移人狩「集う参加者」③
いつからだろう……。
嘘をつくのが当たり前になっていた。
嫌われるのが平気になってた。
いつから……私は現実〈絵本芽望〉を諦めていたのだろう……。
これは誰の感情?
私じゃない見知らぬ誰かの記憶が、今の私を苛ませている。
それもこれも、半年前〈変革〉の時にあの少女と出会ってからだ。
━━芽望……だよね?あたしだよっ!!星奈だよ!!
星奈?聞いたことも無い。聞いたことも無い……筈なのに。
「ねぇ芽望でしょ!?あたし、ずっと探してたんだよ!!」
「私は貴女の事など知らない」
なんだか懐かしい気がした。
怖かった……。
このまま私が私じゃなくなってしまうような気がして……どうしようもなく怖かった。
私はリリアだ。
芽望なんて名前じゃないし、星奈なんて名前に覚えはない。
私は葬儀人のリリアだ。
私はいマ、何をすべキだ?
おもイダせ。
わタしがスベきは……。
フィズがイッてイタ。
にがシてシマった……。
つギこソハ、カナラず。
━━少女へ呼び掛ける見知らぬ誰かの声が、ただの耳鳴りへと変わっていく。
「それで……幸村の仇ってのはどういう意味なんだい?」
〈戦国華憐家〉の拠点である一軒家に戻ったココナ一向。
半兵衛を除く各々が椅子に落ち着くと、なおえは口を開いた。
「〈移人狩〉って聞いた事ないか?」
「いや、ないね」
なおえの突然の切り出しに困惑するココナだったが〈シルフィ神殿〉での元親(風霊による鏡像だったが)から似たような話を聞かされていた為、彼女は少しだけ事情を察していた。だからこの場は沈黙を選ぶ。
「まぁ意識混濁性消失障害になって暫らくナノケリアにいたんじゃ仕方ねーか」
「その〈移人狩〉ってのはなんだい?」
「〈変革〉よりちょっと前の話だ。バンブリオの第四層でな、移人だけを標的にする通り魔事件が続いていたんだ。んで、当時、幸村はサブの〈召喚師〉で意識混濁性消失障害になってた」
元親が幸村のサブと出会ったのは、彼自身が意識混濁性消失障害になって僅か数日後の話。
どうやらアカウントの時点で別管理をしていたらしく、元親が幸村のサブキャラの存在を知ったのは、その時が初めてだった。
そして〈召喚師〉の彼女は元親に対して素性を明かし、協力を求めてきたのだ。
「あいつって根が真面目だったろ?ゲームにしたって正義感を大切にしてたっていうか、モラルに厳しかったじゃねーか」
「あぁ、そうだったね。うん、そういう人だったね、幸村は」と納得した素振りを見せるなおえ。
「あいつは〈移人狩〉を止めたい。って言ったんだ。捕まえたいじゃなくて止めたいってのが、いかにもあいつらしかったよ」
「だから協力したのかい?」
「そうだ。俺は幸村と一緒に〈移人狩〉を追っていた。あいつが〈戦国華憐家〉の皆には内緒にして欲しいって言うから、お前らには黙ってた」
そこは悪かったと思ってるし、後悔もしてるんだ。と覗く片目を辛そうに細める元親。
「どうして内緒にするんだ?って訊ねた事もあるんだけどな……歯切れ悪く、巻き込みたくないからって返されただけだった」
「それは……」と言い掛けて押し黙るなおえ。
本当なら〈家族〉を誰も巻き込みたくなかったんだろう。
それでも幸村はお前だけを頼ったんだ。
元親……それがどうしてか分かるかい?
となおえは心の中で問い掛けた。
彼女の心情を知ってか知らずか、元親は煙草を咥え回想を続けていく。
「けど、家族は頼るべきだった。道雪も半兵衛も意識混濁性消失障害だったんだからな、頼るべきだったんだよな……」
「元親」
と、離れて暖炉の前に立っていた半兵衛が彼の名を不意に呼んだ。
「半兵衛、悪い。もうなしだったな」
「それで幸村は〈移人狩〉に殺されたのかい?」
「俺の目の前でな」
「そうか……もういい、あまり暗い話は好きじゃないんだ。ただね、元親」
なおえは目付きを鋭くさせる。
「仇を取る事に意味があると思うかい?」
息苦しい沈黙が室内を包みこむ。
ココナは唾を飲み込む事さえ躊躇し、じっと気配を潜めていた。
「意味は……ないだろうな」
「ならどうして戦おうとする?」
「理由なんてないさ。俺がただ納得したいだけだ。自分勝手だろ?けどな、家族を失うってのはそういう事じゃねーか?」
今度はなおえが口を閉ざす。
代わりに半兵衛が二人をそれぞれ庇う様に会話へ割り込んだ。
「同じ被害をこれ以上増やさない為にも、私は〈移人狩〉を……止めるべきだとは思います」
そして、なおえとココナの前に純白の陶器を並べていく。
「半兵衛さん。ありがとうございます」
「この世界のハーブ〈ロゼミット〉を煮立てたものです。〈ポルム〉のスライスも加えてみました。お口に合うかどうか、そちらの容器には角砂糖が入っていますのでお好みでお入れください」
濁った赤茶色の液体の表面に琥珀色の輪切りが浮かんでいた。
柑橘類に似た香りが広がり、心なしか気持ちが安らぐ。
いつの間にか机の上に飛び移っていたシルフィード。
くんくんと陶器に丸っこい鼻先を近づけて香りを確かめている。
「俺のフレンドに闘技場の受付でバイトしてる奴がいるんだ」
元親は煙草を口元から遠ざけると、首を上げて煙を吐いた。
「そいつの証言なんだが〈移人狩〉によく似た全身黒衣で鞭を携えた人物が次の無差別等級団体戦への参加を申し込んだらしい。フレンドはあまりにも狙い過ぎてて逆に違うんじゃないか?って笑ってたが、俺は実際に確かめる価値はあると思ってる」
「全身黒衣に鞭?」
ココナは微かに眉を寄せた。
「ん、心あたりでもあるのか?ココナちゃん?」
元親の疑問になおえが答える。
「葬儀人に似ているね」
「葬儀人……?」
今度はココナが語る番だった。
「半年前……〈変革〉のちょっと前です。あたしは探してる友人とよく似た人に会いました。でも、その人……〈葬儀人〉だったんです」
「葬儀人って都市伝説みたいなものじゃなかったのか」
「あまり知られてないけどね。〈変革〉を起こしたのは彼等〈葬儀人〉だったんだよ」
「へぇ、初耳だな」
予想していたほど驚いた素振りを見せない元親。
ココナは付け加える。
「その葬儀人は全身黒衣で鞭によく似た武器を持っていました。後は、その武器が強制書換っていう蒼い粒子を纏ってました」
「蒼い粒子……」
元親は忌まわしき記憶を呼び起こし、その断片を頭の中に思い描いた。
そうだ、あの時……。
「〈移人狩〉も蒼い粒子を放っていた。間違いない」
「どうやらココナにとっても〈移人狩〉は意味のある存在になってきたみたいだね」
なおえが隣に座るココナへ視線を流す。
ココナは思い詰めた表情で頷く。
「あたしも闘技場に参加しようと思います!!」
「んー……そうなるとちょっと話がややこしくなっちまうな」と、意外だが元親が困惑の声を漏らした。
「ふむ、なぜだろう?」
「無差別等級団体戦ってPTが3人までなんだよ。よくわからんが、そういう仕来りらしいんだ」
個人戦は当たり前だが単独、団体戦は3人まで、そして、もう一つ上が師団戦でPT最大人数である8人まで参戦が可能だった。
「俺と半兵衛となおえ、それにココナちゃん。となると一人多い、或いは二人少ないって状態になっちまうな」
「あっ、あたしはなんとか一緒に参加してくれる仲間を探そうと思います」
ココナは遠慮して自ら提案した。
「いえ、私が控えましょう。元親になおえ、ココナさんの三人で参加してください」
「えぇ!?でも、あたし……半兵衛さんの代わりになれる自信なんてないですよぉ」
「代わりになろうとする必要なんてありませんよ。私達は全員が近接職ですからね。構成的に後衛も担えるココナさんの方が上手くまとまると思います」
「まぁ、確かにそうかもな」
「なら決まりだね」
半兵衛の言葉に賛同した元親となおえは同時にココナを見つめた。
「は、はい。不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるココナ。
「頑張りましょう」
と角砂糖を両手で摘みココナを見上げるシルフィード。
「うん、よーし、なんか燃えてきました!!お師匠様、特訓です!!」
「ふふっ楽しくなってきたね」
「お前らなぁ遊びじゃねーからな。あ、半兵衛、俺達に賭けておけよ?」
「元親、説得力がないです。それと賭けるのはいいですが、貴方のお金ですからね」
「なんでよ!?俺達の資産全部賭けようぜ!!」
「絶対に嫌です」
「半兵衛のけーち、ばーか、貧乳」
「殴りますよ?」
ぱぁん。と乾いた音が室内に響き渡った。
「いてぇ!!ちょ、殴ってるじゃん!!」
「これは張り手です」
「同じだからね!?」
違います。
同じだろ!!。
言い争っている元親と半兵衛を眺めながら、ココナは思索していた。
もし〈移人狩〉の正体が本当にリリアだった場合。
あたしはどんな言葉を掛ければいいのかな……。
━━どうやって彼女の名を呼ぶべきなんだろうか。




