移人狩「対決。ハンプティ・ダンプティ」②
━━〈戦国華憐家〉と〈ハンプティ・ダンプティ〉の激突が始まったのとほぼ同時刻。
B組第二回戦〈夢の果てのクオリア〉の戦いは既に終わりを告げていた。
ざわつく観衆。騒然となっている会場内。
〈戦国華憐家〉と並ぶ知名度を誇る〈夢の果てのクオリア〉。
半兵衛は彼等の実力を高く評価していただけに、眼前の結果に驚きを隠せなかった。
瞬殺。と言い換えても過言ではない程、彼等は一方的に敗北を拝んでいた。
対峙していたのはたった一人。
〈ウィップ〉と名乗る人物は黒衣に全身を覆っており、漆黒の鞭を踊らせること数秒で〈夢の果てのクオリア〉の三人のHPを根こそぎ奪っていった。
「間違いないわ。あれは私が遭遇した人物よ」
「葬儀人です?」
「移人狩ですか?」
仔百と半兵衛の問い掛けが重なる。
「わからない……わからないけど、見間違う筈もない」
エルは自らへ暗示を掛けるように呟いている。
一人残された黒衣の人物の周囲を光輪が囲っていく。
転送の開始を見止めて、エルは二人へ呼び掛けた。
「急ぎましょう。仔百はこのまま会場内に待機。半兵衛は正面ロビーの方をお願い。私は裏口に回るわ」
「了解です!!」
「畏まりました」
仔百をその場に残して人ごみを掻き分けていくエルと半兵衛。
「もし相対しても深追いなさらぬように」
「えぇ、わかってるわ」
背後からの半兵衛の忠告に即答するエル。
半兵衛は眼前で揺れるか細い肩を見つめながら、黙々と思案を巡らせていた。
「お師匠様っ!!」
立ち塞がる言理の向こうで、膝をついて伏している師匠の姿。
無防備な身体を流星が次々と貫いていく。
「俺に任せろ!!」
ココナの叫びを受けて、元親は駆け出す。
軽やかに〈一夜己刀〉で宙を裂き、ナイトレイとベリル目掛けて残像を飛ばした。
しかし、残像剣は相手に届く事無く、宙より浮かびあがった亀甲状の結界魔術に防がれる。
それでも元親は怯まず、接近を試みる。
更に重ねて〈一夜己刀〉を振るい、結界魔術を打ち破ろうとする。
「無駄な事を……」
ナイトレイの冷めた声。
彼はまだ一度も足を動かしてはいなかった。
その場に立ったまま〈星奪〉を翳す。
鈍く暗い影が迫り、元親に覆い被さっていく。
「ぐっ……」
否応なく元親にも圧し掛かるナイトレイの〈重力〉。
なおえかねつぐ HP 1607/6344
……仕方ない。
一方的なHPの減少に耐えつつ、なおえはひたすら機会を窺っていた。
彼女は〈シルフィ神殿〉での風霊との対峙を得て、紋様石と風霊の加護を宿す双剣を入手していた。
直接的に風霊と契約できたのはココナ一人だ。
ただし、白砂を越えて恩恵を得たのは、彼女一人だけではない。
「貴方達にも私の加護を授けたく願いますが、如何なさいますか?」
既にバンブリオで紋様石を入手していた元親と半兵衛は風霊の提案に対して首を横に振っていた。
一方のなおえは悩んだ末、愛用してきた双剣に加護を宿し、新たな紋様石を手に取っていた。
風霊の加護を宿し生まれ変わった愛剣〈風車〉の柄紐に結ばれた二対の黒い丸石。
今、片側の紋様石が一際輝きを増していく。
刻まれた紋様宮の名は。
━━極須の神質
「……っ!?」
ナイトレイが迫る元親に〈星奪〉を向け、彼に意識を奪われたその一瞬だった。
何かが視界を横切った。
その程度の認識しか許されなかった。
ナイトレイ・シュヴァリエ HP 4391/6634
眼前に浮かぶ数値は彼のHPが大きく削がれたのだと示唆している。
「姫様!!」
しかし、彼は自身が受けた数値よりも、主の身を案じた。
「無事じゃ」
咄嗟に魔術で身代わりを生み出していたベリル。
双剣が引き裂いたベリルの虚像は無数の小型の星になって爆散する。
なおえは散らばる流星を尽くかわしていく。
人外じみたなおえの動きは、ナイトレイの瞳にすら映り込まない。
彼女の瞳孔に灯る微かな碧色は残像となり幾つもの線だけを視界に残していた。
ナイトレイは〈星奪〉の範囲を広め〈重力〉を強めていく。
一瞬、鈍い影に包まれたなおえが視認できた。
彼女は双剣を翻し、宙を舞っていた。
それも束の間、再び捉えられなくなる。
なおえが〈極須の神質〉を発動させるのは、これが初めてであった。
つい数秒前まで〈極須の神質〉に対して、ありがちな……極限の状況下に置いて、本来以上の力が発揮されるという類の認識しか持っていなかった。
だが〈New Age〉という仮想世界での意識混濁性消失障害のそれは、なおえの想像を遥かに超えていた。
これだ。私が求めていた感覚はこれだったんだよ。
今までずっと……可愛い弟子や親しい家族(戦国華憐家)の為にも、自分はこうあるべきなんだと律してきていた。
でも、本当は違う。
私が〈なおえかねつぐ〉として、この〈New Age〉に求めてきたものは。
この昂りだったんだ。
〈極須の神質〉を発現させたなおえには、ある種の隙が視えている。
その症状には覚えがあった。
まだなおえが〈なおえかねつぐ〉ではない誰かだった頃の話だ。
ボランティア活動の一環として、国外に住み着いていた当時。
〈visual snow〉と呼ばれる症状について黒肌の少年から相談された記憶があった。
視界にちらつく光。まるで純銀の雪の如く舞う様から取ったのか、少年はその症状を〈visual snow〉と呼んでいた。
なおえの視界に映り込んでいるそれは、かつて少年が不安そうに語っていた雪と似ている気がした。
故に彼女は現象について深く思考せず、単純に〈雪〉とだけ認識した。
本来、存在する筈の無い〈雪〉が視えるのだと。
他に上手く説明できる言葉が思いつかなかった。
現実世界と異なるのは、それらの〈雪〉は決して幻ではなく、確かに〈New Age(この世界)〉へ干渉している点だった。
ちらつく雪はどうやら全ての現象に対する隙間を生成しているのだと、曖昧ながら理解できた。
〈風車〉の剣先にココナの援護━━碧の粒子が纏わりつく。
「まさか……強制書換!?」
覚醒したなおえの行方を目で探しながら、ナイトレイは声を張り上げた。
彼の瞳には〈雪〉は視えていない。しかし、己の〈重力〉が何らかの干渉を受けていることだけは確信できた。
圧し掛る〈重力〉の暗闇にちらつく〈雪〉。
なおえは〈重力〉なる現象を打ち消しながら、奥へ吹き抜けていく〈雪〉を追う。
ベリルは急接近するなおえを大きな瞳に映し、迎撃へ移ろうとした。
しかし、〈極須の神質〉を発動したなおえの速度は常軌を逸していた。
ベリルの正面に具現化された巨大な星を碧の粒子纏うなおえの片刀が貫く。
膨らんで破裂する星。
幾つもの星屑が散った。
「むぅ……」
星型魔術を発動する前に壊され、不貞腐れるベリル。
「ごめんよ」
なおえは両腕を振り上げ、袈裟懸けに交差させた。
無防備を晒す少女の漆黒を斬り裂くは碧の粒子纏う双剣。
メリーベル・アン・ラズベリー HP 3643/5040
遂にベリルへと届く〈戦国華憐家〉の刃。
「そろそろ、こっちもいくぜ!!」
元親は〈重力〉に屈する間、スキル〈研鑽される感覚〉で力を蓄えていた。
そして、主への接近を許したナイトレイの意識が逸れ、〈重力〉が緩んだ刹那。
彼は〈一夜己刀〉を力の限り真横に一閃した。
伸びた残像がナイトレイの結界魔術を砕いて、腹部を抉る。
ナイトレイ・シュヴァリエ HP 3277/6634
「……っ」
結界魔術の破片が飛散する中、無言でよろめくナイトレイ。
なおえが……、元親が……それぞれ相手へ追撃しようと構えを直す。
「この程度で見縊られては心外だな」
ナイトレイは眼鏡の奥に覗く目を細め、静かに囁いた。
元親の薙ぎ払いが再び結界魔術に阻まれる。
詠唱の欠点であるタイムラグを微塵も感じさせず、次々と結界魔術を展開させていくナイトレイ。
一方のなおえは続け様に双剣を乱れ振っていたが、何度試みても、ベリルへ触れる寸前に静止してしまっていた。
「無駄じゃ」
ちらつく〈雪〉が尽く蒼い粒子に溶かされている。
ベリルの衣装型宝星具〈黒薔薇〉の固有スキル〈綬縛〉がなおえの剣をぴたりと止め、ベリルが天使から授かった〈強制書換〉がなおえの〈雪〉を相殺していた。
「そっちも精霊なんて規格外を使ってるんじゃから、おあいこじゃぞ」
均衡した戦いを見せているココナと言理を遠目に見据えながら、ベリルは告げた。
〈理想郷の先駆者〉メリーベル・アン・ラズベリー。
とうとう彼女の本領が発揮される。
━━円錐階層都市バンブリオ第三層、闘技場裏口前。
「もっと早く向かうべきだったかしら」
闘技場外の街道をぐるりと回って、裏口前まで辿り着いたエル。
乱れた鼓動を鎮めようと深呼吸を繰り返しながら、周囲を見回す。
「ちょっと竜太っ!!次、どうすんのよ!?あれ、やばくない?」
「何がだ?」
「何がって……〈夢の果てのクオリア〉瞬殺だったじゃん?あんなの勝てっこないでしょ」
「勝てないからと、戦わず負けを認めるのか?」
「いや、そういう事を言いたいんじゃなくて」
「……きっとなんとかなるよ」
「いやいや、烏。あんたさっき全然戦ってないじゃん!!棒立ちしてたでしょ!?さっきちらって振り返ったら欠伸してたよね?突っ込みたい部分たくさんあるんだけど、ねぇ言っていい?全部言っちゃっていい?」
「……眠いから、早く帰ろ」
「あのー、あたしのはなしをきいてくれますかー?」
「メープル、落ち着け。とにかく正義は勝つ。絶対だ!!」
「よく言うじゃない……勝った方が正義なんだって」
賑やかな三人組とすれ違う。
「あれは……確か〈疾風迅雷フウライオー〉だったかしら。もし〈ウィップ〉が大会を続けたなら、次にぶつかるのは彼等よね」
一回戦は実質〈竜太〉という青年がほぼ一人で戦っていた。
終始後ろでぼーっとしていた〈烏〉と呼ばれる青年の所為か、やや印象悪く受けたが……彼等の実力は疑う余地もないだろう。
「それよりも……」
と、エルは無意識に零し、虚空に右腕を翳す。
魔術痕跡。
〈New Age〉の世界の概念とは異なる、外側の魔術。
現実世界で幾度もの非日常と対峙してきたエル。
そんな非日常に欠かせなかった手段の一つが、魔術痕跡の逆行再現である。
残留思念の読み取りとも言い換えられるそれは、その場所に微かでも魔術の痕跡が残っていれば、糸を手繰り寄せる様に集めて再現できる。
気付いたのは〈変革〉後だ。
〈強制書換〉なる〈New Age〉仕様外の現象の根本には、意識混濁性消失障害と同系統の魔術が潜んでいたのだ。
エルの視界にのみ表れる変化。
闘技場裏口周辺の石畳の街並が白黒に塗り変わっていく。
その景観の中で僅かにだったが、右端に蒼い粒子が煌くのをエルは見逃さなかった。
「同じ逆行再現?」
ちらりとしか確認できなかった為、確信は得られなかった。
ただ、あの規模はエルと同じで何者かが魔術痕跡を探っていたのだと推測できる。
何度も逆行再現を目視しなければならないが、追跡も可能だろう。
━━もし相対しても深追いなさらぬように。
半兵衛の忠告が脳裏を過った。
「やれやれ……困ったわね」
闘技場正面側と違って、街中の人影は疎らだ。
視界を縦に線引く支柱と、その奥に一望できる広大な平原。
第二層の外端へ伸びる細い路地はうねっていて、土地鑑に乏しいエルには意地悪く映った。
頭の中に浮かぶ選択肢に葛藤する〈創造の魔女〉。
程なくして彼女はふらりと、闘技場裏口から姿を消した。




