭わなければ、防壁を建て直す手間は掛かるにしても、事実上、際限なく拡大させる事も可能だった。
〈変革〉後、散り散りとなった仲間の姿を追い求めて、旧ナノケリア領土のトワイライトや、城壁都市ゴゴ・チャッカ。彩花の園ラフレンティアなどを巡り歩いてきたココナとなおえかねつぐ。
幾つかの邂逅を得て後、ココナは師匠なおえかねつぐの提案を受け円錐階層都市バンブリオを訪れていた。
真っ赤なカンカン帽子を被り、下から三つ編みにした栗色の髪が垂れている。
季節の移り変わりに沿ってコートを手放し、代わりとして鮮やかな朱色のワンピースにその身を包んでいた。
やや短めのワンピースの裾から足首まで健康的な肌を晒しており、光沢を含む真っ赤な革靴が目立つ。
ヴィオ水晶による透明度の高い紫色の刃をした両刃剣を革紐で結んで背中に担いでおり、胸の前に通した革紐がワンピースに皺を立てていた。
斬刀士であるココナの隣を歩くのは、双剣士のなおえかねつぐだ。
半年前とは打って変わり、紅白の巫女服から絢爛とした装飾の縫われた桜色の浴衣へ衣装替えしていた。裾が膝上で途切れる類の課金衣装だ。
ココナよりも大胆に素肌を晒しており、覗く太股が妖艶な雰囲気を醸し出している。
黒く艶やかな髪は耳を覆うぐらいの短さでばっさりと切り揃えており、以前よりも幼げな印象を与えていた。
腰の後ろに長短二対の小刀を交差させて携えている。
足を前に踏み出す度、双剣の柄頭から垂れる紅紐が優雅に揺れていた。
円錐階層都市バンブリオの第四層にて、ココナはなおえの先導を受けながら、細く曲がりくねった裏道を這っていた。
彩花の園ラフレンティアを訪れた際、半年前の仲間と再会したココナは彼女達の今後の方針を聞き、考え方を改めた。
決して他の仲間達との再会を諦めた訳ではないが、ココナは一度、放浪を辞めることを決意。師匠であるなおえかねつぐに相談していた。
〈変革〉後、世界は不安定な情勢を迎えている。
中でも特にぶれ幅が顕著なのがウェルズニールだ。
〈円卓の騎士団〉の反乱。
バンブリオとの抗争。
そして、背後に潜む葬儀人の存在。
バジリスク崩壊の日に、自らの力量不足を痛感させられたココナは一旦足を止め、実力を磨く事を選ぼうとしていた。
相談に応じたなおえはココナの決意に頷いて返し、とあるダンジョンの名を口にした。
バンブリオ領土南西に広がる砂地。その奥に〈シルフィ神殿〉と呼ばれる衰廃した遺跡が存在する。
ひっそりと砂に埋もれ来訪者を待つシルフィ神殿の最深部では、バンブリオにおける唯一の紋様石が採掘できた。
ネットゲームだった頃の〈New Age〉は、プレイヤーが獲得できる紋様石は各国で一つ。実装当初より合計三つのままだ。
順路として三番目に該当する国バンブリオは当然、難易度も高く、ダンジョンの過酷さは熾烈を極める。
シルフィ神殿を攻略する為、なおえは本来のメインキャラだった「上杉謙信」側の知り合いに協力を求める算段なのだ。
なおえのメインキャラ「上杉謙信」が所属していたギルドはある共通した条件の元に結成されていた。
在籍数は数える程度だったが、各々の熱意と実力は折り紙付き。
作成キャラの性別は女性限定。
職は近接職縛りという酷く偏った少数精鋭ギルド。
「戦国華憐家」
なおえが「上杉謙信」として在籍していたギルドの名であり、現在、ココナと共に助力を請う為、向かっている目的地でもあった
「家族の様な。そういうギルドだったよ」
なおえが意識混濁性消失障害に陥る以前。
「上杉謙信」だった頃の日々を遡り、彼女はぼそりと……居心地が良かったんだ。と言い洩らした。
「私が上杉謙信だった頃の在籍人数は6人だった」
槍闘士の真田幸村。
斬刀士の長宗我部元親。
拳闘士の竹中半兵衛。
戦鎚士の浅井長政。
刀剣士の立花道雪。
そして、なおえの「上杉謙信」。職は大剣士だった。
「なおえかねつぐを作成したきっかけは些細なものだ。特異職〈双剣士〉へ転職できる稀少具を手に入れてな。共宝瓶はアカウントごとに一部共有されていたから、息抜きのつもりだったんだよ」
「お師匠様は、やっぱり後悔してますか?」
歩きながら喋るなおえの背中に、ココナは問い掛けた。
「ん、どうしてかな?」
「その、なおえかねつぐを作った事を……」
なおえは足を止め、ざっと振り返る。
「お前は突然、何を言ってるんだい。私は後悔なんかしてないさ。ココナ、こうしてお前にも出会えた」
「私も、お師匠様に出会えてよかったです」
「もぅ!!この子ったらっ!!」
いきなりなおえに抱きつかれ、あわあわともがくココナだったが、次第に抵抗の力を抜いて、優しげな笑みを浮かべた。
「でも、それは駄目ですっ!!」
接吻をと迫る唇に気付き、必死に逃れようとするココナ。
「ちょっとお師匠様!!日中ですし、ここ道のど真ん中ですよ!!」
「むぅ、なら続きは夜だな」
残念そうに抱擁を緩めるなおえ。抜け出したココナがはっきりと言い切る。
「そういう意味じゃないですっ!!」
「ははっ、なに、冗談だ」
「お師匠様が言うと、全然冗談に聞こえませんよ」
怪訝な眼差しを向ける弟子に向けて笑って誤魔化す。
「もうすぐだよ」
複雑に入り組んだ路地を歩くこと暫らく、街中の風景が茜色に染まる頃合い。
ひしめく建物が石畳へぼんやりと陰影を落としている。
「ここが戦国華憐家の拠点だ」
平凡な……ココナがNew Ageの世界に取り込まれてからは自然な光景となった石造りの建物。
黒ずんだ石壁、角の欠けた窓、錆びついた鉄枠の扉。
なおえの言葉通り、受ける印象はギルドの在籍者が集い賑わう場というよりも家族が身を寄せ合う一軒家の様だった。
「誰か居るといいんだけどな」
珍しく緊張した面持ちのなおえを横目に、ココナは扉に拳を当てる。
なおえが「上杉謙信」ではなく「なおえかねつぐ」として、そして意識混濁性消失障害として〈戦国華憐家〉を訪れるのはこれが初めてだった。
こん。と静まり返った街中に叩いた音が沁み渡る。
扉の奥から反応が返るのを押し黙って待つ二人。
その結果を予想していなかった訳ではなかった。
「……駄目だったみたいだね」
未練を断ち切ろうと、懇願とは逆さの言葉を口にするなおえ。
視線を伏せて、立ち去ろうと踵を返しかけた瞬間だった。
がちゃり。と唐突に扉が開く。
「何方ですか?」
声の正体を確認して、なおえは声色を高くして答えた。
「その服装、半兵衛だね!?久しぶり、と言えばいいのかな?私だよ……謙信だ」
薄い金髪に紫色の瞳。肩付近まで伸びた髪はふんわりと羽毛の如く軽やかな印象だ。
頭上にフリルの縫われたカチューシャをのせており、白と黒を基調にしたメイド型の課金衣装に全身を包んでいる。
ほぼネットゲーム〈New Age〉の頃と変わらない旧友の姿になおえは安堵感を覚えていた。
「上杉謙信?」
「うむ、その通りだ。今はサブキャラの〈なおえかねつぐ〉がモデルになってるがな」
「お久しぶりです。元気そうで何よりです」
「君も相変わらずだな」
そこまで会話を続け、半兵衛はようやく隣に立つココナへ視線を向けた。
「お隣の方は?」
「あぁ、私の弟子のココナだ」
「初めまして。竹中半兵衛です。どうぞ半兵衛とお呼びください」
半兵衛の可憐さに見惚れていたココナは、遅れて名乗り返した。
「あ、えっとココナです。半兵衛さん、よろしくお願いします」
礼儀正しく丁寧な人だなー。ココナにとっての半兵衛の初印象はそんな感じだった。
しかし、その印象はすぐに払拭される事となる。
「おーい、半兵衛?結局誰だったんだよ!?」
「……」
狭い扉の奥から、男性のぶっきらぼうな声が聞こえてくる。半兵衛はやや表情を厳しくさせるのみで、一向に答える気配がない。
「えっ、無視?まーたすぐそうやって無視かよ。いいの?俺、泣いちゃうよ?」
「泣かないでください、気色悪いです」
「ひどくない?」
「気色悪いです」
半兵衛が無表情で淡々と口走ってる。
「なんで二回言ったの?ねぇ、今なんで二回言ったの?半兵衛ちゃん?おーい、聞いてますかー?半兵衛ちゃーん」
次第に半兵衛を呼ぶ声は近くなり、やがて声の主は半兵衛の肩越しに扉の外へ顔を出した。
「ん、おたくらどちら様?」
赤混じりの茶色い頭髪はぼさぼさと無造作に伸びている。額を隠す前髪の隙間より見える片方の目が眼帯に覆われていた。
爽やかな水色を基調とした、ゆったりと袖幅に余裕のある袴型課金衣装。
なおえかねつぐも巫女服と着物を所有しているし、どうやら〈戦国華憐家〉のメンバーはこだわりなのか皆揃って課金衣装を着用しているみたいだ。
「私は上杉謙信だよ。もしかして元親かい?」
「おぉ謙信!!久しぶりだな!!あぁ、長宗我部元親だぜ」
「ネカマだったんだね」
ネットで性別を偽るプレイヤー……主に女性キャラを作成し、女性っぽく振舞う男性を指してネカマと呼ぶ。
「ネカマって言うなよっ!!前に男だって言ってただろうが!!」
意識混濁性消失障害以前の元親はグラマラスで色美な風貌を持つ女性キャラだった。
眼帯や髪色などに面影を残してはいるが、体型や顔付きは別人と言い切ってしまえる程に変化している。
「で、そこの可愛い子ちゃんは誰だ?」
「ココナです。お師匠様の弟子をしています」
「元親、私の可愛い弟子に手を出さないでくれよ」
「ださねぇよ!!俺、なんでいきなり釘刺されてる訳!?」
「元親さっさと離れてください。暑苦しいです。あと汗臭いです」
「半兵衛?どさくさに紛れて言い過ぎじゃね?」
「……」
「まぁ、その謙信、元気そうで何よりだ。とにかく中に入れよ」
不敵な笑みを残し、元親は扉の奥へ消えていく。半兵衛、なおえもその背中に続く。
ココナは聞き覚えのある台詞を口にする元親の姿に、過ぎし日の青年の残像を重ねてしまっていた。
「……フォルテ」
代わりなんて居ない事はわかってる。
そう自らに言い聞かせて、ココナは滲む哀惜をそっと胸底へ沈めた。