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アスリート 2

「今日から新しいコーチが来ることになった。といっても、みんなも知ってる人だぞ。つい先月までウチでプレーしてた、この人だ」

 ゆうじさんが、後ろで待機していた私を呼ぶ。隠れても隠れなくても、どっちみちバレるのに、と言ったが、サプライズの方が子供たちが楽しいだろうと、ゆうじさんも譲らなかった。

「どうも、りりかです。みんなよろしく」

 ペコ、と頭を下げる。子供たちの反応も、予想通り薄かった。ジロッとゆうじさんを睨みつけると、ゆうじさんはニヤッとして、子供たちの方に向き直す。

 今日からは、ここが私のホームだ。清々しかった。いつもと変わらない日々。これがどんなに尊いことなのだろうか。ゆうじさんと子供たちを眺めながら、静かに微笑む。

 ふと、母親の顔が浮かんだ。病室でサッカーをプレーする私の動画を見る母親は、いつも目尻をしわくちゃにしていた。

「りりちゃん、すごい」

 これが、母親の口癖だった。この言葉が私を動かし続けていたことを、思い出す。

 私の理想のコーチは、母親かもしれない。そう思った。子供たちと走るゆうじさんの背中を眺めながら、これから始まるコーチとしての生活に、密かに胸を躍らせていた。


 コーチになって二年が経とうとしていた。今日は、子供たちにとって一年の中で最も大きな大会がある日だ。集合場所には、まだ誰も来ていない。

「久々、コートで遊ぶか」

 ボールを取り出し、ドリブルを始める。パスする相手がいないから、思いっきりシュートを打った。

 ポーン。ボールがゴールポスト当たって跳ね返って来る。ヘディングでボールを床に叩きつける。

 よっしゃ。思わずガッツポーズをする。綺麗に決まった。久しぶりに味わう感覚。もう一本、いくか。そう思ってボールを蹴り出そうとした瞬間だった。

 拍手をしながら、一人の男が近づいて来た。誰かの親か?

「いや〜〜、お見事でしたよ。私、こういう者でね。宿泊先の近くにコートがあるって聞いたもんで、早朝なら誰もいないかと思って来てみたんだ」

 名刺を渡しながら、その男が言う。私は、名刺を見る前に、その男の正体に気づいた。

「早見監督ですか!? どうしてここに」

 その男は、かつて日本代表の監督も務めていた、早見宗太郎だった。今は確か、東京のチームの監督をしているはずだ。

「あれ、知ってましたか。それは話がはやい。ところで、君はどこかの選手かね?」

「あ、いえ。子供たちのサッカー教室でコーチをしてるんです。今日、ここで試合があって」

「そうでしたか。コーチですか。子供たちが羨ましいですよ、こんなコーチに教えてもらえるなんて」 

 はっはっは、と笑いながら言う早見監督の言葉に、思わず赤面する。

「君以外にも、コーチはいるのかね?」

「はい。私の恩師が」

 その言葉を聞いた早見監督が、少し考えてから、私に向かって衝撃的な言葉を告げた。

「ウチでプレーしてみないか。拠点は東京になる。簡単な決断ではないだろうから、決心が着いたら、そこの連絡先までよろしく」

 そう言い残すと、早見監督は来た道を戻って行った。

「あ、ありがとうございます!」

 慌てて頭を下げると、早見監督はこちらを振り返らずに右手だけ挙げて帰って行った。

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