【アイツは何者?①】
会議が終わりデスクに戻り、事務所の監視カメラにアクセスすると、もうソコにはハンスもアイツも居なくて、事務長のテシューブとその腰巾着のメエキが暇そうにしているだけだった。
アイツはやはり追い返されたようだ。
でなければ事務所が暇にしているはずはない。
一応アイツが筆記試験を受けている可能性もあるので、事務所の中にある小会議室を覗いて見たが、こちらにもアイツは居なかった。
自分の思い過ごしにホッとする。
仕事を再開する前に、アイツがどの様に撃退されて帰ったのか興味が湧いてしまい、予めスキャンしていたアイツの顔をシステムのAIに追跡させた。
ハンスと警備兵に囲まれて事務所から出て行くアイツの姿が映りホッとする。
ところが次のカメラ映像では、事務所を出て左に曲がって正門の方に向かうべき所を、アイツは右に曲がったハンスの後ろを着いて行く。
“これは一体、どういうことなんだ?”
ハンスはアイツをグラウンドに連れて行き、アイツは服を脱いで何故か水着になって走り出す。
これは外人部隊の入隊審査に使用される簡単な運動能力テストだ。
まず普通に運動が出来る者なら、ここで落ちるようなことはないので16倍速の早送りで次に進んだが、なんだか少し変な気がした。
気にはなったが次へ進むと、アイツは筆記試験を受けるために事務所に戻らず、ハンスに連れられて武道館の中に入った。
武道館の中にはハンスの小隊に居る、あの「ならず者分隊」の奴らが手ぐすね引いて待ち構えていた。
最初に現れたのはモンタナ伍長。
彼は元アメリカンフットボールの選手で体重120キロの巨体で100mを11秒台で走る兵。
これはリンチになってしまうぞ……。
憎いアイツだけど、女性が適う相手ではないのに、ハンスは何故か平然とした態度で対戦が始まるのを待っている。
“何故止めない! 素人の、しかも女性がモンタナの突進を受けようものなら最悪死んでしまう危険だってあるのに!”
アイツもアイツだ。
何故、試合を辞退しない!
無情にも試合は始まってしまう。
案の定、アイツはモンタナの突進に、避けることしかできない。
3度目に突進を仕掛けたモンタナはアイツに避けられた拍子に何故か派手に回転して仰向けに転び、その隙を突いたアイツがモンタナの上に倒れ込むとハンスが試合を止めた。
監視カメラの映像で詳細なことは掴めなく何が起きたのか分からないが、倒れたモンタナは身動きもせず4人の隊員によって場外に運び出された。
おそらく試合中に何らかのアクシデントが発生したのだろう。
ホッとするのも束の間、全くアイツに休憩時間も与えず、今度は元キックボクサーのブラームが現れた。
身長はモンタナより少し低い190cmだが、体重は100kgもあるヘビー級の贅肉ひとつない体。
こっちはモンタナの様に雑な力任せの攻撃だけではなく、本物のファイターだから逃げ回る事さえも叶わないだろうし手足の長いブラームの懐に入ることなど到底敵わないはず。
しかもフットワークも得意だから、モンタナの様に勝手に転ぶというアクシデントも期待できない。
つまり完全にアイツには勝ち目がないと言う事だ。
相変わらずハンスは何もしない。
案の定試合開始早々にアイツはブラームのローキックを受けてしまう。
ブラームは「ならず者組」の中では紳士だから、故意に上半身への攻撃は避けたのだろう。
ローキックにしても、少し手加減している感じがする。
プロのローキックをまともに受けたアイツが、痛さで動けなくなり試合を放棄するのを待っているに違いない。
アイツは強情なのかバカなのか、1発目を食らってもまだ立っていた。
そしてブラームが止めの2発目を同じ個所に繰り出すとアイツはまるで猫の様に機敏に動き、あっと言う間にブラームの懐に飛び込みブラームを慌てさせたと思う間もなくゼロ距離からブラームの顎を狙って足を高くつき上げ、いとも簡単に倒してしまった。
結局最後はハンスが出てきてアイツを倒した。
しかしアイツを倒すのにハンスは手加減もしなかった。
ハンスは女嫌いで通っていて、自分の車に女性を乗せた事もない。
けれども格闘技素人の女を相手に、手加減をしないような野蛮な男ではなかったはず。
“なのに、どうして?”
そして、アイツは一体何者なんだ?




