リターン
両親と拓実に別れを告げ、僕は再び「ムショ」に戻った。実家に帰ればそこが懐かしい故郷であり、我が城に戻ればそこを懐かしく思う。不思議なものだなぁと僕は思った。ところで学生寮の部屋には内線電話が備わっている。僕は自室に戻ってお気に入りのマグカップを洗い、それにアイスココアを入れて飲みながら、押し慣れた番号ボタンをプッシュした。順の部屋の内線番号だ。コール音が五回か六回鳴って一瞬間受話器の向こう側の声がした。が、すぐさまガチャリと音がして、通話は直ちに終了した。そういう時は順が取り込み中の時だ。一度だけ「ガチャリ」の前に女の子が出たことがあったから、それで学習した。隣のジョーズも帰省先から戻っていなかった。アユミはどうしているだろう。今頃は家族揃って韓国に行っているはずだ。彼女が日本に戻るのはまだ一週間ほど先だ。
僕は急に孤独を感じた。そして何もやるべきことがないというこの自由を、とてつもなく不自由に感じた。本当に何もやるべきことがないのでアイスココアの続きを飲み干してマグカップを洗った。そしてタイムセールスの時間までには余りにも早い時間ではあったが、空っぽになった冷蔵庫に入れる食材を買いに出掛けた。
いつものように、三個入りのシーチキンの缶詰とバナナ、そして炊き込みご飯の素を買った。お徳用のウインナーも買ったし、ニリットルのスポーツドリンクも買った。それらを自転車のカゴに入れてから喫煙場でタバコを吸い、タバコを吸い終わると自転車をこぎ、いつもの近道を通って我が城へと引き返した。その途中で本屋に寄り、最近流行っているらしいベストセラー小説を手にとって終わりの一節を立ち読みした。その後、ひと昔前の話題作も手にとってみたが、それはひどい出来だったのでページをめくる前に本棚に戻した。今の時代のベストセラー小説の方が遥かにマシだと思った。