移人狩「集う参加者」④
━━円錐階層都市バンブリオ第三層。
通称〈風の通り道〉。
なだらかな楕円形の広さを持つ第三層。
中央には巨大な円形に膨らんだ屋根を見せる闘技場が象徴として佇んでおり、その周囲を細く岩の柱が上下へ階層を貫いている。
第四層からの階段が西の果てにあるとすれば、第二層への階段は反対側……都市の基軸となる円錐山の斜面に築かれている。
また第一層を除いて、支柱の役目を果たしている細い岩の柱の中には螺旋階段を彫刻したものがあり、それらから上下の階層へ移動する事も可能だ。
頭上に蓋をされた階層は日差しが遮られている反面、吹き抜けとなる街中を山風が荒んでいる。
第三層は特に風の勢いも強く、闘技場回りに連なる街道は〈風の通り道〉と名付けられていた。
まだこの世界がゲームだった頃にプレイヤー達がお世話になった施設などが集中しており、都市バンブリオの中でも抜きん出て活気に溢れている。
当時〈New Age〉をやり込んでいたプレイヤー達のほとんどが拠点として活動していたバンブリオ。
彼等はその先、未開領域へ踏み込むか……或いは闘技場にこもるか。ほとんどがそのどちらかに分類された。
サービス期間は僅か半年と認知度に比べて短く、儚く霧散してしまった〈New Age〉。
Lvは既に99まで解放されていたが、中途半端な実装は世界に些細ではあるが不自由さを残している。
多種族混在都市メルファーレや「アップデート待ち」と囁かれていた〈障害の座〉の解放など、道半ばに潰えた〈New Age〉を嘆いた人も多かった。
少しずつ……箱庭を侵食する様に増えていた意識混濁性消失障害にとって、未開領域へ旅立つ行為というのは無明の旅路であり、我が身を顧みず地図の外へ踏み出す者はごく僅かしか認められなかった。
そんな状況下に置いて果敢に未開領域へ挑んでいたのが〈ゾディアーク教団〉なる巨大ギルドだ。
彼等は正しく頂点に位置する実力者と人数を内包しており、有望な意識混濁性消失障害を次々と取り込んでは、規模を膨らませていた。
〈変革〉よりも一カ月ほど前。彼等は数十人規模での未開領域探索へ乗り出し、そして、メルファーレへ辿り着いていた。
しかし、その結果として得たと思われる情報をあまり公表していない。
意図的に隠蔽しているとしたら、その理由は意識混濁性消失障害全体にとって害なるものだからか……それとも、彼等〈ゾディアーク教団〉にとって不都合であるからなのか。
「なるほどな。バルドやカラメル。それに紫苑だったか?……あいつら〈ゾディアーク教団〉が唯一、未開領域から帰ってきた〈組織〉なんだな」
古祈愛言理は自分達よりも先に意識混濁性消失障害へ陥っていた雨頃仔百へ訊ねかけていた。
言理、仔百。それにエルの三人は現在〈風の通り道〉を散策している。
時刻は昼過ぎ。
行き交う人々の流れは速く、言理は現実世界における日本の首都で望んできた風景を思い起こしていた。
彼女たちみたいにふらふらと彷徨う足取りの方が珍しく、多くは明確な行先を既に持っているのか、早足気味に歩いている。
絶え間なく上がる喧騒に耳を傾けてみれば〈風の通り道〉の何処に居ても視界に入り込む闘技場の話題がより多く届いた。
「です。葬儀人だったり強制書換。それに理想郷の先駆者なんて単語が広まったのは〈ゾディアーク教団〉がバンブリオに戻ってきてからでした」
ピンク色を基調としフリルがふんだんに縫い付けられたドレス、後頭部で揺れる三角頭巾のような黒いリボン。
赤紫の大きな瞳に、桃色の羽毛の様な長髪。
まるで人形みたいな繊細さを秘めた愛らしさを見せる仔百。
先程〈ゾディアーク教団〉の拠点前で遭遇した青年を庇う訳ではないが、すれ違う人々が思わず視線を向けてしまう程の魅力を秘めていた。
現実世界で人形師として数々の作品を世に生み出してきたエルも、仔百と〈ハンプティ・ダンプティ〉のお姫様ことベリルの〈完成された少女像〉には目を見張る部分がある。
「多種族混在都市メルファーレか……。どう思う?エル」
「やっぱり実際に行ってみない事には、なんとも言えないわね」
「だよな」
人波を縫って吹き抜けていく横風。
煽られる前髪を片手で押さえながら言理が再び口を開く。
「そういえば、ギルドで有名なのは〈ゾディアーク教団〉と〈ハンプティ・ダンプティ〉ぐらいなのか?」
頷いて返す仔百。
「規模で言えば〈ゾディアーク教団〉が断トツです。〈ハンプティ・ダンプティ〉が有名なのは……どちらかと言えば〈姫の両翼〉ことレイとギルの所為です。〈ハンプティ・ダンプティ〉は初心者育成ギルドでもなければ、クエストやダンジョンの攻略を目的とする精鋭ギルドでもないです。基本的に募集もしてないですから、ギルドの人数も他の中規模ギルドに劣るぐらいです」
〈姫の両翼〉こと兄のナイトレイ・シュヴァリエと弟のギルフォート・シュヴァリエ。
どちらとも面識のあるエルは記憶の中の二人を見比べて呟く。
「あの二人、なんだか本当の双子みたいよね」
「双子ですよ。性格は似てないですが、あの二人は現実の双子な筈です」
「揃って意識混濁性消失障害になったのか……」
それでもって最強の矛と盾なんて比喩されているのか。と口に漏らす言理。
「レイとギルの桁外れな実力がそのまま〈ハンプティ・ダンプティ〉の名に繋がってるですよ。お姫様のベリルもああ見えてファンが多いですし、理想郷の先駆者として覚醒してからは更に拍車が掛かったです」
〈ハンプティ・ダンプティ〉の知名度にはお転婆菓子職人こと雨頃仔百も含まれているのだが、彼女は自身については一切触れず会話をたたんだ。
「覚醒か……ベリルが言っていたのはやっぱり本当なのか?」
言理とエルが彩花の園ラフレンティアにある〈ハンプティ・ダンプティ〉の拠点を訪れた際、ベリルの口から直接聞かされていた理想郷の先駆者としての発端。
疑っている訳ではなかったが、咄嗟に言理の口をつく疑問。
「モモも直接見てはないですからね。証明はできないです。でも、信じて貰いたいです」
「もちろん、信じてるわ。ただ……ね」
「あぁ、空から落ちてきた天使がそのまま自分の中に入り込んだ。なんて言われても想像つかないからな」
「けど、ベリルが強制書換を所有しているのは事実だし、認めるしかないものね」
「です」
バルドは竜を殺して強制書換を宿し、ベリルは天使が舞い降りて強制書換を授かったと言う。
ならメイジにとって起因となったのは何時、何処の何だったのだろうか?
言理とエルはおそらく、メイジが意識混濁性消失障害になってすぐに出会っている。
そして彼が強制書換を発現させるまでの数日間、ほとんど一緒に行動していた。
その間、前者の二人に見て取れるような明らかな異変は起きていなかった。
根本的に何かを勘違いしているのか?
黙々と思考を巡らす言理。
ふと横を見つめればエルも視線を伏せて何やら考え込んでいる様子だった。
「まったく!!どうして王様というのは、あんなに傲慢なのじゃ!!レイ!!わしは絶対、あんな大人にはならんぞっ!!」
「ベリル様、落ち着きください。この世界にはこの世界なりの秩序や価値観が御座いますから、メルギルウス王の不遜さを責め立てる事は無意味かと」
「とにかく顔が怖すぎじゃ!!なんなのじゃ!!あんな顔で睨まれたら何も言えないじゃろ!!」
「あの迫力、さすが獣王と噂されるだけありましたね」
「泣きそうじゃったわ」
「威厳が無くなりますので、慎みください」
「む、そうか。しかし……ちょっとちびりそうじゃったわ」
「どうか慎みください」
「あの二人は……何をしてるですか。まったく」
呆れた様子で仔百が呟く。
見覚えのある二人組が通路の真ん中を陣取っており、周囲には人だかりができていた。
「ベリル、レイ。二人ともこんな所で何してるですかっ!!」
人の壁を押し破って、二人の元へ飛び出す仔百。
言理とエルも彼女の後を追う。
「おぉモモ!!奇遇じゃな!!」
「言理様とエル様も御一緒でしたか。いつもモモが御迷惑を」
背筋を伸ばし深く一礼するナイトレイ。
彼の言葉を遮って仔百が声を上げた。
「掛けてないです!!なんですか!!レイはモモのお母さんか何かですか!?」
「いえ、私は男性ですので……」
「そういう意味じゃないですっ!!」
うがぁ!!と拳を固めて長身のナイトレイを見上げている仔百。
「召集されたってのは本当だったのか」
青年の言葉を思い出し、言理はぼそりと呟いた。
「うむ、まったく散々じゃったわ!!さっさとお家に帰りたい……」
と、やや切なげに瞳を潤ませるベリル。
気のせいだろうか囲うギャラリーがざわめき立っている。
「おいおい、何が起きてるんだ?」
元親は行く手を阻んでいる人だかりを睨んで声を張り上げた。
「困りましたね」と半兵衛。
「なんだか楽しそうですねー」
無邪気に呟くココナ。
彼女の肩に落ち着いているシルフィードも細長い両耳をぴくぴくと震わせている。
「催しものでもやってるのかね」
なおえは奥を確かめようと、爪先立ちになっていた。
「さっさと買い出しを終わらせたいんだがなぁ」
元親は道の隅が通れないかと見回している。
ココナの提案により、皆で晩ご飯の食材を買いに第二層まで上がっていた〈戦国華憐家〉の面々。
━━ベリル、レイ。二人ともこんな所で何してるですかっ!!
「む、この声は……」
人の輪の反対側より微かに届く怒鳴り声。
「あれ、もしかしてモモちゃん?」
なおえとココナはそれぞれ半年前を思い出していた。
旧ナノケリア領土〈ローグ湿原〉にて初心者狩りギルド〈バジリスク〉と激突した時、共に肩を並べていた仲間の一人。
雨頃仔百の声だ。
〈変革〉後もバンブリオの領土にて別れるまでは一緒に行動していたので、かつてより親しみも深い。
「ん、知り合いっぽいのか?」
「おそらくね」
すみません、通してくださーい!!とココナが先頭を切って、人だかりに突撃していく。
「強引な奴だなぁ……っとと、ちょっとごめんよ」
遅れて元親達も掻き分けていく。
「やっぱりモモちゃんだ!!って、あれ!?言理さんとエルさんもいる!!」
「あら、ココナ。久しぶりね」
不意に飛び出してきたココナを見止め、エルはやんわりと微笑んだ。
「あんたらか……元気そうで何よりだ」
「そっちも」
言理となおえが短く言葉を交わしている。
「む、まさかお主ら〈戦国華憐家〉か?」
続け様に姿を表す元親達に向けて、ベリルは問い掛けた。
「あぁいかにも。って……おい、やべぇぞ半兵衛。どうしよう……なんか可愛い女の子ばっかだ。ハーレムだよ。これ人生のピークじゃね?俺……今日、死ぬのかな?」
「死んでください」
「私は男性です」
「と、とにかく、この場を離れません?」
次第に厚くなる群衆をちらちらと横目に、ココナは集う仲間達へ呼び掛ける。
彼女の肩に乗るシルフィードは無言で、両手に摘まんでいる角砂糖をがりがりとかじっていた。
得てして偶然なる邂逅は連鎖するものである。




