母 4
「里子、結婚しよう」
ベンチで腰掛けながら、宗介がポケットから指輪を取り出して言う。もうそろそろかな、とは思っていた。この場所を選ぶのが、宗介らしいと思った。
「もちろん」
「っしゃーー!」
喜び方が変わらないところも、とっても愛おしいと思った。
高校を卒業した宗介は、東京の名門大学に進学した。私は知らなかったが、高校ではいつも一番か二番の成績を取るほど賢かったらしい。一年遅れて、私は高校を卒業した。そして、東京で暮らす宗介のもとに行った。大学には行かず、バイトで生活をすることにしたのだ。
宗介が高校を卒業してからの一年は、かなり大変だった。所属していた演劇部を引退し、とうとう放課後にやることがなくなってしまった私は、早い時間に帰ることが多くなった。当然、家には母がいて、沼田さんが帰ってくると二人は毎日喧嘩をしていた。沼田さんが高校入学を機に買ってくれた携帯電話で宗介と連絡を取ることだけが、唯一の楽しみだった。
『卒業したら、東京においでよ。俺もまだ大学生だから、里子にはバイトしてもらわないとだけど、大学卒業したらお金増える。そしたら、結婚しよう』
ある日のメッセージに、そう書かれていた。結婚、という言葉に、複雑な感情を抱いてしまう。宗介は、どんな素敵な家庭で育ったのだろう。どうしても、母と沼田さんのような毎日を想像してしまう。だけど、宗介は沼田さんじゃない。宗介と結婚すれば、幸せになれるかもしれない。段々と、そう思えるようになっていた。
高校を卒業して、東京に行った。宗介は、公認会計士になりたいと、勉強漬けの毎日を送っていた。
「行ってきます」
「おう」
そんな宗介を横目に、私はバイトでお金を稼ぐ毎日だった。正直、もっとデートとかがしたかったが、東京で生活させてもらってる以上、何も言えなかった。
「里子、ちょっと話ある」
ドクン、と胸が鳴る。ここ最近、宗介とまともに話せていなかった。何度か話しかけようと試みたが、雰囲気がそういう感じではなかった。
「俺、受かったよ。公認会計士」
「えっ」
「受かったんだよ! 時間かかったけど、やっと。一人前になるにはまだもう少しかかるけど、里子との結婚が近づいた」
「え、えっ?」
「何びっくりしてんだよお。まずは、おめでとうじゃないのかよお」
久しぶりに笑う宗介を見た。嬉しかった。結婚のことを考えてくれていたことも、嬉しかった。
「おめでとう、宗介。お疲れ様」
宗介に抱きつく。バイトのしんどさも、何もかも忘れて、ただただ嬉しくて幸せだった。
「それでさ、大学卒業したら、静岡に戻りたいんだ。向こうで就職したい」
抱きついたまま、宗介が言う。宗介が地元をすごく愛していることはわかっていた。地元にあまり良い思い出がない私とは違う。
「里子は、静岡に帰るのが不安かもしれない。だけど、俺は里子と静岡で家族になりたんだ。これから子育てとかが必要になった時、俺の両親に近くにいてほしいんだ。里子を一人にはさせたくない」
すごく真剣な声で言う宗介は、覚悟が決まっていた。この人しかいない。私には、宗介しかいない。家族になるということ。宗介は、きっと私のこともとても考えてこの決断をしたのだろう。
「わかった。宗介についてく」
私の覚悟も、この瞬間に決まった。




