表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

後編

 走って、走って、走った。追って来てはいないようだ。

「はぁ……」

 立ち止まると同時に、大きく息を吐く。荒い呼吸をなんとか落ちつけようと、大きく息を吸い、それをまた大きく吐いた。

「大丈夫か?」

 振り向いて尋ねる。へたり込んでいる椛も、膝に手をついて息を整えているフーカも、大丈夫と手をひらひらしてみせた。

「……どっから足がついたんだか…ったく…」

 右手に持ったナイフを見つめる。こんな危ないモノを出してくるとは思ってなかった。自分の危機管理の甘さに辟易(へきえき)する。

「フーカ」

 ナイフを鞄に仕舞ってからフーカに歩み寄る。

「怪我は? 変なとこ触られたりしてないか?」

 尋ねると、フーカは俺を見上げた。見つめる目は潤んでいて、今にも涙が零れそうだった。華奢な身体も震えているのがわかる。

「……ひとまず帰ろう。椛、立てるか?」

「だい、じょぶ……」

 ゆっくりと椛は立ち上がる。よかった、怪我は無さそうで。

「フーカ」

 再びフーカに向く。手を差し出すと、フーカは両手でぎゅっと手を握った。

 ……まず、帰ろう。やるべきことは、それからだ。



 無事家に着いた。椛には居間で待っていてもらうことにした。

 フーカの部屋。いつも通り、ベッドに二人並んで腰かけて、今度はフーカが泣いていた。

 俺はただ、フーカが俺にそうしてくれたように、フーカを抱きとめているだけだった。

 フーカの嗚咽に混じった「ごめんなさい」が、何度も何度も繰り返された。

「だいじょうぶ?」

 フーカが落ち着いてから、椛にもフーカの部屋に来てもらった。フーカは「大丈夫」と少し腫れた目を細めて笑顔で答えた。

 今回の件を、どう取るか。白江と佐藤が待ち伏せしていたのは、情報収集に感付かれて南野の面接ができるようになった直後に来ると読んでいた、と予想できる。目立つことをしていなかったとはいえ、それが否定しきれるわけではない。

「……フーカ、これからどうする?」

 バレた以上、猶予は無いだろう。学校に行けば出くわす可能性が高い。どうするか。

「そうですね。とりあえず、さっきのことはナイフ以外の証拠がありません。その件は警察を絡ませるとこちらも身動きが取れなくなるでしょう。学校にも出ず、すべきことをしましょう」

「すべきことったって、これを警察に届ければいいだけなんじゃないか?」

 預かったiPod nanoを手にした俺の言葉に、フーカは首を横に振る。

「それらの証拠能力は決して低くはありません。しかし、それだけではやはり曖昧にされないとも限りません。ですから事件をもっと大きく広げるべきなんです。今日の白江・佐藤両名の行動で思ったんです。ぐぅの音も出ないほど、徹底的に彼らを潰さなければならない」

「広げるって……フーカお前、まさか」

 言葉の意味を理解し、驚いた声で言ってしまう。現代で、誰でも、簡単、小さく抑えられてる事件をに大事にできる方法。それはつまり。

「柳さん、パソコンを貸してください。まず必要な分の編集です。そして―――」

 真剣な目つきで、フーカは言いきった。


「これを動画サイトに投稿します」




 カチカチとクリック音が響く。フーカはパソコンを操作し、動画を編集している。盗撮した映像の白江と佐藤の顔に薄くモザイクを入れる。音声も加工しているほか、名前のところにはピー音を入れてかき消している。肖像権侵害等で訴えられることのないようにという配慮だが、まぁ建前である。

 南野の自殺未遂事件の新聞記事をスキャンして切り出し、リサイズして動画の幅に合わせる。これを動画の最後に貼り付けることにした。

 完成した動画をアップロードするのはもちろん世界的に利用されるYouTube。投稿アカウントは足のつかないフリードメインのメールアドレスを使った。これで準備は整った。

「彼らは私達が証拠を受け渡されたことを知ってました。その証拠が何なのかも知っているかもしれません。もし足がついたら、私たちも学校から処罰を受けるでしょう。……そうなったら、私が責任を取ります」

 フーカが編集の手を休め、モニターを見つめたまま言った。

「……私は甘かった。まさか彼らがナイフまで持ち出すとは思ってませんでした。これ以上、柳さんと椛さんに迷惑かけられません」

 決意をしたような、強い声。フーカは本気のようだ。フーカが事件の裏を解き明かしたいと言いだして出来上がった、探偵ジーニアス。だから。

「馬鹿が」

 ぺしん、と俺はフーカの頭をはたいた。

「毒を食らわば皿まで、だ。乗りかかった船とも言うな」

「そうだね」

 椛がにこっと笑って頷く。同じ気持ちのようだ。

 驚いた顔でフーカが振り向く。

「今更寂し事言わないでよね、フーカちゃん」

 笑顔で椛がフーカに抱きついた。

「そういうこった。『家族』に遠慮すんなよ」

 俺と椛の言葉に、フーカは驚いたような表情を浮かべる。

「柳がフーカのこと家族とか言うなんて想像してなかった……あたしもびっくりだ」

「うっさいなー。ホストファミリーは家族だろ? じゃあ気を遣う必要なんか無いだろうが」

「つまりあたしも家族だ!」

「まぁ…きょうだいみたいなもんだしな」

「柳がそんなこと言ってくれるなんて思わなかった!」

「……ふふ」

 俺たちのやりとりに、フーカは小さく笑った。

「素敵な家族ができて、私は本当にうれしいです」

 目尻に涙を浮かべて笑うフーカに、俺も微笑んだ。

「ありがとう。お姉ちゃん、『お兄ちゃん』」

 フーカの呼び方に―――「お兄ちゃん」というその言葉に、俺は、あぁ、そうなんだな、と思った。

 俺は、ずっと怖かった。あの時のように、守れないことが。大事な人を失うことが。

 けれど、今は受け入れられている。椛のことも、フーカのことも「家族」だと思えている。大事な存在だと、受け入れてる。そして「家族」を守りたいと思えている。守ると覚悟もできている。

 「ありがとう」を言うのは、俺の方かもしれない。

―――ピンポーン。

「…誰か来ましたね」

 呼び鈴の音に反応してフーカが言う。誰だよ、いいところなのに。

「見てくる」

 廊下に出て、設置されている機器を操作してモニターに玄関の様子を表示させる。そこに居た意外な人物は――――スープカレー屋「虎の()」の、店長だった。

 玄関に走り、ドアを開ける。

「や、柳くん」

 のんきに挨拶する店長を引っ張り込んで、すぐにドアを閉める。

「店長、どうしたんだいきなり?」

「いや、野暮用でな。椛ちゃんとフーカちゃんもおるやろ?」

「居るけど……今取り込み中なんだ。急用じゃなければ今度に―――」

 店長がデジカメを差し出して俺の言葉を遮った。

「……何、これ?」

「見ればわかるで」

 言って、店長はドアを開ける。

「頑張りや」

 それだけ言い残し、外へと出て行ってしまった。なんなんだ、と思いながらデジカメを操作し。

「――――――!?」

 戦慄した。

 映し出されていたのは、つい先ほどの映像。つまり、白江がフーカを捕まえてナイフを突きつけているところから、俺達が逃げるまでの一部始終だった。

 ―――なんで。なんで店長がこれを。どうしてあの状況に遭遇しながら助けに出ず、撮影していたのか。いや、それ以前にだ。どうして―――白江がフーカを捕まえるところから撮影していた(・・)のか。まるで、白江と佐藤がこれから危害を加えようとしているのを知っていたかのように。

 おかしい。おかしすぎる。思えば、南野が警察に直接証拠を提示しなかった点も不可解だ。

 携帯を取り出す。南野の番号は以前フーカに教わっていた。病院内だが、出てくれれば―――

 コールが鳴る。一回、二回、三回、四回、五回、六回―――プツッ、という音がして、ノイズが聞こえてきた。

「南野、聞こえるか」

『…聞こえる』

 電話から南野の声が聞こえてくる。よし、繋がった。

「一つ聞き忘れていた。答えてくれ。どうしてお前は直接警察に証拠を提示しなかった?」

『…………』

 答えが返ってこない。

「なんで答えない?」

『……答えるな、と指示されているから』

 南野の答えに、ぞっとした。

『……僕が言えるのは、それだけだから』

 プツ、と音を鳴らして通話の切れた携帯電話は、力の抜けた指から滑り落ちた。

 「指示されているから」。南野はそう言った。

 ぞっとした。寒気がした。

 たどり着いた、一つの結論。


 すべては、一人の企みだったのかもしれない。


「柳さん、どうしました?」

 二人分の足音が聞こえる。声の主の方を向く力が、出なかった。

「……柳?」

 椛が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「フーカ」

 力を振り絞って動かした口から震える声で尋ねる。

「答えろ」

「―――はい」

 フーカは、まっすぐに俺に向けて返事をした。

「お前は――――――何が目的なんだ?」

 首をなんとか動かし、フーカの方を向く。恐怖なのか、悲哀なのか、憤怒なのか、何かわからない感情がこみ上げ、視界が揺れている。

 その視界の中で、フーカは―――――ぽろりと、涙を零していた。

 答えは、返ってこなかった。その代わり、結論が出た。


 今回の事件を企てたのは、他ならぬ目の前の少女―――フーカ・マーティンだった。



 目が覚めると、心配そうな椛の顔があった。

「柳、大丈夫?」

 上体を起こす。俺の部屋だ。ベッドに横になっていたようで、椛はヘッドに腰掛けている。フーカの姿は―――無い。

「俺…どうして寝てたんだっけ」

「無理して動かないで。……フーカちゃんに『何が目的なんだ』って問いかけたあと、ぶっ倒れたんだよ。心配したんだから…」

 ぼんやり思い出す。あぁ、倒れちまったのか…。

「……フーカは?」

「部屋で編集するって、自分の部屋に。……柳、教えて。どういうことなの?」

 椛は不安そうな表情をする。

「……今回の事件を起こしたのは、フーカだ」

 たどり着いた結論。それは再び俺の視界をねじまげるほどの事実だった。

「南野が死なないように飛び降りた理由。証拠を揃えていたにも関わらず警察に提示しなかった理由。白江と佐藤が情報を掴んで俺達を襲ってきた理由。全部に辻褄が合う。フーカが南野に指示を出し、白江と佐藤に情報を漏らしたんだ」

 「家族」だと認められた直後に、裏切られた。あいつは―――フーカは、俺達を騙していたんだ。他の事はどうでもよかった。ただその一点が、俺の心を切り裂く。

「……わからない」

 俯いてぽつりと呟く。

「フーカは、なんでそんなことをした? 何が目的なんだ?」

「お話しましょう。全部を」

 唐突に返ってきた返事に勢いよく顔をあげる。複雑な表情をしたフーカの姿がそこにあった。

「……聞いてください」

 様々な感情の中から、決意だけが伝わる。俺は、こくと頷いた。

「まず―――動画は投稿しました。これである程度大きくなってくれれば、マスコミや教育委員会なんかも動き出すでしょう。南野くんに証拠は返却すればあとは自然に解決に向かうはずです」

 椅子に座ってまっすぐな姿勢でフーカは言った。

「店長の持ってきた映像に関しては、話が終わったらそれを警察に出向きましょう。彼らの動きを制限し、かつ処罰が与えられれば動画が広まった頃にさらに追い打ちがかかる形になります」

 ふっと目を伏せ、大きく一呼吸。そしてついに、フーカは語り始めた。すべての真相を。

「柳さんの想像通り、すべてを企てたのは私です」

 告白の一言目は、それだった。

「南野くんに指示を出し、白江・佐藤両名に情報を漏らし、店長に撮影を依頼したのも私です」

 ゆっくりを目を開き、まっすぐに俺を見つめる。

「南野くんには『指示に従えば白江と佐藤に罰を下す。指示されていることを口外するな』と指示したはずなんですがね。さすがに不審だったのでしょう。人とはなんて面倒なものなのでしょうね」

「南野は指示をしているのがフーカだってことは知らなかったのか?」

「はい。手紙で指示を出していました」

 フーカは続ける。

「私の筋書きではこうでした。南野くんが自殺未遂をする。そして私たちが調査に乗り出し、白江・佐藤両名からの妨害を受ける。その状態を撮影し、警察に駆け込み事情を説明、いじめの隠蔽(いんぺい)や白江・佐藤両名の行動をハッキリつきつけた上で証拠を提示、再捜査をさせる、というものでした。けれど、予想外がいくつも起きました」

 フーカは悲しい表情をする。

「白江がナイフまで持ち出してきたこと。南野くんが指示されていると口外したこと。そして何より――――柳さん、あなたが一番の予想外でしたよ」

「―――俺が?」

 突然出てきた自分の名前に驚く。俺が一番の予想外って、どういうことだ?

「……柳さん、私の行動のどこに一番の目的があったと思いますか」

 フーカに問われる。いくら考えても、わからない。それが、全く分からない。

 俺の表情に、フーカは悲しく笑った。

「私の目的は、南野くんが飛び降りる時に達成しているのですよ」

 南野が飛び降りた時――――教室の窓から、南野の落ちる影が見えて、そして――――

「私の目的は、柳さんに、人が落ちる姿を見せる。そこだったんです」

 俺に、人が落ちる姿を見せる。………おい、待て。それって―――いや、でもあの子は―――

「私は、思ってなかったんです。柳さんが――――――」

 ぽろり、ぽろりと、フーカの目から涙が零れる。


「―――柳さんが、私のことを覚えていてくれたなんて」


 すべてのピースが、ぴたりとはまった。

 つまり、フーカは。


 フーカは、あの時の女の子――――俺の、「妹」だった。


 ゆっくりベッドから降りて、フーカに歩み寄る。

 そして、フーカに両手を伸ばし。

 ぎゅっと、強く、強く抱きしめあった。その存在を確かめるために。

「……お兄ちゃん」

 小さく、震える、嗚咽交じりの声が俺を呼んだ。

「ごめんなさい」

「…なんで、謝るの」

 俺の声も震えている。感情が抑えられない。さっきの倒れる直前の時とは全く違う感情が、あふれていた。

「私ッ……お兄ちゃんのこと、信じて…あげられなかった…!」

 堪えきれなくなってか、フーカが腕に力を込めて声をあげて泣き出した。

「怖、かったの……私、のことを、忘れてるんじゃないかって……。でも、おに、いちゃんが……私のこと、話してくれて……私、もっと怖くなったの…。お兄ちゃんの、こと、信じてあげられ、なくて、こんなことして、私、嫌われるんじゃ、ないかって…」

 泣きながら話すフーカの言葉を、ただ黙って受け止める。

「ごめんなさい、お兄ちゃん……嫌いに、ならないで。お願いっ…だからっ…」

 大きく体を震わせるフーカを、抱きしめ続ける。俺は、震える声で返した。

「馬鹿」

「……へへ」

 伝わってくれたようだ。けれど、きちんと言葉にして伝えたい。だから、もう一度。

「嫌いになんて、なるわけない。あの子が――――フーカが、生きててくれた。こうして、また俺に会ってくれた。それが、どんなに嬉しいか。どんなに幸せか」

「…ありがと……ありがとう…」

「こちらこそ、ありがとう。フーカ」

 お互いに、ありがとうを言い合う。それからしばらく、フーカが落ち着くまでそのままでいた。椛も穏やかな笑顔で見ていた。

 愛おしい温もりを離して、ベッドに座る。すっかり泣き腫らしたフーカの笑顔が、幸せに思えた。

 フーカはコホンと一つ咳払いをしてから続けた。

「…柳さんのお母さんも、私が過去に柳さんと面識があったこと、起こったことをご存じです」

 「お母さん流サプライズ」はそこも含んでいたということのようだ。ほんと、あのババアはどうにかならんのか…。

「転入初日、窓が割られたのは予め仕掛けておいたものです。柳さんに疑われ、私から関心を逸らさないようにするためでした」

 やっぱり窓を割ったのはフーカだったのか。徹底している。どれだけフーカが本気だったのかがわかる。

「以上で、私が話すことは終わりです」

「……話してくれてありがとう、フーカ」

「はい」

「…あのさ。できれば、敬語やめてくれないか?」

 昔は敬語なんて使ってなかった。あの子がちゃんと目の前に居るっていう実感がもっと欲しくてそんな注文をする。俺の意図がわかったのかフーカは「うん」とほほ笑んだ。



***



 結局は、徒労だったのだ。

 俺はあの時あの子は死んだと思い込んでいた。

 フーカは俺が自分のことを忘れていると思い込んでいた。そして、回りくどい方法をとってしまったのだ。恐怖ゆえに。

 けれど、俺達は再会できた。素直に気持ちを伝え合えた。

 そして学んだ。素直が一番確実で、一番手っ取り早いってこと。



***



 それから、二週間が経った。俺達探偵ジーニアスは処分を受けることは無かった。

 警察に俺達が襲われた時の映像を持ち込み、白江と佐藤の身柄を押さえた。物証である果物ナイフからは白江の指紋が検出されて証拠能力をきちっと持っていたのもあった。

 フーカの目論んだ通り、投稿された動画は広まりいじめの事実が浮き彫りとなった。そして改めて南野の手から警察に渡った映像、証言から、白江と佐藤にはさらに刑罰が下ることになった。

学校側としては二人を無期限停学としたが、各所からの批判の声等で教員の多くが入れ替えとなった。

 そんな感じで、で南野の復讐劇を利用したフーカの企みは無事に終わったのだった。



 コンコン、とノックをする。中から返事が返ってきてから、ドアを開ける。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 事件の完全収束から二週間が経ち、すっかり平和になった。

「渡すものがあってな」

 いつも通り、ベッドに二人並んで腰かける。

 フーカは学校以外では俺のことを昔のように呼んでくれるようになっていた。敬語も使わず、昔のように接してくれている。

「渡すもの?」

 フーカは頭の上に疑問符を浮かべる。自分が一月前に言ったことを完全に忘れている様子だ。

「ほら」

 言いながら、赤い包装紙でラッピングされた箱を手渡す。

「……あぁ、ホワイトデー!」

 納得したフーカは喜んで箱を受け取る。

「開けていい?」

「おう」

 フーカは目を輝かせて包装紙を綺麗にはがし、中身を取り出す。なんてことはない、普通のハート型のチョコレートだ。

「…食べていい?」

 一々聞かなくていいって。喜んでくれてるのはわかるから。

 ぺき、とかじってチョコを食べるフーカを少し眺め、決心する。

「フーカ」

「? なに?」

 まだ口にチョコが残っているな、と思いながら。


 不意打ちで、こっちを向いたフーカの唇を奪ってやった。


 たっぷり数秒後、唇を離す。ファーストキスはチョコの味、っていうのも、なかなか詩的なものだ。

「三倍返し、足りるかな?」

 いたずらっぽく笑ってやると、呆けていたフーカはようやく我に返ったようで。

「……多すぎるよ、お兄ちゃん」

 頬を赤らめてはにかんだ。

「……いっぱいもらった分、来年もっと返さなきゃだね」

「来年のバレンタインまでキスしてくんないの?」

「んー、どうしよっかなー?」

 意地悪なことを言いながらも、二人の距離は自然と近づいていった。

 二度目のキスを済ませて、お互い微笑んだ。

 素直が一番。素直に、好きって気持ちを伝えよう。俺もフーカも、そう思って同じ時間を過ごそうと誓った。

 椛も、店長も、母さんも、みんなに素直に生きていこう。


 探偵が自ら起こした騒動の後は、きっと晴れやかな人生が待っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ