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3.


3.


 広葉樹の大きく広がる枝と葉で遮られた陽光が、影の中に曙光となって浮かぶ。森の奥深くといえば湿気と草木の密度のせいで陰鬱な雰囲気を漂わせるものだが、照り返す葉や朝露の輝きがその重い空気を静かで落ち着いたものに変えていた。先頭を行くマークが鉈で茂みを切り払い、できた道を四人で進む。

「しっかし、驚いたよね。あんなのがいるなんて」

 エリオットがそんな言葉を口にした。あんなのとは、自分達で倒した蜘蛛のような怪物の事だ。その意見に同意するように、ケインも列の後ろで口を開いた。

「そうですね。あれは一体、どこから来たのでしょう?犬の足が地についていなかったのも気になります。生物として不自然としか……」

「そんな話はやめろ、思い出すだろ」

 ジョーイの顔がさっと青ざめる。彼はさりげなく足を横に出し、最後尾のケインに道を譲った。ケインは彼の意図に気付き、足を止める。ジョーイも思惑が外れ、歩みを止めた。

「何してるんですか、早く行ってくださいよ」

「譲るぞ。遠慮するな」

「装備を考えて隊列組んだんですよ、覚えてます?」

 ケインが手にした弓をこれみよがしに軽く振る。それに対して、ジョーイはいそいそと剣を提げた革帯を外してケインに差し出した。

「だ、だったら交換だ!ほら、な!」

「嫌ですってば。こんな軽装であんな化け物に斬りかかれと言うんですか?」

 猟師同然の恰好で肩をすくめ、ケインは鎧姿のジョージを睨んだ。板金鎧は個人に合わせて作られている為、貸し借りはできない。

「そこを何とか!」

「無理です。できません」

「頼むから!」

 不毛なやり取りをよそに、エリオットとマークは先を歩きながら辺りに目を走らせていた。二人は先ほどのように、蜘蛛が頭上から襲ってくるかもしれないと危惧していたからだ。

四人の頭上に茂る木々の葉はいくつも重なり、次第に濃い影を作って彼等の視界を一層狭いものにしていた。風が葉を鳴らす度、エリオットとマークの神経が張りつめたものになる。森を進み続けていたせいで、寂々たる雰囲気が彼等の周りで一層強くなっていた。茂みを抜け、歩きやすくなったためにマークは鉈を腰の鞘にしまい、改めて辺りの様子を伺った。動くものは見当たらないが、それが返って不審を誘う。

「……流石にちょっと、怖くなるね」

「ん」

 マークが強張った顔でエリオットに同意する。緊張からか二人の喉はざらつき、意図せず同時に唾を呑み込んだ。

「後生だ!だから!」

「分からない人ですね」

 依然、気を削ぐやり取りを続けるジョーイとケイン。エリオット達にそれが煩わしく感じられたその時、マークの目が一点に集中した。

「いた!」

 エリオットがその声に振り返り、ジョーイとケインが口論をやめる。マークが走り、エリオットがそれに続いた。置いて行かれまいと、ジョーイとケインも走る。

「何だ、どうした?」

 ジョーイが剣を腰に提げ直しながらエリオットを追い抜き、マークに近づく。ケインも、エリオットと並びながら矢を取り出してマークの視線の先を追った。彼はすでに、マークの言葉の意図に気付いていた。

「どこです!?」

「あれ!誰かいる!」

 マークが前方を指差す。この頃にはいくつも木々を通り過ぎたため、彼等の視界からマークの指すものを遮るものが少なくなっていた。おかげで四人全員が、マークの指すものを目に収める事が出来た。

切り立った岩壁の前に、犬の耳と顎とを持つ大蜘蛛が二匹。揃って大きく膨らんだ腹が四人に向いていた。彼等に気付いている様子はない。

「二匹か……!」

 先手を取ろうと、ケインが足を止めて弓を構える。他の三人は足を止めず、蜘蛛へ向かって走り続けた。

 先頭に立ったのはジョーイだ。蜘蛛を恐れる彼だが、今の彼には蜘蛛の姿は映っていない。彼に見えるのは、その蜘蛛に囲まれた一人の人物だった。

座り込んだまま蜘蛛を見上げていたのは、金髪の女性だ。年若く、文官の制服がその痩身を一層ひ弱なものに見せている。座り込んで蜘蛛を見上げるその顔は、怯えというよりは放心が強く表れていた。

「伏せろ!」

 ジョーイが叫びながら剣を抜き、大きく踏み出す。声に気付いた蜘蛛二匹が振り向き、八足を彼へと殺到させた。前へ出た蜘蛛のが彼へ覆いかぶさろうと立ち上がり、足を大きく広げる。突っ走るジョーイの視界から女性が隠されるが、彼の足は止まらなかった。

 ジョーイの視界の両端で、細いものが前へと飛ぶ。ケインの放った矢だ。ほぼ全てが狙い違わず蜘蛛の喉や腹に刺さり、蜘蛛の動きが一時止まる。そこへ、ジョーイの脇をすり抜けてエリオットが前へ出た。

 たん、と地を蹴る音が上がり、小柄な体が宙に浮く。すでにその体は捻られ、引いた手に持つ剣はその切っ先を蜘蛛の胸に向けていた。先の下見で、エリオットは蜘蛛の腹が柔らかい事を知っていた。

 一瞬でエリオットの体が伸び、剣が前へ飛ぶ。直後刀身が柄まで深々と蜘蛛の胸に沈み、蜘蛛が絶叫を上げた。蜘蛛の胸から生えた犬の足がしきりにエリオットに爪を振りかざすが、いずれも鎧によって阻まれカリカリと音を立てた。エリオットは剣を離さず、剣を持つ手を更にねじ込む。はらわたを裂かれ、蜘蛛の口が一際大きく開き泡が散った。刺突の勢いと、未だ剣を離さずのしかかるエリオットの体とで、蜘蛛の体はやがて後ろへと大きく傾いだ。

 先の蜘蛛が倒れた直後、後ろにいた方の蜘蛛が頭を沈めて前へと出た。ジョーイの喉元に噛みつこうと、牙の並んだ顎が開き彼の眼前へ迫る。

 しかし、ジョーイはひるまなかった。

 すでにマークが彼の隣で、剣を振り上げていたからだ。

 斧で薪を割るような重い斬撃が、蜘蛛の首へ迫る。しかし蜘蛛は、これを読んでいたかのように足を止めた。頭が引かれ、八つの目の前すれすれで剣が落ちる。

 マークは動じず、大きく下がった。すでにジョーイが、蜘蛛の頭を自分の間合いに入れていたからだ。

「―――ゼアッ!」

 左下に下げられた剣が、右上へと大きく振られる。大きく裂けた蜘蛛の右の口の端に刃が当たり、瞬く間に直線を描いて頭の左側から抜けた。その太刀筋はエリオットやマークよりも速く、滑らかなものだった。

 蜘蛛の動きが止まる。その眼前で、ジョーイは慣れた手つきで剣を鞘に納めた。

ジョーイの鞘が鳴る。その後、斜めに斬り裂かれた蜘蛛の頭部がゆっくりと別れた。だらりと下がる首が徐々に断面を晒し、そこから血が吐き出されるよりも先に胴が地に落ちる。

 ジョーイは蜘蛛の死体には目もくれず、ようやく視界に入った女性へとつかつかと歩み寄った。剣を収めるマークや、剣を引き抜こうと必死で踏ん張っているエリオットには目もくれず、ジョーイは女性の前に着くと片膝をついて頭を下げた。

「危ないところでした。お怪我はございませんか?」

 普段は浮かべない温和な笑みを浮かべ、ジョーイは手を差し伸べる。

「あ、はあ……」

 女性は目を丸くしたまま、茫然と彼を見上げた。


 女性はセラという、国の文官の一人だった。同じく文官の経験のあるケインは彼女を知らなかったが、それは彼女がその職を和平が結ばれた後に任されたからだった。

「それで、あなたはなぜこのような所に?」

 ケインが尋ねると、セラは俯いて小声で言った。

「それは、その……」

「はっきり言ってください。でないと、あなたがあの怪物に襲われた理由も分かりません」

「おいケイン、聞き方が悪いぞ。怖がらせてどうする」

 ジョーイがケインを押しのけ、セラの前に出る。嫌な顔をするケインをよそに、ジョーイはセラに自分を指して見せた。

「初めましてセラさん、ジョーイと言います。かつては城の騎士団にも所属していました。規模縮小のせいで城勤めからは外されましたが、それでも騎士の誇りと流儀を捨てた覚えはありません」

 彼がそこまで言うと、セラも幾分安心したように表情を和らげた。

「そ、そうでしたか」

「ええ。職にあぶれてやけを起こす野蛮な騎士など、ここにはいません」

 そう言うジョーイの後ろでは、ケインが冷ややかな目を彼の背に向けていた。さらに蜘蛛の死体の上ではエリオットが未だに剣を引き抜こうと四苦八苦しており、それをマークが手伝おうかどうか迷いながら見ていた。

「んんー!んぎー!」

 掴んだ剣を持ち上げようとして、それができずにいるエリオットが何度も声を上げる。セラがそれを見て、ほほえましいものを見る目になった。

「……確かに、そうですね」

「でしょう?私達のような者を有閑騎士団などと呼ぶ連中もいますが、私から見れば暇を持て余しているのはむしろ城勤めの騎士団ですよ。和平後の縮小による人事には私は大いに不満が……」

「ジョーイ、脱線してますよ」

 ケインが話を遮り、ジョーイを戒めた。ジョーイ本人も、セラのぽかんとした顔を見て納得した。

「ん、ん。失礼しました。……ともあれ、我々が来たからにはもう安心です。おひとりのようですし、お望みでしたら城まで護衛いたしましょう」

 ジョーイがそう言うと、セラは表情を明るくして彼を見上げた。

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ええ、お任せください!必ずや、あなたを無事にお送りしてみせましょう!」

 勇ましく答えてみせたジョーイの決断に、ケインは反論する気はなかった。ここで反対しても、どうせ聞いてもらえないと分かっていたからだ。

「お前はどうだ、ケイン?」

「どうせあの二人も同意するでしょう。ですから私は何も言いません」

 ケインが指差す先では、エリオットが結局マークに抜いてもらった剣を丹念に何度も振って緑色の血を払っていた。少し離れた位置では、マークができるだけ背筋を伸ばした格好で辺りの様子を目で伺っている。

「嫌味な奴め。……ま、二人も賛成するだろう」

 一人納得したジョーイはセラに手を差し出した。

「え?」

「ご案内いたします。さあ」

 手を取れという意味だとセラは理解し、その手を取った。ジョーイが元来た道を引き返し始め、ケインがしぶしぶそれに続く。彼等の様子に気付いたマークが声をかける。

「一応、近くに、動く、もの、ない」

「分かった。念のため、また先頭を頼む」

「ん」

 マークが素直に従い、ジョーイの前に出た。

「エリオット、行くぞ」

「あいよー。……ん?」

 エリオットが怪訝な声を上げた。それを聞きつけた三人の騎士が、声に振り返る。

「どうした?」

「いや、何かいるっぽい……、人?」

 森の向こうをじっと見るエリオットの視線を、ジョーイ達とセラが目で追う。うっそうとした森の暗がりの中では、確かに動くものがあった。剣を持つ三人は柄に手を添え、ケインは矢筒に手を伸ばす。もしも山賊か、先ほどのような蜘蛛だとしたらすぐにでも打って出られるようにする為だ。セラが固唾を呑んで、ジョーイの背に隠れる。

 緊張の面持ちで待つ彼等の前に現れたのは、一人の女だった。

 長い銀の髪に、褐色の肌。汚れたマントに身をくるんでおり、背はエリオットよりも高い。その表情は苦悶に歪んでおり、五人に戸惑いを抱かせた。女はすぐ近くにいるエリオットを見下ろし、かすれた声で尋ねた。

「……ごめん、水ない?」


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