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5.


5.


 青く冴える空気の中で、冷たい風が流れる。さわさわという葉の擦れる音がさざ波のように耳に入り、その音でエリオットは目を覚ました。すぐに目に入ったのは白いシーツと、そこに横たわる伴侶の頭だった。寝息に合わせて伴侶の肩が小さく動くのを見て、エリオットは我知らず安堵の息をついた。ちょっかいを出してやろうかといたずら心が湧くが、それを打ち消すように声が上がった。

「ん、ん……」

 エリオットが後ろから聞こえたその声に振り向くと、毛布にくるまったリズの姿が目に入った。背を壁に付け、膝を抱えて眠っているせいでその顔は見えない。垂れ下がった長い銀髪が肩や腕にかかり、全身を隠そうと広がっている様子は不気味にも見える。

「ん……んあ、それ、食べちゃダメ……」

 顔を伏せたまま寝言らしい事を言うのが聞こえ、エリオットは思わず吹き出した。

ようやく起きる気になりベッドから顔を上げ、早々に寝間着から普段着に着替える。そこまでしてから、エリオットはもう一つのベッドに目を向けた。夫婦で寝る事で空けたエリオットの分のベッドの上には、昨日泊めたセラがいるはずだ。

「……あれ?」

 ベッドが空なのに気づき、エリオットは首をひねった。すでに朝日は昇っているがまだ薄暗く、散歩に出向くにしてはいささか早すぎる。エリオットは防寒用の上着を掴むと、家の外に出て辺りを見回した。草原を見下ろしても動くものは見当たらず、町につながる坂道を覗き込んでみてもそれは同様だ。

「どこ行ったんだろ……?」

 エリオットは不安になり、家から離れながら声を張り上げた。

「セラさーん!どこですかー?セラさーん!」

 呼ぶ声は言った端から何にも反響せず、むなしく響く。ジョーイ達を起こして手伝ってもらおうかと考えた矢先、エリオットの住む丘のふもとにある林から声が上がった。

「エリオットさーん!」

 自分を呼ぶ声にはっとし、そこを見る。セラが丘の斜面を登って走ってくるのが見え、エリオットは深く安堵した。

「はあー……」

「すいません、勝手に外に出て。ちょっと外の空気が吸いたくてつい……」

「いえ、よく分かります。でも、まだ早いですし、家にお戻りください」

「はい」

 セラを家へ促し、エリオットは林に目を向ける。その林にはエリオットも家事の合間に涼みに行く事もあったので、その地理は良く知っていた。その上、町から近いと言う事もあり、熊のような大きな獣は住み着いていない。

ただし、エリオットが妙に思った理由もそこにあった。

「あんなトコに野犬なんかいたっけ……?」

 セラを見つける直前、四足で走る生き物を見かけた気がしたのだ。


 普段よりもにぎやかな朝食を終えると、エリオットの伴侶はすぐに家を出ていった。それを見送ると、エリオットは早々に鎧に着替え始めた。

「そんな重いの、また着るの?」

 リズに呆れの混ざった声で言われ、エリオットは手を止めて反論した。

「セラさんを城まで送りますからね。やはり騎士として、それなりの恰好をしたいんです」

 身分を証明するだけなら、昨日ケインがしていたように勲章を胸にしていればいい。しかし、城勤めから離れたとはいえ、騎士の紋章のついた鎧はそれ自体が騎士にとって正装のようなものだ。礼節を重んじる身としては、着ない訳にもいかない。

「ふーん。騎士様も面倒なのねぇ」

 他人事のように言って、リズが窓の外に目をやる。太陽はすでに山の頂よりも高い位置に昇っており、空気も徐々に温かいものへと変わり始めていた。

「リズさんこそ、何であの森にいたんですか?三日迷ってたって聞きましたけど」

 昨日馬で送りながら聞いた事についてエリオットが尋ねる。するとリズは、う、と唸った。

「……ちょっとそれ、乙女の秘密って事じゃあ、駄目?」

「駄目ですね。森に乙女は住みません。それに、あんな蜘蛛みたいな怪物が住む森ですよ?危ないでしょう」

「ああ、あれね。大丈夫よ、もうあそこにはいないみたいだし」

 そう言って、リズは右手を開いてエリオットに見せた。意図が分からず眉をひそめるエリオットだったが、その手のひらを見て表情を変えた。彼女の手にはインクで円が描かれていた。大きな円の中心には小さな円があり、それ以外は何も書かれていない。エリオットには意味の読めない図だったが、そんなものを手に描いている理由だけはすぐに分かったのだ。

「魔法、ですか……?」

 エリオットが手を止め、警戒の色を見せた。リズが魔女であるという事を改めて思い知り、身を強張らせる。

 魔女というのは、人とは違う存在だ。人の姿をし、服を着て言葉を交わし、道具を通して文明的な生活が出来る。身体能力は人間と同様であり、知性も同等、あるいはそれ以上だ。

ただし、それだけならば魔女という呼称で人間と区別される理由はない。

「そうよ。ああ安心して、あたしそんな派手な魔法使えないから。趣味じゃないし」

 そう言って、彼女は自分の手のひらを指差して説明した。

「小さな丸があたし、で、大きな丸はあたしの周りね。本当なら、あなたの言う蜘蛛が点で描かれているんだけど、今はこの辺にその蜘蛛がいないから点が出ないの。お分かり?」

 エリオットには、リズの言う事をすぐには理解できなかった。魔法の説明をされて、はいそうですかなどと言える人間はそうそういない。効力のあるまじないを魔法と呼び、それは魔女にしか使えないのである。

「は、はあ。……え、じゃあ探し物って、あの蜘蛛なんですか?」

「ああ、あれはねー……」

 リズがそこまで言った時、セラが窓の外から二人を呼んだ。

「ジョーイさん達が来られましたよ」

 セラの声で、リズが慌てて外に出た。追いかけようと扉をくぐったエリオットは、坂道を登り切ったジョーイ達三人と鉢合わせになった

「準備はいいか?」

 開口一番、ジョーイがエリオットに言う。エリオットはリズの話をしようとしたが、ほぼ反射的に普段と同じ軽口を叩いてしまった。

「そっちこそ、昨日は無事だった?」

 言った直後エリオットはしまったと思ったが、ジョーイはエリオットの様子には気付かず、聞かれた事に素直に答えた。

「ああ。おかげでな。食事の用意が遅いと肩を極められた程度で済んだ」

「それで済んだと言える辺り、ずいぶん躾けられてるね」

「鍛えられたと言ってくれ」

 ジョーイが遠い目をして鎧の上から右肩をさすった。痛み具合を確認するようにその肩を回し、いちち、と小さく唸る。エリオットにはそれが可笑しく思え、リズの事を一時忘れた。

 一方、疲弊した表情のジョーイとは反対に、ケインには充実しきった様子が如実に表れていた。顔も無表情を繕おうとしているが、口元がわずかに緩んでいる。

「ケインは怒られなかったの?」

「怒るどころか!向こうも疲れているはずなのに、久しぶりに食事の用意までしてくれましたよ。ありがたい話です」

 ケインの声は弾んだもので、女房と言うよりは、まるで娘を自慢するような口ぶりだった。昨日と同じく猟師同然の恰好である事など、気にも留めていないようである。

「よく眠れるようにとりんご酒まで開けてくれてね、久しぶりに夫婦で飲みましたよ。向こうは酒が弱い癖にね。すぐ顔が赤くなって、それがまた可愛くて……」

「まだ酔ってるでしょ」

「酔ってませんよ。惚気です」

 はっきりそう言った後、ケインはセラとリズの視線に気づいた。目を丸くして絶句する二人の表情を見て我に返り、気まずい顔になる。

「……失礼。舞い上がってました」

「あ、いえ……」

 思わず謝るセラの隣で、リズがにやけた顔で口を押えた。

「お熱いのねぇー」

「わ、忘れてください!」

 ケインは目を逸らして大声で言った。その肩を、マークが叩く。

「良い、事だ」

「君まで言いますか……」

 うんざりした顔のケインの前で、エリオットがぱんぱんと手を叩いた。

「はいはい、惚気は置いといて。早くセラさんをお城にお送りしよ」

「そうだ、早く済ませて帰るぞ。やる事は多いんだ」

 ジョーイが疲れた声で賛同し、坂道を下り始めた。他の者を待つ様子のないその歩調に、エリオット達も慌てて後を追おうとする。

「ありゃ、言ってた以上にこってり絞られてますね」

 ケインの呟きに、エリオットも苦笑して同意する。先を行くジョーイの歩き方からは、明らかに肩以外の場所にも痛みを残しているのが見て取れた。

 ジョーイを追ってセラが、そしてエリオットが坂道を下る。エリオットの前にリズが進み出、その顔をエリオットに近づけた。

「蜘蛛の話は、秘密ね」

 小さな声で囁くと、リズはそそくさと走っていった。エリオットははっとし、問い詰めようと彼女を追うが、ケインとマークに前に出られ距離を開けられてしまう。必然的に、エリオットはリズに問い詰める機会を失ってしまった。

 他の者を追いながら、エリオットは考える。

「あの蜘蛛って、リズさんが呼んだの……?」

 自然と、エリオットのリズに向ける目は厳しいものとなった。


 広大な草原を駆ける、一匹の獣がいた。前足と後ろ脚とを跳ねるように前後させる姿は犬か狼のようだが、その仔細を目にするものがいたとしたら、自身の目を疑っていただろう。

 獣の脇腹からは八つの細いものが生えており、体が地を跳ねる度に上下に揺れていた。尻についているものも、箒のような犬の尾ではない。丸く膨らんだ縞模様のそれは、蜘蛛の腹だ。獣の顔も毛皮ではなく硬い殻に覆われており、はっはと息を吐く口には牙が並んでいる。八つついた丸い目を前方に向け、獣は毛皮の毛先を揺らしながら疾走を続ける。

 獣が足を止めたのは、深い林の中だった。馬車道から外れた木々の暗がりの中では、木の陰に隠れるようにしてもう一匹の獣がいた。同じく八つの目を、やってきた獣に向ける。駆けつけた方の獣がもう一匹の前に座り、二匹は互いに顎を大きく開いた。

「今日の昼には戻れると思う。騎士様方にお帰りいただいたら、後は目標を連れ出しておしまいね。まだ犬蜘蛛も二匹いるし、アンタの私兵も集めれば簡単に終わるでしょ。……もうすぐ、やっとヒイロノカネの在処が分かるの。約束忘れないでよ?」

 走ってきた方の口から、女の声が流れる。元から森にいた方は、女の声を呑み込もうとするようにじっと口を開け続けていた。

 女の声が終わると、二匹はほぼ同時に口を閉じた。口で聞き取っていた方の獣が腰を上げ、その場を去る。言葉を届けた方の獣は、その四足で元来た方向へと引き返していった。


 エリオット達が馬を走らせて着いた先は、国境付近の平地に建てられた砦の前だった。今いる馬車道から少し進めば、すぐに砦の周りに囲む堀にかかる跳ね橋にたどり着く。

砦を囲む城壁は高く、高い位置ではこの国の国旗は支柱に張り付くようにぶら下がっていた。風が吹けば獅子と菩提樹の葉とが描かれた見事な刺繍が見られるのだが、今の彼等はその機会に恵まれなかった。

「城、ねぇ……」

 胡散臭そうな口ぶりで、リズが砦を見上げながら呟く。

「ほら、砦と呼ぶと、戦を連想するでしょう?」

 セラが言い訳のように言い、リズの様子を伺った。セラの言いたい事は、エリオット達にも分かった。

 二国間で和平が結ばれた為に、双方で軍事力の縮小が課せられた。エリオット達のような騎士達ができたのもその結果なのだが、更に細かい配慮がなされるようになったのは想像に難くない。戦に使われるようなものの呼び方を変えたのもその一環だろうと、彼等は考えた。

「確かにそうですね、正しい配慮だと思います」

 ジョーイがセラの肩を持つように相槌を打つ。調子のいいジョーイの態度にケインが眉を顰め、エリオットとマークは半ば呆れた目をジョーイに向けた。そんな彼等の様子に構わず、ジョーイが列の先頭に馬を進める。

「さあ、行きましょう」

 ジョーイの乗る馬が砦にかかる橋へと歩みを進める。他の三頭もこれに続いた。昨日同様馬は四頭で、エリオットがリズと、ケインがセラと相乗りしていた。もちろんジョーイがどちらかと相乗りしたがったのだが、馬への負担を考えてマークが止めたのである。

 四頭が跳ね橋の前まで来た時、馬の進行が二本の槍で止められた。

「止まれ、何者だ?」

 門を守る兵士の一人がジョーイを見上げて尋ねる。ジョーイは相手の高圧的なその問いかけに、露骨に不機嫌な表情に変わった。

「何者だとは不躾な。これを見落とすようでは、職務怠慢と言わざるを得んな」

 そう言って、胸にある騎士の印を指でこつこつと叩く。ジョーイのその仕草に兵士達は眉を顰め、その後はっと表情を変えた。槍先を上げ、同時に踵を揃える。

「し、失礼しました騎士様、お帰りなさいませ」

「え、いや帰ったんじゃないんだが……」

「ええ、ただいま戻りました」

 ジョーイに割り込んで、セラがケインの後ろから声を張り上げた。兵士達の背筋が彼女を見て更に伸び、空いた手で彼女に敬礼した。

「せ、セラ様!お帰りなさいませ!昨日はどうされたのですか?」

「この方々にお世話になりました。相応のもてなしをしてください」

「この方々は……?」

「町に住む騎士様達です」

 セラがそう言った時、兵士達の顔色がわずかに変わった。

「……ああ、そうでしたか。どうぞ、お通りください」

 言葉こそ畏まってはいるが、その口調は先ほどまでと比べると明らかに軽い。騎士達は言いたい事を呑み込み、馬を進めた。

「なんだ、有閑か……」

 小声で交わされたその言葉を、馬上の騎士達は苦々しい顔で聞き流した。

 和平以来、城勤めから解任された騎士達は身の置き場をなくした。そのせいで騎士に区別ができた。城で国防の象徴として存在する既存の騎士と、自宅にこもり家事に勤しむエリオット達のような騎士だ。後者は鎧を着て武器を持つ機会がほとんどなく、普段する仕事も女のもの。前者から見れば、鼻で笑うのも無理はなかった。騎士の位を与えられない兵士から見ても、それは同様だ。

 跳ね橋を渡り切った騎士達には、背後にいる兵士達がなおも小声で笑うのが聞きとれた。

「……やっぱり、暇だと思われてるんだね」

 沈んだ声で、エリオットが呟く。答える者は誰もいなかった。

 砦の周りを回るように馬を進めると、彼等は馬舎にたどり着いた。四人は馬から降り、空いた場所に手綱を繋ぐ。そうした後でようやく、リズとセラが地に足を着けられた。

「本当にありがとうございます。おかげで無事に帰れました」

 セラが四人に頭を下げる。これに対し、真っ先にジョーイが言葉を返した。

「いえいえ、当然の事をしたまでです。また困った事があれば、いつでも頼ってください」

 背筋を伸ばして胸を叩くジョーイ。直後すかさずケインが口を挟んだ。

「一つ疑問があります。よろしければ答えてもらえませんか?」

「ケイン、お前……」

 余計な事を言うなとばかりに眉をしかめるジョーイ。しかし、ケインの言葉に誰よりもはっとした者がいた。他ならぬエリオットである。

「そうだ、私も聞きたかったんです。なぜあなたはあんな森に、一人で?」

「おい何を聞くんだお前等は。ご婦人のしていた事をいちいち掘り返すなど、騎士のする事ではあるまい」

「なら、騎士じゃなきゃいいのね」

 言ったのは、リズだった。彼女の言葉にケインとエリオットが目を丸くし、ジョーイが戸惑う。

「あ、その、それは……」

 ジョーイを手で制し、リズがセラと距離を詰める。

「ねえ、文官さん?お城で書類整理が仕事のあなたが、なんで外に出てたの?あんな蜘蛛に追いかけられてた理由もぜひお聞かせ願いたいのだけど」

 リズに詰め寄られ、セラが視線をさまよわせた。彼女の反応にリズが目を細め、騎士達には聞き取れないほどの小さな声で呟く。

「……ヒイロノカネ?」

 セラの顔色が変わった。声を詰まらせ、大きく見開かれた目をリズに向けたまま慄く。リズはそんなセラの反応に、ほんのわずかに頬を緩めた。

 セラがリズを見る目が敵意のこもったものに変わる。直後セラは踵を返し、早足でその場を後にした。

「あ、あの……?」

 ジョーイが彼女を引き留めようと伸ばそうとした手を、エリオットが止める。ジョーイは訳が分からないといった顔でエリオットを見下ろし、その後城内に消えるセラを見送った。セラの姿が見えなくなり、ジョーイはリズを恨めし気な目で見た。

「何であんな事を言ったんですか?」

 問い詰めた事を指しての質問に、リズは指を組んで背筋を伸ばした。

「んー?んー、そうねぇ……、あなたがあの子にかまうから?」

 リズが指を解き、流し目でジョーイを見る。まるで妬いてるようなその言い草に、ジョーイ以外の三人がプッ、と吹き出した。

 先の一言がよほど耐え兼ねたのか、ジョーイが珍しく女性であるリズに声を荒げる。

「……っ、からかわないでください!大体、あなただって同じ森にいたんだ、それはどうなんですか!?」

「知りたいんなら教えましょうか?聞かれなかったけど」

 涼しい顔をジョーイに向けるリズは、不敵な姿勢を崩さなかった。問い詰めているはずのジョーイが気圧され、言葉に迷う。そんな彼の戸惑いを見透かしたように、リズは微笑む。

「意地悪だったかしら?でもね、あの子がいた事の説明にもなるのよ?」

「ど、どういう意味だ?」

 強気に出ようとジョーイが声を張る。それでも主導権を握れていないでいるジョーイと、彼の様子に笑いを堪えきれないでいる他の三人にリズは言った。

「蜘蛛にあの子を追わせたのは、あたしなの」

 ジョーイが目を見張る。エリオット達も笑うのを忘れ、リズに注目した。

 四人の驚く顔に、リズがふふ、と笑みをこぼした。続く言葉を待つ彼等に対し、ただ黙って笑顔を返す。

「どういう、事だ?」

 かろうじて、ジョーイが尋ねる。

「言葉通りの意味よ、じゃあね」

 手をひらひらさせて、リズがその場を離れていった。追おうと足を踏み出そうとするジョーイ。しかし、それを誰かの手が遮った。リズは四人に見送られながら城の角を曲がり、姿を消した。

「……なぜ止めた?」

 ジョーイがエリオットを見下ろし、出されていた手をどける。ケインとマークも、同じ疑問を持っていた。

 自らを魔女と認めた魔女が人と関わりを持つのは、ひとえに商いの為だ。魔女は魔法を行使する事で見返りを得て暮らす。その魔法は様々で、憎い相手を呪うものもあれば、病人を治すものもある。だからこそ魔女は人々に忌み嫌われているが、その一方で秘密裏に囲おうとする権力者も多い。

 加えて、魔女と人とは違う生き物であるという認識が強い。その為、互いに対して情が薄いのである。自分の実入りの為に誰かを落としいれる事など、至極当然の出来事だ。

 リズが人に仇をなす魔女だとしたら、それだけで剣を抜く理由になる。だからこそ、彼等はエリオットの制止が理解できなかった。

「……ちょっと、腑に落ちない」

「なにがです?」

 ケインが問うと、エリオットは彼に目を向けた。

「あの人さ、昨日私に、セラさんには気を付けてって言ってた。セラさんは蜘蛛に囲まれてたんだよ?蜘蛛をけしかける側の魔女が、わざわざそんな事言う?」

 エリオット以外の三人は疑問を顔に表し、互いを見合った。彼等にとっては初耳であったが、エリオットの持つ疑問にも共感できた。

「……リズ、さん、は魔女だよな?」

 さん付けに抵抗があるのか、言いづらそうにジョーイが呟く。ケインとマークは、これに黙って頷いた。

 昨日彼等が出食わした蜘蛛は牛よりも大きく、その体の所々に獣の特徴を持っていた。そんな生物は、普通なら存在し得ない。不自然が自然に存在できる理由として、魔女ほど納得のいく理由はなかった。

「どうせ教えたところで、大した邪魔にならんと踏んだんだろう。魔女は魔法が使えるんだ」

「おやおやいいんですか、仮にもレディですよ?」

「ああいう女は苦手だ」

 ケインの茶々を本音で遮り、ジョーイはふんと鼻を鳴らす。 自分の疑問を理解してもらったエリオットは、ジョーイ達の興奮がひとまず収まったのに安心した。

「まだはっきり分からないんだから、悪い魔女だって決めつけるのはよくないと思う。セラさんの様子もおかしかったし……」

「確かに。自分が追わせておいてわざわざ追われた理由を聞くのも変ですね。蜘蛛に追われた理由をセラさん本人が言わないのも引っかかります。どうも、臭いですね……」

 ケインが顎に指を当て、思慮にふけった。

「確か彼女は文官でしたね。少し、興味が湧いてきました」

「浮気か?」

 ジョーイの見当違いな感想に、ケインが目を剥く。

「違いますし、絶対しません。彼女について、聞いて回りたいだけです」

「ああ、なるほど。……しかし、出来るか?」

「どうだろうねぇ」

 ジョーイとエリオットに同意するように、マークがん、と頷いた。すでに彼等の周りでは、暇を持て余したらしい兵士達が遠巻きに視線を向けていた。ひそひそと話す声の中には、わざと彼等に聞かせるように言っているものもあった。

「あんな騎士いたか?」

「有閑だろ、ほっとけほっとけ」

 その言葉の後、忍び笑いがあちこちで上がった。エリオット達は居辛くなり、黙って馬舎に引き返した。

「……帰りましょう」

 ケインの言葉に、他の三人は力なく頷いた。一番早く手綱の結び目をほどいたマークが、馬を引いて先に馬舎の屋根の下から出る。それに続こうとエリオットが手綱を引いて歩きだした時だ。

「あれ、お前等来てたのか」

 聞き覚えのある気さくな声に、エリオット達は手を止めた。声のする方に彼等が視線を向けると、兵士達の間を抜けて男が一人、馬舎に向かって歩いてくるのが見えた。白髪の混じった、年配の男だ。鎧姿で、騎士の証である紋章を胸に付けている。彼を見て、四人は一斉に表情を明るくした。

「団長!」

 エリオットの呼び声に、彼は片手を軽く上げにこやかに応じた。


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