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娘 3

「えりちゃん、おかえり! どうだった? 楽しかった? あれ、疲れちゃったの? 元気なさそう」

 玄関のドアを開けた瞬間、母がキッチンから慌てて出て来た。

「ちょっと、疲れちゃった。お風呂だけ入って、今日は寝るね」

 きっと夜ご飯を作って待ってくれていたんだろうけど、今日はもう何も食べたくない。

「え、そうなの? お友達と、たくさん食べてきたの?」

 そういうことにしておこう。とりあえず頷いて、階段を上る。

 結局、試合には全然集中できなかった。席はほとんど一番後ろだった。顔はおろか、背番号も見えず、どこに佐賀選手がいるのかすらわからなかった。おまけに、グッズ売り場でのやり取りが脳裏に焼き付いていたせいで、脳内でずっとその場面が繰り返されていた。

「えりちゃーーん? お風呂、入りなさいよーー」

「はーーい」

 ダメだ、眠すぎる。でも、明日もしかしたら佐賀選手にまた会うかもしれない。さすがにお風呂は入りたい。

 ブーー。滅多にならない携帯の通知が鳴る。佐賀選手が所属するサッカーチームのSNSが更新されたみたいだ。

「わ! これお母さんに見つかったら大変だよ」

 投稿された写真の中には、グッズを手渡ししている笑顔の佐賀選手がいた。その写真には、後ろ姿の自分も写っていた。顔は見えていないが、服装を見たら母は一発で気づくだろう。

 初めてスクリーンショットを撮る。さすがに携帯の中まで見られることはないだろう。

「あ、そういえば」

 買ってきたグッズを片付けていなかった。眠気も完全になくなった。重い腰を上げて、立ち上がる。

「よいしょ」

 とりあえず、サインが汚れないようにクローゼットの奥にそっとしまうことにした。

「また、明日」

 スクリーンショットに小さな声で話しかけて、お風呂に行くことにした。


「お、田嶋! ちょっといいか」

 戸川先生の声に振り向く。

「急に呼び止めてごめんな。実は、今日この前講演してくれた佐賀選手がまた来るんだ。この前、みんなに感想書いてもらっただろ? ちょうど昨日、こっちのスタジアムで試合があったみたいだから、取りに来てもらうことにしたんだ」

 そういうことだったのか。

「それで、田嶋にそれを渡しに行ってもらいたいんだけど、どうだ」

「はぇ?」

 予想もしていなかった言葉に、思わず声が裏返ってしまう。

「あ、いや、この前、佐賀選手のこと見たことある人って聞いた時、田嶋だけ手挙げてなかっただろ? 佐賀選手のこと知ってる奴が持って行ったら、興奮して大変なことになりそうだからさ。せっかくなら生徒から手渡しがどうかって校長先生から言われたんだけど、田嶋が良いんじゃないかって思って。どうだ」

 戸川先生が、笑いながらも必死な顔で訴えてくる。無理だ。冷静に行けるわけがない。でも、チャンスかもしれない。あの話をする、チャンスかもしれない。拳をぎゅっと握る。

「私、やります」

「お、そうか。助かったーー」

 心底ほっとしてそうな顔で戸川先生が続ける。

「じゃあ、放課後に職員室の奥の部屋で待ってるから。みんなには内緒だぞ」

 口元に人差し指を当てながらそれだけ言うと、先生は他の生徒のもとに走って行った。戸川先生には気づかれてなさそうだ。本当は、動揺しまくって顔が真っ赤になってたこと。


「失礼します」

 恐る恐るドアを開ける。

「あれ、やっぱりまた会えたじゃん」

 眩しい。こんなにキラキラした笑顔、見たことない。

「あ、昨日はどうも」

 ああ、何言ってるんだろう。しかも、どうして二人きりなの!?

「緊張してる? 本当はね、戸川先生がいてくれたはずらしいんだけど、下級生で具合悪くした子がいたみたいで。私は生徒と二人でも問題ないって言ったら、先生もアイツなら大丈夫だろうって」

 ニヤっとした顔で佐賀選手が言う。どう返したら良いかまったくわからない。

「あ、これなんですけど。この前、講演に来ていただいた後に、感想を一人ずつ書いたんです。これを渡したくて」

 気まずくなる前に用事を済まそうと思った。

「あーー! 嬉しいなあ。へえーー。感想か。で、君のはどれなの?」

 パラパラ紙をめくりながらこっちをチラッと見てくる。

「私のこと知らなかったんでしょ? でも、昨日試合を見に来てくれた。ってことは、あの講演で、何か感じたことがあったってこと?」

 どうしよう。この展開はさすがに考えてなかった。

「名前は?」

 答えるしかない。俯いていた顔をあげ、佐賀選手の目を見る。

「えりです。田嶋えりって言います」

 沈黙がしばらく流れた後、ついに佐賀選手が口を開いた。

「あ、見つけた。読んでも良いの?」

 ああ。どうしよう。でも、自分から言うより、マシかもしれない。覚悟を決めて、佐賀選手の方を見てから小さく頷いた。

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