移人狩「対決。ハンプティ・ダンプティ」③
どうやら思惑通り誘い出せたらしい。
闘技場に参加し、わざとらしく姿を晒したのが結果、良い方向に傾いてくれたのだと彼女は瞳を瞑り薄ら笑いを浮かべた。
あとは……どうやって拘束するか。
もう失敗は許されない。
噂によれば向こうも私達〈葬儀人〉に似た仕様外の事象を操るらしい。
私では無い誰かの記憶による発作も今はすっかり治まり、目的を見失うような事はないだろう。
フィズの推測が正しければ、その存在は世界の歪みを糺す〈葬儀人〉にとっての天敵だ。
意識混濁性消失障害なる人達に対して多少の罪悪感はあるが、それよりも守るべきはこの世界なのだ。
上界に気を遣っていられるほどの余裕なんてない。
私達は私達の世界を守る。
それが〈葬儀人〉の役目なんだとフィズは言っていた。
とても大切な事だと思う。
その為に生まれた自分を誇りにすら思えた。
「……助けて」
誰かが叫んでいた。
しかし、少女はその言葉自体を拒絶しているのか。
叫びは心へ届かず、闇に掻き消された。
━━闘技場内を満たす蒼い星々。
観戦している人の多くは幻想的な光景に心を奪われ、無言で息を呑んでいた。
大小様々な星はどれも蒼い粒子を振り撒いて、淡い光を滲ませている。
そして、煌く星空から幾重にも軌跡が落ちる。
「お師匠様!!元親さん!!」
蒼き星屑に包まれていく二人の姿に、ココナは焦燥の声色を上げた。
言理はココナの意識が自分から外れた瞬間を逃さず、粒子刀を翻した。
ココナ HP 5307/5940
脇腹に刃先をかすり、HPが削られる。
咄嗟に後ろへ飛び退き、態勢を整えようと試みる。
しかし、言理は追撃の手を緩めまいと、更に踏み出してきた。
腰元に残っていた鞘を引き抜いて、ココナの手元目掛けて払う言理。
右手の甲に鞘が当たり、反動で大きく脇が開く。
無防備な脇腹へと再び言理の粒子刀が迫る。
━━っ!!
大きく目を見開いたのは言理だった。
ココナの真っ赤なカンカン帽子。その上に座っていた筈のシルフィードの姿が消えている。
代わりにココナの真っ赤なワンピースの周囲へ浮かび上がったのは、碧の粒子による風波だった。
それは〈風刃〉とも〈風陣〉とも異なる、〈精霊師〉たる真の所以。
円錐階層都市バンブリオ柵門外。
「ココナ、覚えておいてください。精霊師となった今の貴女には精霊術が扱えます」
「精霊術?」
「それは古来〈憑依〉と呼ばれていました。精霊と同化する事により、断定的ではありますが、貴女は神格級へと昇華します。ただし、私はできれば使いたくはありません。〈憑依〉状態による精霊術の行使は世界の根本的な理に反します。そして、他の精霊達に必ず覚られます」
来るべき闘技場に向けて、彼方まで広がる平原にて〈戦国華憐家〉の面々と特訓していたココナ達。
束の間の休息の最中、シルフィードは〈戦国華憐家〉の不在を見計らって、ココナへ打ち明けていた。
「貴女が望めば私は必ず応えます。ですが、その結果、生じる歪みについてどうか一考して判断して頂ければと思います。それと、この事は私達だけの秘密に。くれぐれも他の方に気取られぬ様ご注意ください」
秘密。という単語に僅かな不審を抱いたが、ココナはシルフィードの言葉自体にはなんら疑問を持たなかった。
「うん……わかった」
そして、彼女は選ぶ。
〈精霊術〉を扱ってでも〈ハンプティ・ダンプティ〉に勝つ事を選んだ。
心身を同化し、精霊達と並ぶ神格級まで昇り詰める〈憑依〉状態。
ココナの瞳が碧色に変色していく。
言理は粒子刀を振り抜くよりも先に、全身を凄まじい暴風に煽られ、瞬く間にココナから離されてしまう。
吹き飛ぶ最中に姿勢を戻し、かろうじて着地に成功する。
勢いを殺しきれず、暫らく足の裏で地面を滑る言理。
近くに落ちている愛刀を視界に収め、彼女は駈け出そうとした。
「……ちっ!!」
その背中へ斬り掛かるなおえの姿。
〈極須の神質〉により、ベリルの魔術を無傷でやり過した彼女は自分達の方へ飛ばされてきた言理に気付くと、即座に標的を変えていた。
胸の前で交差していた両腕を振り抜いて、太刀筋を左右に刻むなおえ。
粒子化で片方を免れるが、眼前にはHPの減少を示す数値が浮かんでいた。
続けて背後よりココナの風霊術が空間に風の余韻を碧の輪に残しながら、竜巻状に言理へ襲い掛かる。
しかし竜巻は言理へ到達する前に、透明の壁に遮断された。
ナイトレイの結界魔術だ。
「一度が限界ですか」
相殺され結界魔術の破片が飛び交う。
長宗我部元親 HP 3306/7692
ベリルの星魔術を避けきれず、節々に被弾していた元親。
彼は〈一夜己刀〉の鞘部分となる唐傘を広げ、必死にダメージを抑えていた。
「畜生!!このままじゃ、ただジリ貧だっ!!」
強引に突破しようと強く踏み出す元親。
「無駄な足掻きを……」
再び圧し掛かるナイトレイの無慈悲な〈重力〉。
「くっ、この……」
俺だけ足手まといか?
そんなの認められるかっ!!
俺は……俺がこの手で〈移人狩〉を倒さなきゃいけねぇんだ。
こんなところで屈伏してる暇なんて、俺にはないんだ。
━━元親の気概を嘲笑う〈重力〉と〈星〉。
決死の形相でナイトレイ達を睨む元親。
「さぁ、チェックメイトです」
今まで防戦に徹してきたナイトレイが短く詠唱を口ずさんでいく。
元親の足元に漆黒の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣に沿って滲み上がる黒煙。
「ココナ!!言理ちゃんを頼む!!」
「お師匠様っ!?」
刃を交えていた言理の腹を蹴って、距離を取るなおえ。
彼女は踵を返して、元親の方へ走り出していた。
〈雪〉の射程内にさえ入ってしまえば。
視界に漂う〈雪〉を追い、ナイトレイの〈重力〉を避けていく。
「魔術だろうと、たとえ重力だろうと今の私は止められないさ」
既に元親の姿は黒煙に囲われていた。
その黒煙が不可視の〈雪〉の干渉を受け、丸く穴を覗かせていく。
双剣の片方を鞘へ押し込め、空いた右腕を黒煙の奥へ伸ばした。
「なおえ!!お前まで巻き込まれるぞ!!」
「舌を咬むからだまってな!!」
〈雪〉が元親へ届き、重力から解放される。
元親の腕を掴み上げ、力ずくで引き摺り出そうとした。
━━言った筈じゃぞ。無駄じゃとな。
切なげな声だった。
〈雪〉が〈星〉に溶かされていく。
不可視の干渉を打ち破る可視の書換。
「……」
なおえは無言で、余力の限りを尽くし元親を背後へ投げ飛ばした。
「なおえっ!!!」
「元親、ココナ。私は笑顔で帰りたいな……任せたよ」
全身が黒い煙に包まれていく。
━━真っ暗だ。怖いね。
〈雪〉を見失った彼女を支配する純然たる闇。
黒煙の檻へ傾れ落ちる数多の流星。
なおえかねつぐ HP 0/6344
遂に一人目の脱落者が、転送輪へと追放される。
第三層は最も活気に満ち溢れている国の象徴だと、この国の小人達は誰しもが口を揃えて誇るものだった。
しかし、実際問題。エルの眼前に沈む景観は、活気や殷賑といった類の躁とはとても結び付かない陰鬱さを醸し出していた。
三層の外れ。
層を成す円盤の端。
あと少し……外側に向かって歩き、踏み外してしまえば、身は宙へ投げ出され、最下層へと墜落するのだろうか。
当然、層の最果てには落下を未然に防ぐ為の柵が築かれている。
しかし、柵は人を縛るものではない。
エルは何度も俯瞰してきた。
現世の縛りから解放されたい一心で、空へ飛ぶ翼無き生物達を。
その度に言理は「救えなかった」と表情を辛そうにさせた。
自責に没頭する少女を横目にエルはいつも考えていた。
「救う」とは、果たしてどうすべきなのだろうかと。
もし落下による死を自分達が阻んだとする。
それはたぶん「助けた」事にはなるのだろう。
けれど、それは決して「救われた」訳じゃなく、ただ「助けられた」だけなのだ。
根本的な解決にはまるで成っていない。
だから「助けられた」命はまた「落ちていく」。
無論、恐怖からもう二度と繰り返さないケースもある。
でも、それはただ飛べないだけの話だ。
〈創造の魔女〉であり人形師ことエルミル・ビア・パナシェはもう随分と長く人形を生み出していない。
造れないのだ。
彼女はかつて、自らが創り出した人形に殺されかけた。
人間らしさを追求する為に、創造物に設けるべき三原則を外していた。
結果、彼女は殺されかけた。
愛する我が子に殺意を向けられたのだ。
〈人形〉の創造を止めたのはそれからだった。
やがて言理と出会い、一緒に〈正義の味方〉ごっこを始めた。
エルが考える魔女像は酷く偏執的で孤独なものである。
そんな自分がどうして、いつまでも言理の傍に居るのか。
稀に脳裏を掠める歪んだ価値観。
〈正義の味方〉ごっこで人を「助けた」所で、それは結局、自己満足に過ぎないのだと、言理に気付いて欲しいのか。
それとも……諭して欲しいのだろうか。
まだ夕暮れ前だと言うのに、蓋の被さる第三層は常に暗闇を孕んでいた。
第三層の住人はほとんどが大会の観覧か、或いはその賑わいに乗じて一商売にでも乗り出しているのだろうか。
円盤の外れは人影も見当たらず、中央付近の喧騒が嘘の様に静まり返っている。
日当たりが悪い所為か、何処からともなく漂うかび臭さは下の層と変わらない。
エルの足取りに迷いは見られない。
胸元のポケットに忍ばせていた小包に触れる。
雨頃仔百が手袋型宝星具〈パティシミトン〉の固有スキル〈製菓〉で予め用意していた魔術道具だ。
丸飴の形状をした魔術道具を包んだそれをエルは力強く握り締めた。
「この飴同士は共振するです。誰かが強く念じて握れば、他の飴達が震えるです。そして、震えた飴を握れば、前者の位置が方角として伝わる仕組みになってるです。要は簡易的なテレパスです」
半兵衛の忠告を無視した事に対する謝罪も込め、彼女は自身の位置を仲間達へ示しておいた。
「さて、もう気付いてるわよ」
エルは立ち止まると、無人の路地先を鋭く見据えた。
じじじっ。と不可解な雑音が空間を震わす。
光学迷彩を解除し、視界へ滲み上がる黒衣の人物。
「……」
無言で佇む相手に向かって、エルは透き通った声を出す。
「〈変革〉以来ね、葬儀人。貴方はフィズ?……マオ?それとも、他の誰かかしら?」
深く被ったフードからは葬儀人の正体がまるで判別できない。
ただ片手に握っている漆黒の鞭だけが、彼女がつい先程まで闘技場で猛威を奮っていた〈ウィップ〉その人物だと指し示していた。
「今度こそ逃がさない」
黒衣の人物はぼそりと呟き、そしてフードを捲くし上げた。
純銀色の頭髪、淡紅色の眼孔。
幻想めいた儚さを秘めし少女だった。
「あら、初めましてね」
言い終えてすぐにエルはある違和感を覚った。
彼女の紅い瞳の焦点が自分よりも遠く、背後に伸びている。
瞬間、背筋に悪寒が走った。
反射的に後ろへ首を回すエル、その視界が一面蒼く染まる。




