母 6
えりが書いたという感想文を読んだ。私の目の奥が暗い、そう書かれていた。それから、家族に本音を話せていないということも。
思わず涙が溢れた。やっぱり自分の子育てが間違っていた、そう言われた気がした。
「お母さん、娘さんに話せてないこと、ないですか」
佐賀選手の言葉に、自分の母の顔が浮かんだ。今が、話すチャンスかもしれない。そう思った。えりには、自分の両親のことを話したことがなかった。もちろん、会わせたことも。知らずに育ってほしかったのだ。でも、これ以上殻を被ったままでいるのも違う気がしていた。
「私の母、アスリートだったんです」
もう、全部話そう。そう決めた。
佐賀選手に会ってから、えりとの関係性が変わった。えりは、何でも話してくれるようになった。私も、聞かれたことには全部答えるようになった。
えりが大学生になってから、宗介と二人だけで過ごす夜があった。
「ねえ。えり、変わったよね」
「うーん。俺への態度はそんなに変わってない気がするけど、確かに里子には結構話しかけるようになったよな」
「ふふ。ねえ。野球、観る?」
「え、まじで?」
「良いよ、観よう。スポーツ、そんなに嫌じゃなくなってきた」
宗介の顔がみるみる笑顔になっていく。佐賀選手という素晴らしいアスリートに出会ってから、スポーツへの嫌悪感が薄れた。えりと一緒に試合を観に行ったこともある。宗介には内緒で。
「っしゃーー。応援グッズ持ってきたから、全力でやるぞー」
宗介から野球選手の名前が書かれたタオルを受け取り、二人でテレビの前に座る。
「ルールわかる?」
「ごめん、わかんない」
「うお、まじか。そりゃ、教え甲斐があるわ」
二人で笑いながら過ごす時間は、とても楽しく愛しかった。
「佐賀選手と川波学園で会った。次の四月から、佐賀選手のマネージャーをやろうと思ってる」
えりは大学を卒業してから、公務員になった。安定な道に進むのが、この子らしいなと思っていた。そんなえりの口から、まさに茨の道に進むことを決意したような言葉が発せられた。驚くと同時に、嬉しくなった。
「良いじゃない! すっごく良いじゃない!」
「本当に? 私、この話をもらった時、ワクワクしたの。自分でも、こんな気持ちになったことが嬉しくて」
高揚した様子で言うえりを見て、胸がキュッとなる。ああ、成長したなあ。そう思い、目に浮かんできた涙をそっと拭った。
「お母さん、全力で応援するから。佐賀選手にも、よろしく伝えといてね」
「ありがとう」
自室に戻っていく我が子の背中は、これから始まる新たな日々への期待や覚悟でいっぱいだった。




