移人狩「集う参加者」⑤
━━円錐階層都市バンブリオ第三層〈闘技場〉正面受付ロビー。
迫る無差別等級団体戦に向けて、腕に覚えのある意識混濁性消失障害達は次々とバンブリオに集結しつつあった。
今大会への登録基準はPTの平均Lvが60以上である事(小人の場合は除外される)と、PT人数が三人を超えない事。
「噂によると、今回は〈ゾディアーク教団〉と〈ハンプティ・ダンプティ〉も参戦するらしい。他にも〈夢の果てのクオリア〉や〈戦国華憐家〉、〈海月〉と続々参戦が判明してる。こりゃあ〈変革〉以降、最もハイレベルな大会になるぞ」
見知らぬ誰かの囁きを受けて、ふんっと鼻を鳴らす青年。
「あら、竜太残念ねぇ。あんたの〈疾風迅雷フウライオー〉はマークされてないみたいじゃないの」
短めの頭髪は毛先がやや赤く映る黒髪だ。彫りの深い顔立ちに濃い眉毛。首元には真っ赤なマフラーを巻き付け、余った先を背後へ垂らしている。
きつい目つきに黒目が半分隠れている。
竜太と呼ばれた青年は、隣に立つ女性へ声を荒げた。
「いいさ……メープル、今に思い知らせてやろう。俺達〈疾風迅雷フウライオー〉こそ唯一無二の絶対正義。悪は全てこの俺のフウライバーストで打壊する!!」
女性にしては短めの頭髪は癖っ毛なのか、先端が所々跳ねている。色落ちした茶色い髪の片側に黄色いリボンを巻いていた。
褐色に近い肌色、竜太に並ぶ高身長。緩やかな曲線が女性らしさを主張している。
メープルと呼ばれた女性は呆れた様子で返している。
「いつの間にあたしまであんたの戦隊に加わってるのよ」
「戦隊じゃない!!疾風迅雷フウライオーは友情ロボット熱血バトルアニメだ」
「あはは……よくわかんねー」
「しかし、困ったな。あと一人足りないぞ」
竜太はメープルを含めて(強引に)頭数を再確認していた。
次に行われる無差別等級団体戦は三人までの参戦が認められている。
無論、強制ではないので、個人、或いは二人での登録も可能だ。
しかし、それは可能なだけという話であり、決して現実的とは言えない。
「あんたぼっちだもんね」
「正義とは孤高な存在なのだ」
「さっき友情なんちゃらって……」
「孤高な者同士が肩を並べて戦うから燃えるのだろ?」
「はいはい。まぁあたしみたいな都合の良い女は黙って従いますよ」
「い、いや。そのようなつもりは」
「冗談だから。まじになられても困るって」
「すまぬ。こう見えて、異性との交流に乏しくてな」
「こうも何も見たまんまなんですけど」
むぅ。と低く唸る竜太を横目に、メープルは受付の元へ寄っていく。
「第13回無差別等級団体戦登録希望の方ですか?」
受付嬢らしき澄ました女性が淡々と口早に告げていく。
「あんた、よく噛まないわね」
「仕事ですから」
相手から反応が返ってくる辺り、どうやら虚人ではないらしい。とメープルは探りを挟んだ。
MMORPGの都合上、必要不可欠だったNPCの概念。
〈変革〉以降も日常の節々に名残は見つけられた。
虚人。
意志を持たず、生死から外れた自動的な概念。
ただ決められた行動を繰り返すだけの彼等は食事も睡眠も必要とせず、己に課せられた設定だけを全うする。
元々、闘技場の受付嬢はNPCが受け持っていた記憶がある。
しかし、今。メープルと竜太の眼前で対応している女性は二人と同じ意識混濁性消失障害か、或いはこの世界の原住民である箱庭の小人かのどちらかに絞られていた。
「お二人でよろしいのですか?」
と受付嬢は竜太とメープルへ微かに興味を抱いたのか、先程の無色な事務対応とは変わって、声に色が付いていた。
「あぁ、正義が不利な立場に追い込まれる事は珍しくない。むしろ、それからの逆転劇こそ熱く燃える展開だ!!」
「はぁ……」
「ほら、やめなって。ひいてんじゃん」
「覚えておくといい!!俺の名は〈疾風迅雷フウライオー〉フウジンキ搭乗者の竜太!!いずれこの世界を救う正義の名だっ!!」
「……そうですか」
「あんま気にしないで」
「それでは竜太様にメープル様。お二人様で登録させていただきます」
「あぁ、よろしく頼む」
「やっぱさ、二人って珍しいの?」
不意にメープルから訊ねかけられ、受付嬢は紙面に走らせていた筆を止めた。
「いえ、今回は一人で参加している方もちらほら見えてます。ほら、奥に立っているあの黒ずくめの青年も一人での参加者です。先程、私が対応しました……あ、内緒にしておいてくださいね」
慌てて保身に走る受付嬢が可笑しくて、メープルはからからと笑い声を上げた。
「だーいじょうぶだって!!この世界にはツイッターとかフェイスブックとかないし、現実程さ情報に縛られてないじゃん?」
若干、否定気味な物言いをするメープル。
「いちいちめんどくさいんだって……飲酒運転なう。で?バイト先の商品食べたった。あっそ。そりゃあルールは守るべきだよ。けどさぁ、ルールの中に閉じ込められた生き方しかできないって、ちょっと虚しくない?別に死ぬ訳じゃないんだからさ」
あ、例えては見たけど、あたしもああいう馬鹿共は嫌いだよ。うん。と付け加えるメープル。
「けど飲酒運転は時に誰かを死なせます」
「あーうん。そうだね。そうなった場合、やっぱりそいつは悪者になっちゃうんだろうね。でも、もしだよ?もしさ、飲酒運転する事によって誰かが救われたらどうする?」
「飲酒運転で人が救われるとは思えませんが……」
「普通はそうだろうね。けど稀にあるんだよ。そういう特例的なものも。でも、その結果を公表することはできない。世間に促すことは避けなければならない。なんたって、それは特例だからね。誰でもって訳じゃないし、誰もがって筈もない」
珍しく饒舌になってしまったな。と頭を冷やすメープル。
ふと彼女はこんな骨董無形な話をしていれば必ず割り込んでくる筈の竜太がやけに静かだと訝しむ。
「あれ、竜太?」
「竜太様なら先程お話したあの黒ずくめの青年の元へ、って……戻ってきましたね」
受付嬢の視線を辿る様に背後を振り返ると、黒ずくめの青年が口を半開きに、重たそうな瞼を擦りながら竜太に引き摺られていた。
「ちょっと!!何してんのさ!?」
「いやなに、こいつも仲間がいなくて一人で参加してるなら、俺達と組めばいいと思ってな」
「なんて強引な……」メープルは呆れて肩を竦めた。
「ん……おはよー」
ずるずると尻を床に擦りながら、メープル達の元へ引き寄せられた青年はぼーっと虚ろな表情のまま、二人へ挨拶を向ける。
「あんたら、誰?」
「立ったまま寝てたんだ。器用ね」
「……」
青年は上の空といった様子で天井を見上げていた。
金色の眼光に細く縦に伸びた瞳孔が猫を連想させ、漆黒の頭髪はさらりと耳元を覆うぐらいまで伸びている。
全身を一着の黒衣に包んでおり、深く被ったフードはこちらも猫を思わせる尖りを左右に見せていた。
薄汚れた布きれを幾重にも巻きつけた棒を背中に担いでいる。
「あれ、昨日は何食べたっけ?」
突然、青年はぽつりと呟いた。
「知らないわよ!!なんで、こっちに聞くの!?」
「おぉメープルが突っ込みにまわってる」
会話になってない。受付嬢はその言葉をぐっと堪えた。
「登録は取り消しできるか?」
「はい、可能ですが……」
「そうか、では改めてこの三人で頼む。俺にメープル、そして……お前、名前は?」
「ん……烏」
「なんだか縁起悪そうな名前ねぇー、竜太。本当にいいの?」
「構わん」
「いや、俺。一人で戦いたいし」
「友よ!!そんな哀しい事を言うな!!もう俺達は仲間だろ!!違うか?」
「うん、違う」
即答する烏。
「あははっ観念した方がいいよー。竜太、頑固だから」
メープルは慰めるように烏の華奢な肩をぽんぽんと叩いた。
「でも、俺……困るから」
「よし、さっそく結成祝いとして肉を食べに行こう!!この前の……あれ、あそこだ!!」
「酒玄亭ね」
「そう、そこだ!!」
「じゃなくて、ごめんね。あたしが説得しておくから」
「いく」
「え?」
一変して真剣な眼差しを見せる烏。
「肉。俺も行く」
「でも」
「いいよ……一緒に参加しても」
「決まりだな!!〈疾風迅雷フウライオー〉の祝勝会だ!!いくぞ!!」
「早いって」
「楽しみ」
嵐の如く過ぎ去る三人組。
彼等がロビーを後にするまで、受付嬢は呆然とその後姿を見つめていた。
「なんじゃこれは!!すごく……美味いぞ!!」
眼前に並ぶ色鮮やかな料理。どれも芸術染みた繊細な飾り付けが施されており半兵衛の拘りが窺える。
肝心の味も文句のつけ所が見当たらないと言った具合で、ベリルは嬉々とはしゃいでいた。
「姫様。お食事中に騒がないように。あぁ、ほらこぼしましたよ、お行儀が悪いです」
隣に座り、ベリルの一挙一動を見守っているナイトレイ。
「これは……是非ともレシピを教えて欲しいものだわ」
エルも眼鏡の奥に覗く目を細めては、舌鼓を打っている。
「どうしてこうなった」
元親は〈戦国華憐家〉の拠点内を見渡し、呆気にとられていた。
窓際で一服している彼の視界には食卓を囲むココナ、なおえ、エル、ベリル、ナイトレイ。そして、奥で調理している半兵衛と、その様を瞳を輝かせて眺めている仔百が映っている。
「悪いな」
元親と同様、窓際に避難して賑やかな面々を眺めていた言理。
彼女は隣に立つ元親へそっと口を開いた。
「いや、半兵衛も嬉しそうだし、別にいいさ」
「あんた、元親だったか?」
言理はぶっきらぼうな物言いで訊ねかけた。
「あぁ、長宗我部元親って知らねーか?歴史上の人物なんだが」
「歴史には詳しくないんだ」
「そうか」
やや気まずい沈黙が二人の間に流れる。
「うわぁすごいですっ!!半兵衛さん、よくこんな組み合わせ見つけたですね、モモ感激です!!」
半兵衛は仔百の賛美に微笑を返しながらも、決して調理の手を休めていない。
「あんたら元の世界に戻りたいか?それとも、この世界を受け入れた側か?」
不意に、言理は訊ねかけた。
「そりゃあ、戻りたいだろ」
「気に障ったなら謝る。悪い」
「謝る事でもねーさ。この世界に適応した奴らなんて、もう少なくない」
元親が〈変革〉以降に知り合った意識混濁性消失障害の半数以上は、この世界で生きる事を受容していた。つまり、元の世界へ……現実へ戻る事を諦めていた。
「たまに思うんだ。〈変革〉からもう半年も経つ。この世界で幸せのかたちを見つけた奴だって居る。そんな中……いや、それでも、元の世界に拘る意味があるのかってな。憶測だが〈変革〉以降、意識混濁性消失障害は増えてない。現実でも意識混濁性消失障害の存在は初めから無かった事にされてる。なら、俺達が目指している到達点というのは、また歪みを生み出すだけなんじゃないかって」
「言理ちゃん。可愛らしい見た目してんのに、なんか小難しい事考えてんだな」
「可愛いは関係ないだろ。それと、ちゃんはやめてくれ」
「お、照れてるな?」
「……照れてない」
僅かにだが、顔を背ける言理。
遠くから半兵衛の殺気を感じ、元親は慌てて話を変えた。
「確かに、大真面目に元の世界へ戻りたくないって言う奴も居るだろうな。けどまぁほとんどは与えられた環境を精一杯満喫してるだけだと思うぜ。本心は戻りたい筈だ。だけど、誰もがあんたみたいに真っ直ぐ向き合える訳じゃない。俺だってそうだ……辞めてた煙草だって意識混濁性消失障害になってから、また吸い出しちまった。まぁそのなんだ……あんまり先ばかり見据えて、今を疎かにするもんじゃねぇさ」
「きっと、あんたの言い分が正しいんだろうな」
「そんなに難しい事じゃないだろ」
「難しいんだ……俺には」
古祈愛言理はこれまで娯楽とは無縁な人生を過ごしていた。
楽しむ。その単純な様で酷く曖昧な言葉が彼女には理解できない。
正義の味方で居続ける少女は、代償として〈少女らしさ〉を生贄に差し出してきていたのだ。
普遍性と異常性が反比例する少女。
彼女はこれまで救ってきた人々の数と同じくらい、人間らしさの培う機会を失ってきていた。
「闘技場に参加してみたらどうだ?」
ほんの気紛れだった。
元親の提案に眉をしかめる言理。
「闘技場?」
「あぁ、もうすぐ無差別等級団体戦が開催されるんだ。闘技場ではお互い実際に傷付く事も無いし、気分転換ぐらいにはなるんじゃねーか?」
「面白そうじゃな」
いつの間に近寄っていたのか、元親と言理を正面から見上げていたベリル。
「レイ!!わしらも参加しようぞ!!」
「御冗談を」
「むぅ、本気じゃもん!!なぁーいいじゃろ?」
「どうしたです?ひきこもりのベリルらしくないです」
と、仔百が口を挟む。
「私は遠慮しておくわ」
エルは椅子に座ったまま、前以って釘を刺した。
じゃあ、俺もいいかな。と言理は続こうとする。
しかし、彼女よりも先にベリルが高らかに宣言した。
「よし、ならわしとレイと言理で参加するぞ。決まりじゃな!!」
「しかし……」
「いや、俺は」
乗り気でない二人に不貞腐れるベリル。
「たまにはいいじゃろ、それにな、レイ。優勝すればしばらくは家計に苦しまなくてよいぞ」
「元より苦労はしておりませんが。まぁそうですね。貯蓄が減ってきているのは事実ですから、良い機会かも知れません」
「言理。エル。半分じゃ!!優勝したら、報酬の半分はそなたらにやるぞ」
「別に……」
「いいじゃない。言理。参加してくれば」
エルの一言が駄目押しとなる。
「あんまり気乗りしないんだけどな」
「決まりじゃ、決まり!!さっさと登録じゃ!!」
「言理ちゃんや〈ハンプティ・ダンプティ〉と戦えるのか……楽しみが増えたね」
なおえが不敵な笑みを浮かべている。
「シルフィード、ほらこれ美味しいよ」
「是非頂きます」
ココナは薄い粉皮で根菜と鶏ささみに似た肉を包んだものを自らの取り皿に移した。
上に浴びていたとろみの強い琥珀色の液体の中で真っ赤な粉末が輝いている。
シルフィードはココナの取り皿へとたとたと歩み寄り、包みを一つ両手に摘むと、そのまま一口に放った。
「か、辛いです」
「あっごめん。辛いの苦手だった?」
「でも癖になりますね。ココナ、もう一つ取って頂けますか?」
「ほーい」
「あの二人はマイペースだなぁ……」
あくまで自分達のペースを崩さないココナとシルフィードを見つめながら、元親は煙草の煙を大きく吐いた。
━━そして、各々の思惑を秘め大会開催日が訪れる。
長宗我部元親 〈斬刀士〉
なおえかねつぐ 〈双剣士〉
ココナ 〈精霊師〉
メリーベル・アン・ラズベリー〈星術師〉
ナイトレイ・シュヴァリエ 〈妖術師〉
古祈愛言理 〈刀剣士〉
「ははっ……おいおい。まさかいきなり当たるなんてな」
正面ロビー奥の液晶に映し出されているトーナメント表。
ココナは真っ赤なカンカン帽を片手で押えたまま絶句している。
「いいねぇ。これでこそトーナメントって感じがするよ」
なおえは腰元に携えている双剣の柄を撫でながら嬉しそうに呟いた。
〈戦国華憐家〉と〈ハンプティ・ダンプティ〉の名前が隣同士に並び、頭上へ伸びる線は直角に曲がり混じっている。
理想郷の先駆者ベリルを筆頭にし、大会優勝最有力候補と噂されていた面々こそが、ココナ達の初戦の相手となっていた。




