この傷は絆
〜短編5作目〜
朝雛みか、渾身の5作目となりました。
『ヒドいことだとわかってる。それでもやめられないの。あなたが好きだから。』
それではどうぞ
――体の傷が私とあなたを繋いでいる。
私は最近、かすり傷や切り傷みたいな怪我ばかりしている。
名前は北原もまり(キタハラ モマリ)。高校3年生だ。
でもね、この傷は自分で作っているの。あの人に会えるから。
「なんだ北原。また来たのか?いい加減、怪我しないようにしろよ。」
そう、保健室にくると会える人。足利陸生先生。
「だって、雪でコケちゃったんだもん。」
冬休みも開けた頃、もう入試と卒業がすぐ近くに待ちかまえている。
だから、先生に会える日もあと少ししかない。
だから、会える日は出来るだけ会いたいの。
それに卒業しちゃったら、もうきっと会うことは出来なくなってしまうんだ。
私がなんでこんな、ボサボサ頭に黒縁メガネをかけた男を好きになったのかというと、ほんの些細なできごとがキッカケだった。
それはある日、普段保健室に行くことなんかなかった私が、近年まれにみる頭痛と吐き気に襲われて、急いで保健室に雪崩れ込んだときだった。
―――
「どうしたんだ、顔が真っ赤だ。」
と保健室にいた男が私に聞いてきた。
でも、私は頭が痛くて何も考えられなかったから、答えられないでいたんだ。
そしたら、私が不安に思ってると思ったのか、ボサボサの髪をかき揚げ、メガネを外して、
「大丈夫だよ、すぐによくなる。」
と言って優しく笑ってきた。
その笑顔はダイヤモンドよりも輝いて見えて、何よりも綺麗な宝物のように感じた。
そして私は、ドキリとときめき、確実に恋に落ちた。
―――――
それからというもの、誰も知らない私だけの宝物に近づく、ただそれだけのためにしょっちゅう保健室に行くようになった。
でも、理由がないと保健室に入れない気がして、なにかと怪我をした。
私の体には怪我がどんどん増えていき、その傷は治っても傷跡になって、それもどんどんと増えていった。
自分の体を傷つけるなんてヒドいということはわかっている。
でも、それしか先生と私を近づけてくれる絆がなかった。
私はこんなことしてるなんて誰にも言えずにいた。これからも言うつもりはない。
だって、このままずっと先生の傍にいたいから。
保健室って、意外といろんな子達が行き来する。
そんな中であっても先生の近くにいられる。
それだけで私は嬉しかった。
これは最近気づいたことだけど、保健室は授業をサボる常連もいれば、怪我をした人、病気の人、その付き添いの人とかがいて、だいたいの時間で保健室に生徒がいないことがない。
それなのに、今はいない。
私と先生以外、この部屋には誰もいなかった。
そんな状況に、
――ドキドキしているのはきっと私だけだ。―――
と思っていると、先生は言った。
「雪でこけたって、、。また傷が増えちゃうじゃないか。気をつけないと駄目だぞ、本当に。」
「しょうがないでしょ?雪って滑るんだよ。」
と私は軽く笑っておどけて見せた。
そしたら、先生は涙を浮かべながらフッと笑った。
‥‥‥え?なみだ?
泣いてるの?先生。
「せ‥んせ、い?」
「あ、れ?おかしいな。元気づけるために笑わないといけないのに。
北原が怪我ばっかしてるから。」
‥‥だからって、なんで泣いてんの?
「先生は心配なんだよ。これからもっと怪我が増えるんじゃないかって。」
「そうだね。増えるかも。」
私は少しボソッと言った。
「そんなこと言うな!!」
突然、怒鳴られて体がビクッと震えた。
「そんなこと言うなよ!なんで自分の体をもっと大事に出来ないんだよ!!」
その時、私は気づいたんだ。
この先生は全部知ってるんだ。それで泣いてたんだ。って。
先生は続けた。
「ここの傷だって、この傷だって、これもこれも、全部自分でやってるだろ?
俺は保健室の先生だぞ。故意についたか、そうじゃないかくらい、見ればわかる。
なんでなんだ。なんでこんな事するんだよ!!
もう止めろよ!こんなこと、もう止めろ!!」
優しい先生のいつもは見れない迫力に気圧されて、私の目からは自然と涙が流れた。
「だって、、」
私は、どうしようもない衝動から理性は飛んで、思ってることが次から次から出てきてしまう。
「先生に会いたいんだもん。
何もないのに保健室に来れないし、先生にもかまってもらえないじゃん!
だからって、先生に好きだなんて言えないし、一生懸命理由を作って先生に会いに来てたんだよ!
怪我すれば、保健室に来る理由になるし、先生に手当てもしてもらえる。
それはいけないことなの?!
先生に会いたいだけじゃん!!」
次の瞬間。
先生の両手がバチンと音を立てて、私の頬を挟んだ。
両頬がジンジンとして痛い。そして、涙はまだ出てくる。
「そんなの理由にならないだろ!
それでなんで自分を傷つけてもいい理由になるんだよ!!」
「そんなの知らないよ!
でも、じゃあ。
どうしたら先生は私を見てくれるの!?」
先生の手はまだ私の頬にあって、先生の顔は私の前にあった。
だから、私は先生の目を睨んで言った。
すると先生はまた叫ぶ。
「もう見てるじゃないか!」
先生の言葉に自分の耳を疑った。寧ろ、意味が理解できなかった。
――見るって、目にうつすって意味じゃないよ?
って言いたかったが、声が出てこない。
そして、先生は俯きまた目に涙を浮かべて今度は弱々しく言う。
「もう見てるよ……。
ずっと見てたよ。最初に会ったあの日から、、ずっと、君を見てた。」
――え?最初って、、
「君の顔を見て、性格を見て、君のことをずっと気になってた。」
――それじゃあ、先生も?
「でも俺は先生だ。だから見守ることしか出来なかった。
それなのに君は嬉しそうに怪我してくるんだ。
もう見てられないよ。こんなに思ってるのに、怪我ばかりしてくるなんて。」
「‥‥先生。」
ようやく口を通った言葉は、その一言だけだった。
「いつか、、本当に、交通事故とかで死んじゃうんじゃないかって、、本当に心配だったんだ。
だから、、」
「好きです!」
私は先生の言葉を遮る。
「私は陸生先生が好きです。ずっと、、ずっと、最初に会って笑ってくれた時から!」
先生は一瞬顔を歪ませてから静かに頷いて、
「俺も好きだよ。」
と言い、私の頬に置いてあった手をそのままに、私の口に先生の薄い綺麗な唇を落とした。
私も自然と背中に手を回して抱きしめた。
軽いキスで終わるだろうと思ったキスは、角度を変えて、もう一度深く深く続けられた。
ようやく口が離れて、口から出た言葉は重なり、
「「好き。」」
次の瞬間にはまた小さな口付けを交わし、保健室にふたりのクスクスと笑う声が響いた。
今の私には、もう傷なんていらない。
先生のこの手が、この口が、私達の絆に変わったから。
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