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ジョーイの家の前に再び集合した四人の姿は、壮観なものだった。
エリオットとジョーイ、マークの三人はそれぞれが板金鎧で身を固めており、胸には国の騎士である事を照明する紋章が小さく刻まれている。菩提樹の葉と獅子の顔とが刻まれたそれは、騎士にとっては名誉の証だ。
一方、鎧の無いケインは身軽な格好だった。草葉で傷を負わないように分厚い生地で出来た服の上に、防寒用の毛皮の上着を着ている。背中に矢筒を背負い、弓を持つ姿は猟師そのものだ。騎士の身分を証明するための予備の勲章を胸にしていなければ、誰でもそう誤解するだろう。
「とても騎士には見えないな」
「放っておいてください」
相当不服なのか、ケインは眼鏡越しにジョーイを睨んだ。いっぱしの騎士としては、装備を整えられない事に大きな不満がある。
「大体、一々鎧を着込んでいくほうがどうかしてますよ。たかだか獣退治に本気を出しすぎです」
負け惜しみのように言うケインに、マークは真面目な顔で首を横に振った。
「獣、は、危険。力は、強い」
この言葉に乗っかるように、ジョーイも口を開く。
「それに、騎士の誇りもある。着る機会はそうそう逃せん。違うか?」
ジョーイは誇らしげに胸の鉄板を叩いた。鎧を着れるのが心底うれしいらしく、満面の笑みを浮かべている。ケインはそれが面白くないと言わんばかりに彼を睨み、苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。
「分かっていますよ、そんな事。いいから早く行きますよ」
「むくれないむくれない。早くしないと、また文句言われちゃうよ」
なだめるようにエリオットが言ってケインの肩を叩いた。鎧を着た状態のエリオットが背の高いジョーイと巨漢のマークに挟まれると、一層面立ちの幼さや背の低さが際立っていた。ケインもエリオットには声を荒げる事が出来ず、しぶしぶ矛を収めた。
エリオットが先を歩きだし、ジョーイとマークがそれに続く。自然と、ケインがしんがりとなった。
広い牧草地の傍を沿うように伸びる道を、武装した四人組は歩いていく。途中、川から水を汲んで帰る途中の主夫に出くわした。柔和な顔のその中年の男性は、水の入った二つの桶を両手に持ったまま、知り合いの四人を見て相好を崩した。
「おお皆さん、また獣退治ですか?」
「そうなんですよ。今から馬を借りに行く所です」
エリオットが答え、ジョーイとマークが黙って頷く。ケインはというと、自分が浮いた格好をしている事を気にして顔をしかめていた。
主婦は気にした様子もなくエリオットににこにこしたまま納得して頷いた。
「それは大変ですね。馬舎だったら今、ちょうど四頭ほど残っていましたよ」
「本当ですか、助かります」
「いえいえ。お仕事、頑張ってくださいね」
そのまま主夫は四人とすれ違い、その場を後にした。四人も馬舎へと続く道を行き、少し経った頃そこに到着した。
国交を担う馬車業者の受け付け小屋は、非常に大きなものだった。かつては三人入るのがせいぜいといった木製の小屋は、和平が結ばれたい今、旅人十人を泊める事が可能な宿屋となっていた。入口から見える受付台に顔馴染みの馬の貸し業者がいなければ、エリオット達も入るのをためらっていただろう。
「こんにちは」
エリオットが声をかけると、年若い馬貸しの男はお、と目を輝かせた。
「やあ、エリオットさん。それに皆さんも。また獣狩りかい?」
「ええ。あのババア何とかなりませんかね」
ジョーイがはっきりとそう言うと、馬貸しの男は面白いとばかりに声を上げて笑った。この馬舎は、この辺り一帯を所有する牧場主の副業なのだ。
「はっはっは、どうにもならないね。あそこは旦那が弱いから」
「全く世知辛いものだ」
ジョーイが我が事のように呟くと、馬貸しの男も同意した。
「違いない。今や国王様よりも、女房が偉い時代だからねぁ」
馬貸しの主人は大笑いしたが、四人にとっては素蒼に笑えない話だ。
そんな彼等の内情は知らず、男は機嫌よく馬舎のある方向に目をむけた。
「まあ、四頭ほどなら今すぐ貸せるよ。大変だろうけど、頑張ってな」
「……どうも」
エリオット達は浮かない顔のまま外に出た。エリオットの沈んだ表情を見かねて、三人が声をかける。
「まあ、気を落とすな。事実だが、恥じる事ではない」
「騎士は、仕える、相手で、貴賎が、変わる、訳じゃない」
「うん、分かってる。ありがとうね、気を使わせちゃって」
「全くです。エリオットは何と言うか、理想が高すぎます。この程度で凹んでいたら、今日び騎士など名乗れませんよ」
ケインの意地の悪い言い方に、エリオットは否定できず苦笑した。
「ケイン、貴様!」
「怒らないの、ジョーイ。事実だし、その辺は自分でも分かってるから」
エリオットは手をひらひらさせてジョーイをなだめた。
四人はすぐに馬舎に着いた。四方を柵と壁とで囲まれている馬達が、呑気に欲しく差を食んでいるのが見える。
「そんじゃ、行きますか。さっさとやってさっさと帰ろう」
エリオットの言葉に、三人はおう、と同意した。
その日彼女は耳元のすぐ近くを飛ぶ小バエの羽音で目を覚ました。最悪の目覚めに、彼女は苛々しながら身を起こす。辺りに目を向けるが、彼女の視界には立ち並ぶ木々と、前日の焚き火の跡しか見られなかった。頭上を覆う木々の葉に日が遮られていたせいで、いつもよりも遅い目覚めだ。彼女は毛布代わりのマントを広げて手を自由にすると、立ち上がって伸びをした。
「うう、あーあ……」
地面の寝心地は悪く、そのせいで身体に凝りが残る。それをほぐすように両腕を回し、背筋を反らした。長い銀の髪をかき上げ、今さらのように呟く。
「全く、面倒な事引き受けちゃったよ。国家の危機なんて言われてもなー」
彼女は自分の右手を広げ、手のひらに目を落とした。
その手の中には、円が描かれていた。インクで描かれたその円の中には点が五つ無規則的に散らばっており、円の中心には小さな円が一つ描かれている。落書きにしか見えないだろうそれは、彼女にとって大きな意味を持っていた。
インクで描かれているはずの五つの点は、それぞれ手のひらの上で無軌道に動き回っている。規則性の見られない点の動きに、彼女ははあ、とため息をついた。
「まだ見つかってない、か……。上手くいかないモンね」
そう呟いた時、五つの点のうち二つが近づき始めた。人差し指の付け根の近くに集い出すそれらに彼女が気付き、表情を明るくした。
「お、何か見つけたみたいね。えーと、こっちか」
大きな円の中心に描かれた小さな円を自分に見立て、彼女は右前方に目を向ける。獣道とも呼べないような茂みの先を見据えると、彼女は歩き始めた。革のブーツが膝まで伸びた雑草を次々と踏みつけていく。
「にしても、どこだろここ。もう三日も迷っちゃってるけど、全然誰にも会わないのよねー。……やっぱり、迷ったのかな?」
鞄から出した乾パンを口に運びながら、彼女は首をひねった。
「……やば、水欲し」
腰に下げた革製の水筒は、すでに空だった。
広い草原を、四頭の馬が駆けていた。騎士を乗せて地を走るその様は、蹄の音をあわさって勇壮とすら言える。しかし、馬を駆る四人の騎士の意気は、惰性的なものと言わざるを得なかった。
「まだ着かないのー?」
エリオットが隣を走るマークに声を張り上げて尋ねる。
「まだ、だ」
普段大声を上げないマークも、流石に声を張り上げた。こうでもしなければ、蹄の音にかき消さて話もできないからだ。二人の後にジョーイ、ケインと順番に続く。
「今回は偉く遠いな。大分移動に費やしたぞ」
「いつもと違う場所に出た事くらい、言っておいて欲しかったですね」
二人の悪態には、エリオットとマークも同感だった。獣の害というのは、大抵が近辺に住みつく野生動物によるものだ。そのため獣の出る場所はおおよそ決まっており、出てくる場所も対策も大概知られている。ところが今回に限ってはいつもの場所に獣の出た痕跡がないのだ。なので彼等は、予定以上に長く馬を走らせる羽目になっていた。
「マーク、まだ見つからないのか?」
ジョーイが大声でマークに尋ねる。レンジャーの経験があるマークにしか、獣のいた形跡は見つけられない。
「まだ。……あ!」
突然マークが手綱を強く引いた。馬が前足を大きく振り上げて前進を止める。彼に倣って、三人も馬を止めた。素人目には芝が広がっているだけで、大した変化は見られない。
「見つかったのか?」
ジョーイが尋ねると、マークは馬を降りてすぐにしゃがみ込み、芝の様子に目を落とした。
「……うん。でも、変だ」
「変?」
エリオットが乗ってきた馬の手綱をジョーイに預け、マークの隣に座りこんで同じ場所を見た。
そこには小さく、芝のえぐれた跡があった。鹿や猪のならエリオットも見た事があるので、マークの言っていた事が理解できた。
「こんな足跡、見た事ないね」
その足跡は、奇妙な形をしていた。
つるはしを軽く突き立てて作ったような跡で、同じものが二列並んで続いていなければ足跡だとは思えなかっただろう。足跡の列はすぐ近くにある森の中へと続いており、茂みには掻き分けられた跡がある。茂み自体が背の低いものだったので、マークが立ち止まらなければエリオット達も気付けなかっただろう。
「間違いはなさそうですね。マーク、動くものは見えますか?」
ケインが馬の上からマークに問う。目のいいマークは目を細めて森の中を睨むが、動くものは見られなかった。
「中が暗い、し、見通しも、悪い。気を、付けよう」
「了解」
エリオットが頷き、森に入ろうとするのをマークが止めた。
「俺が、先」
「ああ、そっか。じゃあよろしく」
エリオットが前をマークに譲る。ジョーイとケインは四頭の馬を手近な木に繋ぎ終えると、エリオットの後に続いた。
森の奥に入るにつれ、四人の口は少ないものになっていった。彼等に差す光が木々に遮られていき、辺りは薄暗くなる。時折枝葉の間から差す陽光が彼等を照らすが、それでも昼間にしては明るいと言い難い。自分達が草場を踏みしめる音と鎧の擦れる音、そして時折聞こえる鳥の声とが森の中で重なり、返って寒いほどの静けさを彼等に強調していた。
やがて耐えきれなくなったように、ジョーイが口を開いた。
「……遠くないだろうな?」
「何言ってるんですか。明日の茶葉でも切らしてるんですか?」
「いや、それは問題ない。ただな……、エリオット」
「ん?」
「お前うちの食材ほとんど使っただろ」
エリオットの足が止まった。後続のジョーイとケインが歩みを止められ、距離を離されたマークが様子に気づいて後ろを振り返った。エリオットは恐る恐るジョーイの方へ顔を向ける。
「あ、バレた?」
「当たり前だ。おかげで台所に玉ねぎしか残っていないぞ」
言いながら、ジョーイは窓際につるされた二、三個の玉ねぎを思い出していた。それ以外はエリオットによって四人分の食事にされ、ジョーイの家には干し肉一つ、チーズのひとかけらもなかった。
「作ってもらっておいて何言ってんですか」
ケインが呆れて言うと、ジョーイも言いにくそうに目を逸らした。
「俺も言いたくはない。馳走になったしな。だがな、ここまで遠出すれはすぐに帰れんぞ。早く狩りを済ませねば、明日の食事の用意もできん」
妻の怒りを買う事を恐れ、ジョーイは顔を青ざめさせた。恐妻家である彼にとって、それは何よりも避けたい事だった。彼の不憫を誘う表情に、エリオットが負い目を感じてひきつった笑みを浮かべる。
「ご、ごめんごめん、パンくらいは持って行くから勘弁してよ、ね?」
申し訳なさそうにジョーイを見上げるエリオット。ジョーイはエリオットを見下ろすと、言う言葉を失いはあ、とため息をついた。ここでさらに責めようものなら、本当に嫌われかねないと思ったのだ。
「ならいい」
「ありがと」
エリオットの顔が明るくなった。それを見て、ケインが目を細める。
「騙されないでくださいエリオット、こいつは食事の用意が嫌だから、なるだけあなたにさせようと考えてるんです」
「ケイン、貴様なぜそれを今言う」
「喧嘩しないでよ。全く……」
エリオットがジョーイとケインに呆れている一方、先頭にいたマークはじっと三人がついてくるのを待っていた。レンジャーだった頃の経験から、彼は自然の中での単独行動がどれだけ危険かよく理解していた。
がさり。
「ん?」
音に気付いたのは、マークだった。森を見、木々の上を見上げる。風もないのに頭上で枝葉が揺れ、さざめいたのだ。生い茂る葉のせいで、何がいるのかは分からない。
「皆、何か、いる」
「!」
三人の顔色が変わった。マークが下がり、エリオットとジョーイがケインから離れて、四人で円を作る。互いの動きを阻害しないよう距離を取ると、鎧を着た三人は剣を抜いて外側に注意を向けた。ケインも矢筒に手を入れ、矢を一本とって弓に番える。
「どこ!?」
「上!」
エリオットとマークの短いやり取りの後、すぐに四人は反転して上を見た。
木の上にいるものといえば、猿か鳥を連想するだろう。でなければ、人間だ。わざわざ木の上に登る人間など、不審な事この上ない。職にあぶれた騎士や戦士が夜盗になり下がるなど、よくある話である。
動く枝葉の中から、何かが飛び出した。エリオット達は得物を構えて一斉に下がり、降りてきたものに注意を向ける。四人の前に降りたそれは、勢いに反してふわりと着地した。ただし、その姿は優雅なものではない。
現れたものは、四人の想像とは遠くかけ離れた姿だった。
「え、む、虫!?」
ジョーイが引きつった声を上げて剣を身に寄せる。他の三人も、その異形に顔を強張らせた。
現れたそれは、八つの足を持っていた。足の生えた胸の後ろには大きく膨らんだ腹があり、黒と黄の縞模様をしていた。頭には八つの赤い目と、大きく開いた顎を持っていた。その体躯は大きく、牛を襲えると言っても過言ではない。
「く、く、蜘蛛ぉぉ!?でかい、でかいぞ!」
ジョーイが上ずった悲鳴を上げて剣を持つ手を震わせる。がちゃがちゃと鎧や剣がやかましく鳴り、両膝が内側に寄り合い始めた。彼の様子を見かねて、ケインが弦を引いたまま彼に激を飛ばす。
「落ち着きなさい、あれは蜘蛛じゃありません!」
ケインの言う通り、それは蜘蛛以外の特徴も持っていた。
八つの足の付け根からは、四つの獣の足が生えていた。それらは蜘蛛の足よりも短く、ひんぱんに空をかくように動いていた。
「余計怖いわー!」
それはジョーイの悲鳴を聞きつけ、彼に顔を向けた。長い足で支えられたその蜘蛛の顔は、ちょうどジョーイの視線の高さの位置にあった。蜘蛛の目と犬の耳、そして犬の牙とが同時にジョーイの視界に飛び込む。真っ赤な口内からだらだらとよだれが零れ落ち、アァ、と絞り出すようにそれは声を上げた。ジョーイの顔が一層青くなる。
「どうも興奮してるみたいだね、どうする?」
エリオットが硬直するジョーイをよそに、マークに問う。
「どうも、こうも」
「やるしかないですよ」
犬の要素を持つ大蜘蛛は、ケインの言葉を理解したかのように彼へと目を見た。蜘蛛の足がしなり、胴体が沈む。それは獰猛な生き物が飛びかかる前に見せる予備動作そのものだった。
八つの足が地を滑る。同時に、エリオットが前へ出て巨体へと走った。
エリオットの眼前に蜘蛛の足が殺到する。蹴り飛ばすつもりで来たであろうその足を、エリオットは身を捻って横へと避け、その勢いで体を捻った。
「せっ!」
手にした剣が弧を描き、その刀身がすぐそばの蜘蛛の足へと入り込む。たん、と音が上がり、剣がなめらかな勢いで振り切られた。切り離された蜘蛛の足先が宙を飛ぶ。両断された足の断面が緑色の血をこぼし、蜘蛛は犬の顎で悲鳴を上げた。
怒りを表すように、蜘蛛が再びエリオットへと迫る。首に食らいついてやろうと迫るその蜘蛛の頭が、不意に右へと傾ぐ。その反応は能動的なものではなく、ケインの放った矢によるものだった。よろめく蜘蛛の首筋に一本、また一本と立て続けに矢が刺さる。その度蜘蛛の体は傾き、安定を失ったようにぐらりとよろめき始めた。
倒れるのを堪える蜘蛛に、巨漢のマークが詰め寄る。蜘蛛が反応するよりも早く、上段に大きく振りかぶられた剣が一気に振り下ろされた。
蜘蛛の頭がぐるりと回り、跳ね上がる。そのまま頭は胴を置き去りにして宙を飛び、回転しながら放物線を描いた。胴は頭が落ちた衝撃で大きく安定を失い、どう、と倒れた。
蜘蛛の遺体の前で、エリオットとマークは剣を軽く振り血を払う。その後鞘に剣をしまい、ふう、と一息ついた。
「あー怖かった」
「ん」
たやすく倒しておきながら、他人事のようにそんな感想を漏らす。ケインはそんな二人を見、次いでジョーイに目を向けた。
「……いつまでそうしているんです?」
「あ……、え?」
未だ剣を構えたまま膝を震わせていたジョーイが、呼びかけに気付く。ケインと、そして倒れ伏した蜘蛛とを見比べると、ようやく彼の体から震えが消えた。ジョーイは気まずそうにん、んと咳払いし、剣を収めた。そんな彼を見るケインの目は冷めたものだった。
「あなたまだ虫駄目なんですか」
「む、虫だぞ!怖いだろ!?」
ジョーイが青い顔で反論するが、ケインは平然と首を横に振る。エリオットとマークも、ケインの後ろで同じように首を振った。
「なぜだ!?」
「いやなぜってあなた……」
「完全に蜘蛛じゃないしね」
「蜘蛛、に、しても、大きい」
「なおさら怖いだろ!ほらこれ!」
ジョーイが必死になって何度も蜘蛛の遺体を指差す。そんな彼の反応に反して、三人の彼を見る顔は白けたものだった。
「それよりケイン、これ何なの?」
エリオットが蜘蛛を指差し尋ねる。
「分かりません。ですが、森の外で見た足跡はあれのものでしょう」
ケインの言葉を肯定するように、マークが頷く。
「そっか。んー、何かわっかんないかなー」
エリオットが物怖じした様子も見せずに蜘蛛に近づき、膝をつく。
「あ、危ないぞ!」
「首なしで動く動物はいませんよ」
ジョーイとケインの反応をよそに、エリオットは無遠慮に蜘蛛の足を持ち上げた。
「あ、意外と軽い。よいしょっと」
足を押しのけ、今度は別の蜘蛛の足をどける。そのままエリオットは、ガラクタの山を探るように蜘蛛の死体を入念に観察し始めた。その様子を見て、ジョーイが大きく顔をしかめた。
「あいつは何で平気なんだ……」
「肝が据わってますねぇ」
「それ、より、二人とも」
マークの呼びかけに、ジョーイとケインが振り返る。マークは他の三人に背を向け、膝をついて地面に目を落としていた。
「どうした、マーク?」
「これ」
彼が指差す先を、ジョーイとケインが覗き込む。
そこには真新しい足跡があった。鎧を着ていないケインが片足を上げて、自分の足と足跡とを比べてみる。
「少々小さいですね。女性でしょうか?」
「本当か?」
途端に、ジョーイの顔色が変わった。足跡の観察を続けていたマークも、同意して頷く。
「どう、も、一人、みたいだ」
「一人だと!?それはまずい!」
ジョーイが二人の前に進み出て、足跡の辿る先を指差した。浮ついた足が、鎧の至るところを鳴らす。
「早く探すぞ!あんな化け物が一匹だけとは限らんぞ!」
ジョーイがけしかけるように二人を促す。先ほどまで蜘蛛に怯えていた男とは思えないその調子の良さに、ケインとマークは白けた目を向けた。
「奥さんに言いますよ」
「やめて!」
一方エリオットはというと、彼等の様子に気付かないまま、犬の足をつまみあげて何度も動かしていた。ぴくりともしない足の反応をしげしげと見ては、別の足を手に取って反応を見ていた。
その手を止め、三人に呼びかける。
「ねえ皆ー、こいつが言われてた害獣なんじゃない?」
三人は振り返り、ケインが顎に手を当てた。
「そうかもしれませんね。ですが、こんな生き物は見た事がありません」
マークも首を縦に振った。
「ならなおさら急ぐぞ。一匹だけとは限らないんだからな。どこでこのご婦人が、危機にあっているかも分からん」
足跡を見下ろしてジョーイが言う。三人とも、この言葉には非を唱えなかった。
「……ん?」
彼女は右手に違和感を感じ、足を止めた。広げた手を持ち上げ、手のひらに目を落とす。手のひらに書かれた大きな円の中では、インクで描かれた点がヒルのように動きまわっていた。うち二つが少し見た時と同じ位置にある事を確認した後、彼女は違和感の正体に気付いた。
「あれ?減ってる」
手のひらの円の中で動く点が五つではなく、四つになっていた。
手をぬぐった覚えはないし、そうした所で点も円も拭き取れるものでもない。そもそも、インクで描いたものではないからだ。
彼女が手に描いた円は、索敵の魔法によるものだ。小さな円は彼女自身、大きな円は索敵範囲を意味している。そして動き回る点は、彼女が目標の捜索のために散らせた使い魔を表していた。
「……熊にでも会ったのかな?ま、いいか」
彼女は手を閉じ、再び歩き出した。彼女にとって命題なのは、二つの点が囲む何かの存在だ。
「さぁて、どうしてくれようか、ってね」
そう言って彼女は軽く唇をなめた。
一文書くのも言葉に困るせいで、遅筆がなかなか治りません。はやい話が、おバカ。
世の多くの物書きの方々はその辺どうしているのでしょうね。




