明日はどつちだ!?(耳)
〈春曇り暁光までの詩であれよ 涙次〉
【ⅰ】
「ニュー・タイプ【魔】」逹の實権者は、「共和制」とは云ひながらも、「衆愚政治」(嫌な言葉だが)を厭ひ、さう云ふ目のある「日常」を送つてゐる者らを次々と処刑してゐた(前回參照)。で、こゝに* 汐見入兵、と云ふ【魔】がゐる。彼は人間界にあつた頃、結婚詐欺の常習犯であつた、と云ふぐらゐしか目立つところのない、謂はゞ(凡人ならぬ)凡【魔】だつた。彼のやうな男は、「ニュー・タイプ【魔】」逹の最も忌み嫌ふ者で、彼は魔界ところ拂ひとなつたのだつた。
* 前シリーズ第19話參照。
【ⅱ】
行く当てのない汐見は、取り敢へず幽冥界を彷徨つてゐたのだが、ふと思ひ立つて、また結婚詐欺に手を染めてみやうか- さう云ふ無謀な氣を起こした。亡靈である彼は、生きてゐる人間の女逹の枕許に立ち、自分を印象づける事に勤しんだ。汐見には目標とする者がゐた。杵塚春多である。この* 当代随一の「モテ男」を、第一の指標とする事- それが汐見の當面の課題であつた。
* 前シリーズ第61話參照。
【ⅲ】
汐見は杵塚の「モテ」の理由を、彼なりに分析したのだが、それは(彼らしくなく)、案外的を得てゐたかも知れない。一つ、「人より優れた何かを持つてゐる」例へば、カネ持ちであつたり、優秀な藝術家であつたりする事だ。杵塚は勿論後者である。今や若手映画監督として、押しも押されぬ存在の杵塚。まづこれは汐見には眞似の出來ない事であつた。汐見には、表現したい事なんて何もないのだ。たゞ女にモテたいだけ。それでは杵塚を追随するのは無理だ。
【ⅳ】
二つ、「何処となく淋しげである事」杵塚には輕量バイクのコレクションがあるが、これはピーナツ・シリーズのライナスに於ける毛布の如き杵塚の依存物で、彼は本質は淋しい男の一人である事を示してゐた。女逹にはそれが分かるのだ。だが亡靈である汐見には、バイクに乘る事は出來ない。-このたつた二つだけが汐見にとつての「杵塚について分かる事」だつたが、汐見自身にはどちらも眞似の出來ない事に、彼は今更ながら氣が付いた。
【ⅴ】
それらは生きてさへゐれば或ひは實現可能だつたやも知れぬ。汐見は、彼を追放した「ニュー・タイプ【魔】」逹と、彼を斬り、死者としたカンテラ・此井=じろさん- 憎し、と云ふ氣分を燃え上がらせてゐた。彼の中では、「ニュー・タイプ【魔】」とカンテラ一味は同列だつたのである。それが誤りである事には、彼は頓着しなかつた。が、そんな混乱した内情を抱へる彼に、同情する女が現れた。
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〈全盛期先送りにして我がある齡ひ百までまあまあだうにか 平手みき〉
【ⅵ】
假に、主婦Aとして置かう。彼女はまだ若く、夫との間に一児あり、表面上は倖せな女性だつたかも知れないが、その實、夫とはセックスレスの日々が續き、夫婦の仲には早くも龜裂が走つてゐた。聲を掛けてくれる男なら、或ひは誰でも良かつたのかも知れない。汐見は、その女との仲を勘違ひし、「よし、この女、俺が着いてゐなければ駄目、と云ふ狀態に陥れたぞ」-嘗ての詐欺師としての手腕は、もう錆びついてゐたのだ。
【ⅶ】
實際には、汐見はもう斬つてくれる者もない、デッドエンドな孤愁を抱へ込んでゐたのだ。主婦Aは、埓もなく、生者である男にかつ攫はれた。汐見は怒つたが(的外れな怒りではあつた)、さりとて亡靈である身には、精々がところ「祟る」程度の事しか出來なかつた。主婦Aを惹き付けた魅力の持ち主は、何と杵塚だつた。
【ⅷ】
杵塚のバックには、當然の事ながら、カンテラ・じろさんを始めとする、一味のメンバー逹がゐた。テオ「杵くん、あんた亡靈に祟られてるよ」-杵塚「え゙、何!? 云つてる意味が良く分からない」-「これも『モテ過ぎ』の齎す弊害なんぢやないの?」。テオはSNS上でリークされた情報には、全てと云つても良い程、知悉してゐたのである-
【ⅸ】
カンテラ、「診たところ、わざわざ祓ふ必要もない雑魚だよ。杵、氣にするな」。もうかうなつて來ると、汐見が哀れですらある。彼はもうたうに自分と云ふ者を見失つてゐた。そして- ファン・ゴッホ氣取りで、己れの片耳を削ぎ落とした。杵塚宛てには、每日多くのファンレターが集まつてゐたが、その中に、中身が空つぽの謎の小包みが混じつてゐて、杵塚だうにも腑に落ちない。汐見は杵塚への当てつけの積もりで、切り棄てた片耳を送つたのだが、亡靈の耳では不可視なのは、当たり前の事である。結局、汐見の「祟り」は、果たしてカンテラの云ふやうに、杵塚に塁を及ぼすところでは、なかつた。
【ⅹ】
片耳となつた汐見、行くべき場處すらなく、たゞ幽冥界を女を求めてうろついてゐた。そんな彼には、女逹は冷酷でさへあつた。彼はどろ沼に嵌まり込んでゐて、誰にも救濟される事なく、ひつそりと孤獨な生活を送るのが、唯一つなし得る全てゞあつた。余りにも淋しい物語であるが、これにてこのエピソオド、お仕舞ひとせねばならない。明日はどつちだ!? ぢやまた。
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〈芽柳を映す川面の塵あくた 涙次〉




