母 3
「あ、あのお」
声をかけられて、目が覚める。
「大丈夫ですか? こんなとこで」
急に、体が寒気に襲われる。外灯だけがオレンジに光っている。家に帰るのが嫌で、近くの公園のベンチに座っていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。目の前には、高校生と思しき青年が立っている。
「あ、すみません。寝てしまってたみたいで」
「なんか、あったんですか? 嫌なこととか」
青年が、ベンチの横に腰掛けてくる。
「あ、急にこんなの聞くのキモイですよね。ごめんなさい。俺、そこの山村高校に通ってる一年生です。家はここからちょっと遠いんだけど、バス逃しちゃって。公園歩いてたら、ベンチで寝てたから声かけちゃいました」
「そう、だったんですね」
「あ、宗介っていいます。よろしく」
青年がペコっと頭を下げる。
「里子、です」
私も、名前を言って頭を下げた。
「えっと、どうしてここにいたんですか? あ、もし答えたくなかったら全然言わなくて良いんですけど。気になっちゃって」
ぎこちなく笑いながら、宗介と名乗る青年がこちらを見る。この人は、私を助けてくれるだろうか。母のことや沼田さんのこと。この人に、話しても大丈夫だろうか。考えていると、目に涙が浮かんできた。
ピシャ。ついに、ベンチに涙が落ちた。
「あ、え。あ、ごめんなさい。怖がらせてしまいましたよね。すみません。俺、もう行くんで。じゃあ」
立ち上がろうとする宗介の袖を、思わず引っ張った。
「待って! 聞いてくれますか?」
どうせもう会わないかもしれない。だけど、いや、だからこそ、話せるかもしれないと思った。ここで誰かに話さないと、本当に自分が壊れてしまうかもしれない。最後の、望みだった。
「もちろん」
高校生になった。宗介と同じ、山村高校に進学した。宗介は、半年ほどずっと公園で勉強を見てくれた。部活終わりの遅い時間に、毎日公園に来てくれた。そしてついに、同じ高校に進学できた。宗介と同じ高校なら、生きる希望を持てると思った。
「里子!」
手を振りながら、宗介がバスから降りてくる。
「お疲れさまです。今日、あそこのベンチ空いてなかったです」
「え、マジか! じゃあ、どっか食べにでも行く?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
二人で顔を合わせて笑った。公園以外の場所に行くのは、今日が初めてだ。
「里子の入学祝いだな! 学校は慣れてきた?」
「はい、おかげさまで。私、吹奏楽部にまた入ろうと思ってて」
「お! いいじゃん。ウチの吹奏楽はまじで上手い。俺の野球も応援してくれよお」
スポーツの名前が出てきた途端、足がすくんだ。母と沼田さんの影響で、スポーツに対して強い拒否反応が出るようになってしまっていた。立ち止まってしまった私を、宗介が振り向く。
「あ、ごめん。この話、禁止な」
「やっぱり、吹奏楽はやめようかな。向いてない気がしてきました」
「え、いやいや。そんなことないよ」
「スポーツの応援は、できないんです。ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ。今のは俺が悪かったし。ウチの学校、部活めっちゃあるので有名だから、今の期間に色々見てみると良いよ」
宗介は、すぐに謝る。そんなとこが、良いなって思う。
「あ、ここここ。里子が合格したら、一緒に食べに来たかったんだよね」
昔ながらの中華屋さん、といった雰囲気のお店を、宗介が指差している。
「ここでも良い?」
宗介の言葉にコクリと頷いて、二人で中にはいる。
「そうそう、これ! 高校生限定のメニューがあるって聞いてたんだよ。安いのに、まじで美味しいらしい。これにしよ!」
宗介が早々にメニューを決めて、店員さんを呼び注文する。
宗介と向かい合って座ったのは、これが初めてかもしれない。公園のベンチは横並びだから、横顔は見慣れていた。だけど、正面の顔をこの距離で見るのは慣れていない。
「ねえ、里子。俺、里子のこと好きなんだ」
目の前の餃子をつつきながら言う宗介の言葉に、思わず心臓がドクンと鳴った。宗介は餃子を見たまま、こっちを見てくれない。
「だからさ、俺と付き合ってほしい」
ようやくこっちを見て、宗介が言った。耳が赤くなっている。
ああ、そうか。私は、宗介が好きなんだ。今まで自分が宗介に抱いていた気持ちに、今ようやく気づいた。これが、恋なんだ。
「私も、付き合いたい、です。」
「っしゃーー!」
目の前でガッツポーズをする宗介が、とても愛しかった。




