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8.


8.


 朝日が昇り、頂に雪を残す山々が照らされる。晴天の青が朝の冷気で一際冴え、吹き付ける風が雲を払う。

 エリオットの家で、空のベッドが大きく軋んだ。二人の人間が、その上に落下したからだ。

「おっと!」

「あぷ!」

 リズが腰から、エリオットがうつぶせでベッドに落ちる。リズが慣れた調子で落下の勢いを殺すが、エリオットは不意の出来事に対応しきれず、そのまま床に転がり落ちた。肘から落ち、肩、腰と固い床にぶつける度に悲鳴が上がる。

 リズはエリオットの悲鳴を聞き流し、周りを見回した。朝日の差す、見覚えのある部屋だと分かりふう、と一息ついた。

「成功ね。やっぱり時間はズレたみたいだけど」

 そう言う口ぶりは、成功を喜ぶというよりは些細なミスに機嫌を損ねたものだった。

 彼女が砦の資料室で行ったのは、自らをある場所へと飛ばす転移の魔法だ。これはリズにとって、実は不得意な魔法の一つでもある。

「どうもこれだけはうまくいかないのよね。先にずれるのだけは救いだけど」

一人で魔法の出来に愚痴をこぼすリズの足元で、エリオットがベッドの上に這うようにして身を起こす。東の太陽と家の様子を見て、目を白黒させていた。

「いたた……、え、何でここに?」

 リズがようやくエリオットに気付く。

「あら、ごめんなさい。あなたの家だけど良かったかしら?」

「いや、それはありがたいんですけど……、何でここに?もう朝だし」

 エリオットにとっては、資料室から自宅までのこの移動は一瞬の出来事だった。とても一晩経ったとは思えず、未だに信じられないといった目で窓から差す朝日に目を向けていた。

「魔法でちょちょいと帰ったの。ちょいと時間は経ったけどね」

「ひどい矛盾を感じます」

「奇遇ね。あたしもよ」

 二人がそうこう言っている間に、もう片方のベッドで寝ている人物が身をよじった。ううん、と眠そうな声が上がり、エリオットがベッドを覗く。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 心配して覗き込むエリオット。寝ていたその人物は、うっすらと目を開けて目の前にいるものを見た。

「……何、その恰好?」

 寝ぼけた様子で言われ、エリオットはまだ女給姿である事をようやく思い出した。慌ててヘッドドレスを取り、エリオットは言い訳を探す。

「え、ええと、その、事情が……」

「んー……、いい、と思うよ」

 未だ眠気が冷めない様子で言われ、「え」とエリオット。

「もう、ちょっと、寝る、ね……」

 ぐう、とそのまま寝息を立てられ、エリオットは何も言えなくなる。言い訳する機会も理由も失い呆然とするエリオットに、リズがうらやましげに言う。

「理解のある人ね」

エリオットは言いたい言葉が思い浮かばず、渋い顔でヘッドドレスをいじるしかなかった。


 それから時間が経ち、食事が終わり伴侶が家を出る。エリオットも一緒に家を出て坂を下りると、ジョーイ達の家を訪ねて回った。入れ違いで砦に行かれるのを阻止するためだ。

「え、帰ってたのか?どうやって?」

「あ、あれ?」

「ん?……え、何、で?」

 顔を見られる度にこのような反応を返されるエリオットは、その都度事情を説明せねばならず面倒な思いをした。リズの名前を出せば三人はすぐに納得し、示し合せる事もなくエリオットの家に集まる運びとなった。ジョーイ達は昨晩の出来事を居間でリズから一通り聞かされた。証人ともいえるエリオットは着替えるために席を離れていたが、それでもリズの言葉はジョーイ達にとっては驚きに満ちたもので、疑うよりも先に彼等はリズの話に聞き入った。

「そうか、セラさんが……」

 ジョーイが沈んだ顔で呟く。ケインがもらった情報をまとめるように考え込み、マークは未だ信用ならないと言わんばかりに疑わしげな視線をリズに向けていた。睨まれているリズ本人に、堪えた様子は微塵もない。リズは頬杖をついて、卓を囲む彼等の三者三様な反応を見回していた。

 普段着に着替え終わったエリオットが居間に戻る。

「お待たせー。どこまで聞いた?」

 マークの隣に座りながらエリオットが三人に尋ねると、一番離れた席にいたジョーイが答えた。

「昨日あった事をな。込み入った事情はこれからだ」

「そうですね。まずお伺いしたい事が一つあります」

 ケインが視線を上げ、卓の向こうに座るリズを睨んだ。

「なーに?歳以外なら何でも答えてあげるけど?」

「そういった意味の興味はありません。あなたの正体を教えてください」

「ひどい矛盾ね」

「女性と思ってませんので」

 だから問題ない、と断言せんばかりに言い切るケインに、リズは少々自尊心を傷つけたような顔をした。

「……そうね、改めて言っておくべきかしら」

 そう言って、リズは背筋を伸ばした。エリオット等四人も、居住まいを正して彼女の言葉に耳を傾けた。

「あたしはリズ。ナバンのあるお偉いさんに世話になってる、しがない魔女よ」

 ここでリズは言葉を切った。四人の反応を伺うために空けたその間に、すかさずマークが割り込んだ。

「証拠、は?」

「これ」

 ぴっ、と彼女は机の下から小さなものを取り出した。四人がそれを注視した後、一斉に目を丸くした。

 それは菩提樹と獅子の彫られた勲章だった。ナバンの国旗と同じデザインで、エリオット達が持つ騎士の勲章によく似ている。騎士の勲章と同じく縁が金で縁どられており、良く見ればその縁には歯型がついていた。偽造防止の為に本物の金が使われている証拠だ。歯型の主を証明するように、リズがそれを軽く噛んでみせると、かっちりと噛み合わさっていた。

 それを見て、ケインが納得する。

「その勲章、確かにあなたは高貴な方と繋がりがあるようですね」

「それが誰がは秘密だけどね」

 リズがそう言った時、居間の空気が幾分ゆるんだものに変わった。四人の、リズに対する警戒心が薄らいだのである。

「なるほど、あなたはナバンの味方なんですね。安心しました」

 ジョーイが妻以外の多くの女性に対するものと同じ笑みを浮かべてリズに言う。リズはこれに、表情だけを取り繕った薄っぺらな笑みを返した。

「一応そうね。あなたの苦手な女だけど、今は信用して頂戴」

 覚えのある台詞にジョーイが固まる。直後、エリオットとケインが笑いを堪えきれずに吹き出した。

「聞かれてたね」

「軽率でしたね」

 エリオットが事実を指して、ケインが彼のジョーイに対する諸々の不満を込めて笑いながら言うと、ジョーイは返す言葉を見つけられず低く唸って黙り込んだ。

「そ、それよりだ!カーマン大臣とセラさんの狙う、ヒイロノカネとは何だ?俺は知らんぞ」

「え?そうなの?」

 エリオットが驚き、ケインとマークを見た。

「ええ、私も初耳です」

「ん」

「ええー?皆知らないのー?」

 信じられないと言わんばかりに言うエリオット。大げさな反応を返されても、ジョーイ達三人は知らないものを知っているとは言えなかった。

「いや、だって……、なあ?」

 ジョーイの同意を求める声に、他の二人もうなずく。理解しかねるエリオットを後目に、リズが机の上に乗り出して軽く手を振った。議論を打ち切ろうというサインだ。

「はい、おしまい。とりあえずエリオット、だっけ?ヒイロノカネについて教えてあげて頂戴」

 エリオットは未だ腑に落ちない、そして名前をあいまいに覚えられていた事に不満をあらわにしていたが、促されるままに説明した。

「子供のお守りだったのか。でも何でそんなものを?」

 ジョーイが首を捻る。彼の、というよりはこの場の騎士達全員の疑問に、リズは答えなかった。探るように、ケインが口を開く。

「……そのヒイロノカネというのは、もしかしてナバンでしか採れないものですか?」

「いい質問ね。少なくとも、ジルトールにはないものよ」

 ふむ、とケインは頷いた。

「そのセラさんとカーマン大臣の狙いは、もしやジルトールの狙いとイコールでしょうか?」

「十中八九そうでしょうね。ジルトールの親善大使とナバンの外務大臣が個人的に手を組むなんて、個人的な事情に収まる話になると思う?セラって子が大臣を抱き込んでるか、大臣があの子に歩み寄ったのかは分からないけどね」

「となると、和平の目的はヒイロノカネにあるようですね。それを欲しがる理由は分かりませんが、……採掘できる鉱山を知られるのはまずいと思います」

 言い進めるうち、ケインの顔色が徐々に険しいものになった。何かに気付いたらしいケインのその反応にエリオット達が眉を顰め、リズがわずかに笑みを浮かべる。

「なぜだ?」

 ジョーイの問いに、ケインは青ざめた顔で目を細めて答えた。

「……ジルトールとの和平が結ばれた後、何が起こったか分かりますか?」

「それくらい分かる。騎士団縮小の為に増えすぎた騎士が我が家に追いやられたんだ」

 身に覚えがあるだけに、ジョーイの言い方は強いものだった。

「それだけではありません。たくさんの牛がジルトールから贈られ、そしてたくさんの道が大きく広げられました。交通が増えた事で以前よりも踏み固められています。おそらくこれも、ジルトールの狙いでしょう」

 ケインの整理した情報を聞いて、エリオットは考え込んだ。

「えーと、交換兵役でジルトールから兵士が来てて……、それでナバンの兵士が減ってて……。道路が整備されたんだからー……」

そこまで言った直後、直感的に思い浮かんだ言葉がエリオットの口からこぼれた。

「……ナバンに、速く攻め込める?」

 その場の全員の目が、エリオットに集まった。エリオット本人も、自分の言葉の意味に驚いた。

「あ、ああ忘れて!そんな訳、ないよね。だって和平、結んで……」

 言いながら、エリオットはその和平が嘘かもしれない事を思い出し青ざめた。再び戦が、それもナバンにとっては不意打ち同然に起こる可能性が挙がったのだ。彼等が動揺するのも無理もない。

「……言いにくい事を言ってくれますね」

 ケインは、同じ結論に達していた事を渋い顔で明かした。二人のやり取りを見て、ジョーイとマークも察した。何も言えなくなった彼等に聞かせるように、リズがあえて言う。

「ジルトールがヒイロノカネを手に入れたら、ナバンに用はもうないでしょうね。道が整備された上に交換兵役で兵も送られてるし、不意打ちであっという間に征服されるかも」

 しばしの間、皆黙り込んだ。エリオット達四人は表情を徐々に硬くし、リズだけは他人事のように退屈そうな表情を浮かべて窓の外に目を向けた。ちょうどその時彼女が見たのは坂道を見下ろせる窓で、その坂を誰かが歩いて登ってくるのが見えた。

「あら?エリオット、お客さんよ」

 砕けた口調で呼びかけるも、当のエリオットはジョーイ達ともども動く様子がなかった。聞かされた情報を整理し、導き出した事実を感情が受け止めるのに時間がかかっている、といった風だ。リズがどうしたものか、と首を捻った時、登ってきたその人物が足早に窓の前を通り過ぎて家の扉をノックし始めた。急き立てるような乱暴なそのノックに混じって、耳障りな声が上がる。

「ちょっと、帰ってるんでしょ?顔見せくらいしたらどうなの!?」

 この一帯を管理する牧場主の、あつかましい夫人の声だ。普段のエリオット達なら一様にうんざりした顔をするのだが、今の彼等の耳に夫人の声は入らなかった。反応が無いのに苛立ったのか、ノックが一段と激しくなる。

「聞いてんのかい!?留守じゃないのは分かってんだよ!」

 もはや癇癪といってもいいほどにせわしない音に、リズがうんざりした顔で耳を塞いだ。目だけで四人に「出てくれ」と懇願するが、騎士達には全く腰を上げる気配がない。リズはついに耐えきれなくなり、席を立って扉を開けた。小柄な影が滑るように現れ玄関に入り込む。

「ようやくかい、全く何で出ない……、あら、アンタ見ない顔だね」

 現れた老婆の甲高い声ときつい体臭にリズは露骨に表情をゆがめた。彼女の反応に構わず、牧場主の夫人はリズの出で立ちをじろじろと無遠慮に見る。

「どっかの移民かなんかかい?だったら、どこが誰の庭か教える必要だろうねぇ。言葉は分かるのかい?」

 夫人が見下した物言いで尋ねる。リズにとっては、身に付けているもの一つ一つに対してやっかみや侮蔑を込められているようで居心地が悪く、そして何より不愉快だった。

「……お気遣いどうも。言葉に限れば、心配無用よ」

「おや、そうかい。だったら、挨拶回りぐらいはするんだね。でないと、色々とアンタの為にならないよ」

 親切心から来た忠告のようだが、その実、遠回しに自分の立場が上だと主張している脅し文句も同然の発言だ。リズが「面倒くさい相手だなぁ」と言わんばかりに表情をゆがめたその時、騎士達が一斉に立ち上がって夫人へと殺到した。

ジョーイ達からすれば、夫人は最も関わりたくない相手だが、同時に自分達よりもナバンの諸事について詳しい人物でもある。これに夫人が血相を変える。

「な、何だい血相変えて?」

 ジョーイが真っ先にその夫人へと詰め寄り、その手を取った。

「いい所に来たご夫人!あなたに聞きたい事があります!」

「嫌だよアンタなんか!」

「そういう意味じゃありません!」

 顔を赤くする夫人にジョーイはすかさず訂正した。ジョーイの後ろから、彼と夫人の間に割って入ろうとするようにエリオットとケインが夫人に尋ねる。

「ヒイロノカネです!あれどこにあるのか教えてください!」

「子供のお守りです、赤い石の!」

 マークだけは何も言わなかったが、二人の問いかけの答えを待つようにジョーイの後ろから黙って夫人を見下ろしていた。四人に緊張した視線を向けられ、夫人は珍しく大きな戸惑いを見せた。

「ひ、ヒイロノカネ?雑貨屋で売ってるじゃないの」

「未加工のものが欲しいんです。あなたならご存知でしょう?」

 ケインの質問の意味に、夫人は未だに理解できないという顔で首を捻る。

「そんな事を知ってどうするんだい?」

「詳しく言えませんが、ナバンの一大事なんです。教えてくだされば、どうにかできるかもしれません。お願いします!」

 エリオットが深く頭を下げた。

「そうは言うがねぇ……、ナバンで育ったんなら、普通知ってるんじゃないかい?」

 ジョーイ達がエリオットに視線を向けた。注目されたエリオットは裏返った声を上げてしどろもどろになる。

「え、え?お、覚えてないよそんなの!ケインは知らないの?」

「ヒイロノカネについては、あなたしか知らなかったんですよ。僕が知る訳ないでしょう」

 ケインの後ろでジョーイとマークが同意するように黙って頷いた。エリオットはばつの悪い顔をして、恐る恐る夫人の顔を見る。案の定、夫人は厭味ったらしく呆れた顔を向けた。

「全く、最近の若いモンは童話一つ覚えんのかい……」

「童話?」

 見当がつかないという四人、リズを含めれば五人の態度に夫人はますます呆れたようだった。

「ヒイロノカネっていうのはねぇ、微笑み山にいる、竜の死体さ」


「まあ、おとぎ話でしょうけどね」

 セラはそう言って、開いていた本を片手で閉じた。彼女が今いるカーマンの個室には、彼女とそのカーマン以外はいない。

「そう結論付けるのは早いぞ。この国には、いくつか竜にまつわる童話や訓話があってな……」

「結局はヨタ話じゃない。あたしやジルトールが欲しいのは、実利よ」

 カーマンの忠告をばっさりと切り捨て、セラはすぐ近くにあった窓を開いた。城壁よりも高い位置にある為、城壁の外で広がる森やそれを裂く様に広がる道、さらにその向こうにそびえる山々をも見渡す事ができた。

「微笑み山は、おとといにあたしが目星をつけて行った場所の近くよ。昨日の女給さんとそのお仲間に拾われたのも、その辺りね」

 セラは言いながらその時の事を思い出し、不愉快そうに表情を歪めた。事情をうまくごまかせず、結局何も知らない女の振りをしたのが、彼女にとってはプライドのひどく傷つく行いだった。

「あの黒い肌の魔女も、そいつらの仲間なのか?」

「そう考えていいんじゃない?ナバンの魔女がナバンの騎士に味方しないと思えないしね」

 セラに焦りや動揺はなかった。落ち着き払った彼女の態度が、逆にカーマンの不安をあおる。

「この件はジルトールから来た多くの兵に対しても内密にしてるんだぞ!犬蜘蛛も全て死んだ今、私達に自由にできる手駒はいない!」

「だったら作ればいいでしょ。あたしを何だと思っているの」

 そう言って、セラはカーマンの方へ振り返った。彼の背後の壁には、ナバンの騎士が着る儀礼用の鎧が並んでいる。数は四つ。いずれも槍を持つ格好で立っており、ヘルムの面甲が下げられ空っぽの顔が隠されていた。黙っていれば、中に人間が入っていないとは思えない。

 セラはカーマンの傍を通り過ぎ、並ぶ鎧の前に立つ。彼女の行為に疑問を感じたカーマンだったが、空気の質が冷たく変わったのに気付き慌てて下がった。

「編まれし御霊、集いし力。火よりも赤き緋の煙……」

 セラの周りに白い靄のようなものが現れ、空中を漂う。カーマンにも呟き続けるセラの言葉は分からなかったが、昨日使われた遮蔽の魔法とは違うものだとだけは分かった。

 やがて煙は、立ち並ぶ鎧の方へと流れていった。鎧のわずかな隙間にするすると吸い込まれ、鎧の中を満たしていく。入った煙は鎧の中にこもり、そこから外へは流れ出そうとしなくなった。

 セラの詠唱に合わせ、入った隙間からわずかに漏れ出る煙の色が次第に赤く変わる。そして詠唱が終わった直後、赤い煙は粉雪が溶けるようにさっと鎧の表面へと染み入り、見えなくなった。

 何が起こったか分からず、カーマンは眉をひそめて鎧を眺める。すると、鎧がわずかに震え始めた。それも一つだけではない。四つ全てがカタカタと音を立てており、カーマンは何事かと目を見張った。

 全ての鎧が次第に激しく揺れだし、セラに最も近い位置にあった鎧が片足を上げた。そして軽い、やかましい足音を立てる。そして、鎧が片膝を地に付け頭を下げた。他の三つも、最初のものに遅れて同じ動作を取っる。一連の動作は、まるで中身を得たかのようによどみがなかった。

「な、な……?」

 声もないカーマンをよそに、セラは鎧に命じる。

「行先は微笑み山。邪魔なものは始末なさい」

 鎧達は一斉に立ち上がり、踵を揃えて槍の柄で床を叩いた。列を作り外に出ていく鎧達を、カーマンは呆然と見送った。

「……ど、どうするつもりだ?」

「先に行ってもらうのよ。ナバンの騎士なら出向いて行ってもおかしくないでしょ?」

軽くやかましい足音が聞こえなくなると、セラはカーマンに振り返った。

「城の者に警戒を促しなさい。奴等がまた邪魔をしに来るでしょうから」


「十中八九、セラって魔女はまた魔物を使うでしょうね」

 夫人に帰ってもらった後、リズは四人にそう言った。

「魔物?」

 エリオットが聞きなれない言葉に首を捻る。

「ちょっと説明が面倒ね。あなたにとって見慣れない、恐ろしい怪物の事だと思ってちょうだい」

 リズにそう言われ、エリオット達四人はおとといに見た犬と蜘蛛の相の子を思い浮かべた。エリオットだけは昨日、素手も同然の状態で二匹に襲われていただけに強い危機感を持った。

「あの犬蜘蛛っていうのは犬と蜘蛛の姿を使い分けるの。犬の姿だと速く走れるし、蜘蛛になれば木の上や崖を登ったりも出来る。追いかけっこになればやっかいな魔物ね」

「だが、立ち向かえばどうという事はない。現に私達は、それを三匹倒しているんだ」

「あなた怯えていたじゃないですか」

「うるさい!」

 ジョーイとケインの言い合いに、リズはふぅん、と気のない反応を返した。

「四人で三匹を、ねぇ。あたしは昨日二匹を仕留めたの」

「それ、もう、聞いた。それより、備え、がいる」

「備え?」

 マークの言葉にエリオットが首を傾げた。マークが答えるより先に、リズが口を挟む。

「おっしゃる通り。あの魔女がまた、他の魔物を呼び出してくるかもしれないもの。何が出てくるか分からないから、万全を期すべきね」

 マークは言おうとした事を先に言われたからか、不愉快そうな顔でリズを見た。リズは涼しい顔でこの視線を受け流す。

「とは言っても、用意するものは対して変わらない気がするけど」

「いや、そうでもありません」

 そう言ったのはケインだった。

「どういう事?」

「実は僕等、剣はあまり得意じゃないんです。僕だって弓は一応使えるという程度で、大した腕じゃありません。得意な得物は別にあります」

 エリオットとマークが同意して頷いた。

「私はそうでもないぞ」

「あなたのあれは剣じゃないです」

 聞いているリズには意味が分からなかったが、問いただすほどの興味は湧かなかった。

「じゃあ、その武器を取ってくればいいんじゃない?」

「僕はそうしますが、他の三人のはとにかくかさばるし重いんです。馬が疲れてしまいます」

「そうなんだよねー。特に私のはモノがモノだし」

「え、どんなの?」

「こっちこっち」

 エリオットがリズを誘い、居間を出る。残されたジョーイ達三人は、エリオットが何を見せようとしているのかを知っていた。

 少し経った頃、ジョーイ達の耳が二人の会話を拾った。

「え、これって……?」

「すごいでしょ?流石にこれを小脇に抱えて持って行くのは無理なんで……」

 そこで会話が一旦途切れた。リズが何も言わず、エリオットがそれを不思議に思っている様子が離れていても分かる。ジョーイ達にはリズの戸惑いがよく理解できた。やがてリズが戸惑いを大きく含んだ声を漏らしたのが聞こえた。

「エリオット……」

「何ですか?」

「あんたアホでしょ」

「え!?」

 エリオットの驚く声を聞いてジョーイ達は一様に苦笑いを浮かべた。

「あれ、怒らないんですか?」

「流石に私もあれは擁護できん」

 ケインの問いに答えるジョーイに、マークも黙って頷いた。

「だってあなた、これ……鎧じゃない」

「そりゃそうですけど、すごいんですよ!?」

 エリオットがムキになって声を張り、居間から会話を聞いている三人は笑いがこらえきれなかった。

 ここまで聞いただけならば、三人は笑ったままでいただろう。

「鎧は得物と言わないし、しかもあなた、これ……ああ、知らない方がいいか、メンド臭くないし」

「?」

「ああ気にしないで。便利な魔法をかけるから」

 その後二人に会話はなく、ジョーイ達三人には何が行われているのか分からなかった。やがて再び二人の足音が上がり始め、居間に向かって近づいた。歩きながら話す声が聞こえる。

「あれどういう魔法なんですか?」

「ワンアクションであの鎧をあなたの所に引き寄せる魔法よ。あとでやり方教えてあげる」

 居間の入口からリズが顔をのぞかせ、三人にこう言った。

「言ってた武器を持って行きたかったら言いなさい。便利な魔法があるから」

「それより、リズさん、エリオットの鎧がどうかしたんですか?何か知ってる風でしたが」

ケインの質問に、リズが変なものを見る顔をした。それが先ほどエリオットに向けたのと同じ表情だったのを、三人はこの後知る事になる。

「あんた等アホでしょ」



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