サンシャイン
その夜、久しぶりにアユミの声を聞いた。頭の上で久しぶりに内線電話が鳴り響いた。僕は既に眠っていたから、あやうく忘れかけていたその音をしばらくの内は近所の目覚まし時計かその類の音かと勘違いして布団の中で悶えていたが、だんだんと意識がハッキリし始めてそれが僕の部屋の内線電話の音だと分かると、慌てて受話器を掴み、耳に押しあてたのだった。僕はひどく孤独感に苛まれていたので、彼女を声を聞くことができてとても嬉しかった。
「アンヌンハセヨ、私よ私。元気してた?」
「ああ、元気だよ。アユミは?そっちは楽しいかい?」
「楽しい。私、韓国に住もうかしら。会う人会う人、みんな驚くほど親切なの。食事もおいしいし活気があるし、街が生きている感じが好きだわ」
「それは楽しそうだね。こっちは退屈で死にそうだよ。とは言っても、僕も今日、実家から戻ってきたばかりだけどね」
「あら、そうなの?それじゃあ私のお土産話を待っていて?キミには悪いけれど、私はもう少しお土産話をつくって日本に戻るから」
「了解、分かったよ。でも、くれぐれもプールに忍び込むとか、危ないことはしないでくれよ?」
「大丈夫よ。いくら何でも私だって外国でそんな真似はしないわ。それに、キミとプールに忍び込んだのはあそこが開放されているって知っていたからよ」
「分かってるよ。それじゃあまたこっちに戻ってくる時には連絡してね」
「はぁい」
「ただ、今度はもっとマシな時間に電話が欲しいな。今何時だと思う?」
「あら、ごめんなさい。でも、時差よ、時差」
「おいおいよしてくれよ、韓国と日本の時差なんて一時間くらいのものだろう?アユミだって早く寝なよ」
時計を見ると朝の四時前だった。アユミとの電話が終わると僕は足もとのMDコンポにタイマーをかけて聴き慣れた音楽を流し、それをある種の子守唄代わりにした。「皆が戻って来るまでのしばらくの間、僕は孤独である」という事実は僕を十分に不安にさせ、そしてそれを証明するように沈黙を貫くこの静寂は僕をその不安よりももっと深いところへと追いやるのだ。壁にかかったくたくたのトートバッグからマルボーロミディアムを取り出し、火を点けた。これじゃあまるで泳ぎを止めると窒息するマグロのようだな、と思った。何かをせずにはいられなかった。結局僕が再び眠ることができたのは、朝日を十分に浴びることができる時間になってからだった。