移人狩「集う参加者」②
━━円錐階層都市バンブリオ第三層〈聖堂〉。
「んー、駄目だー決まらない!!お師匠様ぁーどうすればいいと思います?」
〈精霊師〉へ転職したココナはスキルの割り振りを行う為、なおえかねつぐと一緒に聖堂へ赴いていた。
スキル取得申請用の布紙を睨んで唸るココナを隣で眺めていたなおえは微笑んで答える。
「〈精霊師〉なんて職は私も初めて聞いたからね。シルフィードに聞いてみるのが早いんじゃないかい?」
「それもそうですねー」
「お呼びですか?」
二人の会話を盗み聞きしていたのか、ぶわっと碧の粒子を飛散させながらココナの真っ赤なカンカン帽子の上に姿を現す風霊。
その姿はシルフィ神殿で対面した時とは異なり、リスを連想させる小動物の形を取っていた。
ちょこん。と帽子の上を陣取り、宝石の様に煌く碧の瞳できょろきょろと周囲を見回している。
「ねぇシルフィード。〈精霊師〉のスキル、大まかに二分されてるけどそれぞれどういう特徴があるの?」
特異職へ転職するに当たり、多くの場合はスキルの再取得が必要となる。
前職で割り当てていたスキルポイントは全て還元され、改めて特異職へ再振りしなければならないという事だ。
ただ例外も存在する。
突然変異型の特異職は例外的に前職のスキルをそのまま継承する。
しかし、特異職自体で取得できるスキルが少なく、ステータスへ直接的に関与する補助スキルもほとんど見当たらない。といった具合だ。
ココナの場合はそれまでの〈斬刀士〉としてのスキルは全て消去されており、これから先、まったく別の戦い方が求められていくる。
訊ねられたシルフィードはさっと布紙の前へ飛び降りた。
ココナと同様に布紙を覗き込みながら、〈精霊師〉のスキルを説明していく。
「端的に述べるなら、前衛型と後衛型ですね。勿論、両方をバランスよく取得してオールレンジに立ち回るという選択肢もあります」
「なるほどなー、この〈風刃〉から始まるルートが前衛型で〈風陣〉から始まるルートが後衛?」
「その通りです」
「なぁシルフィード。〈精霊師〉は元から実装されていた職なのか?」
なおえの問い掛けにシルフィードは首を傾げた。
「実装……ですか?」
「あぁ言葉が悪かったね。〈精霊師〉はどれくらい昔から存在する概念なんだい?」
「精霊と契約を結ぶ者は古来より存在していました……と思われます」
「なんだか曖昧だね」
「申し訳ございません。私が契約した人間というのはココナが初めてですので。それまではただ祭られるだけ、或いは討伐されるだけの概念でしたから」
「とりあえずどっちも取っておこうかな」
と、ココナは紙面へ筆を走らせていく。
「あいつら聖堂だって言ってたよな?」
「その筈です」
聞き覚えのある声。
なおえが聖堂の出入り口を振り返ると、そこに袴姿の元親とメイド服の半兵衛が並んで立っていた。
なんとも言い難い組み合わせである。
「元親、半兵衛。こっちだよ、どうしたんだい?」
「お、そっちか」
ココナ、なおえと向かい合うように机を挟んで椅子に座る二人。
机の上で二人を見上げ、ぺこりと一礼するシルフィード。
「……可愛い」
「半兵衛?キャラちがくね?」
━━どんっ。と地鳴りがした。
元親が片足を抱いて悶えている。
「おまっ!!職補正なかったら砕けてるぞこれ!!」
つんとそっぽ向く半兵衛。
「で、どうしたんだい?」
なおえがやや呆れた様子で繰り返す。
「あぁ、ちょっとお願いがあってな……話が長くなるから、また〈戦国華憐家〉のホームまで来てくれると助かるんだが」
「元からそのつもりだったよ」
「そいつは好都合だ」
「ココナさん。スキルの方はどうですか?」
黙々と筆を動かしているココナへ半兵衛は訊ねかけた。
「はい、もうすぐ終わりそうです。勢いって大事ですよね!!」
自らに言い聞かせるように呟く。
「そうだね。勢いは大事だよココナ、だから、今日の夜は一緒に寝ようか」
「お断りします」
「しゅん」
「なおえ、俺でいいなら御一緒するぜ?」
━━ずんっ。
元親が再び足を抱えて悶え出す。
「もうちょっと待っててください……申請してきます。シルフィードおいでっ」
席を立つココナ。彼女の肩に飛び乗るシルフィード。
離れていくココナ達を見つめながら、元親は口を開く。
「なぁなおえ。一緒にトーナメント参加してくれねぇか?」
「トーナメントって、闘技場かい?」
「あぁ」
「詳しい説明は後ほどしますが、私からもお願いします」
「ふーん、まぁシルフィ神殿の恩もあるからね。断る理由もないけどさ……その〈詳しく〉を聞いてからかな」
「だよな」
「というか闘技場って、今はどうなってるんだい?」
〈変革〉以降の情勢を詳しく知らないなおえは二人へ問い掛けた。
「続いてるよ。無差別等級個人、団体に職固定個人、Lv別団体。ほとんどが今も開催されてる」
「どうやら闘技場内に展開されてる特許は現存しているみたいで、意識混濁性消失障害も命を失わずに戦えるみたいです」
ネットゲーム〈New Age〉の頃より、闘技場には特別な仕様が認められていた。
第一にデスペナルティが存在しない。
本来、魔物に敗北した時やPKにて殺害された場合、プレイヤーは最後に立ち寄っていた不可侵領域へ強制転送され所持金と経験値の一部が奪われる。
意識混濁性消失障害の場合は無論……再生しない。
デスペナルティからの解放がどう曲折されたのか不明だが、意識混濁性消失障害であっても闘技場内で命を落とす事はないらしい。
というよりも結論から述べれば怪我一つ負う心配がない。
第二特許なる側面がすなわち攻防の数値化だ。
闘技場内の戦闘は全て数値上で計算され勝敗が決す。
参戦者は転送輪より個体情報と意識体だけが闘技場内へ転送され、仮想の肉体を駆使して闘うのだ。
結果、リスク面は排除され純粋にお互いの実力を競える。
それは〈闘技場〉なる物騒な施設が今も賑わう根本的な理由に繋がっている。
どのトーナメントにも優勝者には賞金や稀少なアイテムが約束されており、参加費は必要であれど、基本的に実力さえ伴えば誰でも致命的なリスクを背負わずに報酬を得られるチャンスがある。
ある種、現実世界に置ける賭博に近い。
見学者側でも非公式に賭け事が行われているらしく、闘技場の熱は未だ冷める事を知らない。
「楽しそうだねぇ」
それだけ聞かされると己の実力を試してみたくなるな。となおえは笑みを浮かべた。
しかし、元親はそれら陽気さとは真逆の意図を話した。
「幸村の仇が参戦するかもしれねーんだ」
声を潜めて、それだけ告げる元親。
「仇って……幸村は意識混濁性消失障害になってないって……まさか」
これ以上はこの場で話せない。と黙したまま眼で告げる元親。
話を知らないココナが元気に戻ってくる。
「お待たせましたーっ!!」
「おかえり」
「おかか」
「おかえりなさいませ」
なおえ、元親、半兵衛の順に反応が返ってくる。
「それじゃあ行きましょう!!れっつごー!!」
進んで聖堂を飛び出ていくココナ。
彼女の後姿を見つめながら〈戦国華憐家〉の面々はそれぞれの感情を胸に秘めつつ、席を立つのだった。
━━円錐階層都市バンブリオ第二層〈ゾディアーク教団〉拠点前。
「すみません……バルド様は今朝方、旧ナノケリア方面を目指して出発しました」
上下の階層を支えている幾つかの岩柱。
意図的に削り残された部分に巻きつく螺旋階段を登り第二層まで上がっていたエル、言理、仔百の三人。
第一層以外は上の階層が蓋となって覆っている為、日光は隅にしか届かず、人工的な光源が幾つも街中に点在していた。
元となる巨大な岩山を削って円盤状に広がる第二層の隅に建てられた〈ゾディアーク教団〉の拠点までようやく辿り着いた彼女達であったが、目的となるバルドとの邂逅は叶わなかった。
「すれ違いだったか」
言理がぼやく。
訪問者を鉄門の前で迎えていた青年は喜々とした声を上げた。
「あれ、そちらのお嬢さんはもしかしてお転婆菓子職人こと雨頃仔百さんじゃないですか!?」
「ですっ!!」と胸を張る仔百。
「うひゃぁ可愛いなぁ。あのあの〈ハンプティ・ダンプティ〉のお姫様がバンブリオまで召集されているってのは本当なんですか?」
「そうなのです?」
大きな瞳を更に見開いてエルを見上げてくる仔百。
「いや、私は知らないわ。モモ、貴女の方が詳しい筈でしょ?」
「モモも知らないです」
と首を振る仔百。
「モモってやべぇ!!可愛すぎて辛い」
青年が不思議な挙動を見せている。
「おい、駄目だ。こいつ危ない気がするぞ。とにかく離れよう」
言理は酷く冷めた眼差しを青年に向けている。
「そ、そんなぁ!!」
嘆く青年を置いて、三人はそそくさと〈ゾディアーク教団〉の拠点を後にした。
━━円錐階層都市バンブリオ第四層〈防壁〉の門前。
「あーいやじゃあ。鬱になるわぁ。ナイトレイ、お家に帰っちゃ駄目かのぅ?」
「我儘を仰らないでください。メルギルウス王に逆らってもメリットが御座いません」
「ならお主だけ行けばいいじゃろ、なんでわしまで行かねばならんのじゃ……」
「ギルがウェルズニールへ向かっている今、私が離れてしまっては誰がベリル様をお守りするのですか?」
「むぅ、守られなくても平気じゃもん」
艶やかな輝きを放つ黒髪は小柄な体躯に不釣り合いな程に伸びている。
右後頭部にちょこんと手の平サイズの白黒チェックな帽子を載せており、眉間を覆う前髪がより幼さを強調している。
黒を基調とし白いレース生地の縫われたドレスはゴシック調の雰囲気を少女へ与えている。
程良く白い柔肌はふっくらとしており、赤茶色の瞳はやや鋭いがぱっちりと大きい為、可愛さが勝っている。
ギルド〈ハンプティ・ダンプティ〉のお姫様メリーベル・アン・ラズベリーことベリルは鬱じゃぁと口癖の様に道中、何度も漏らしていた。
一方、彼女の嘆きを憮然と聞き流している青年。
黒い執事服は彼の身長の高さと相まってスマートさを際立てている。
細めの眼鏡の奥に覗く切れた黒目。日本人離れした尖り気味の鼻。
さらりと伸びる黒髪は清潔さを保つ程度に伸びており、常にぴんと張った背筋は優雅にさえ映り込む。
姫の片翼として方々に名が知れ渡る最強の盾ことナイトレイ・シュヴァリエだ。
渋るベリルと、なだめるナイトレイ。
身長差の露骨な二人組は正門を抜けて、バンブリオへと踏み入っていく。




