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母 2

 中学生になってから、私は吹奏楽部に所属した。家に帰る時間も、小学生の頃より遅くなった。

「ただいま」

 ドタドタドタ。慌てるような音が、リビングから聞こえてくる。

「や、やあ。おかえりなさい」

 最近、家に来るようになった沼田さんが玄関に出てきた。かつての、母のコーチ。母は私が中学生になるのと同時に、選手を引退した。

「あ、里子? ごめんけど、冷蔵庫にあるうどん食べてて。沼田さんと外食行ってくるから」

 二人は、あっという間に玄関を出て、車を走らせた。最近は、毎日だ。ふと、目から涙が落ちる。自分の存在意義がわからなくなる。

 テレビで面白くもない番組を見ながら、うどんをすする。私は、何のために生きているんだろう。世界から邪魔だと言われているような気がして、また涙が溢れた。


「里子は、高校決めてる?」

「うーん、家から近いとこかな。真子は?」

「私は、県で一番賢いとこ。いとこがね、弁護士目指してて、かっこいいなって思って」

「そっか。すごいね」

 進路のことなど、考えたくもなかった。三年生になり、周りがみんな塾に行き始めた。母は引退してから仕事をしておらず、相変わらず沼田さんに依存している。沼田さんが母と結婚しないのは、私のせいなのではないかと、最近思い始めた。いっそ、二人に迷惑をかけないように、遠くの高校にでも行ってやろうか。

「里子は、将来の夢とかないの?」

 目をキラキラさせながら、真子が聞いてくる。将来の夢。そんなの、意味ない。

「こうなりたくないな、とかはあるよ」

「なにそれ! なりたいな、はないの?」

 真子が手を叩きながら笑う。真子みたいな、親に愛されて育ってきた子には、わからない。

「あ、チャイム鳴るよ! 行こ!」

 この子には、希望しか見えてないんだろうな。そう思うと、心底羨ましかった。


「私たち、結婚するから」

 家に帰ると、沼田さんと母がリビングのソファーで座って待っていた。テーブルには、既に完成された婚姻届が置かれている。

「里子ちゃん、僕がパパになっても良いかな」

 沼田さんが、幸せを隠しきれないといった笑顔でこちらを見てくる。この人たちが結婚するかしないかなんて、どうでも良いはずだった。ただ、私が邪魔者だとは思われていないことに、ホッとした。

「里子。これからは、お金のこと全部、沼田さんに相談しなさい」

「ああ。高校受験もあるだろう? まあ、できれば公立高校だとありがたいけど、好きなところ受験して良いからな」

 いきなり父親ヅラしてくる沼田さんにイライラする。沼田さんはきっと、私と生活することを望んでいない。

「お母さん、電話貸してくれないかな」

「いいけど、友達? 長電話はやめてね」

 もう限界だと思った。どうせ結婚したって、また毎日一人でごはんを食べることになるのだろう。

「もしもし」

「あ、里子です」

「あらあら、どうしたの?」

 おばあちゃんの声を聞いた瞬間、涙が目に浮かんでくる。

「お母さんが、お母さんが。沼田さんと結婚するって」

「え、沼田さん? 誰なの?」

 衝撃だった。おばあちゃんは、沼田さんのことを知らないんだ。

「里子ちゃん、ごめんね。実は、あなたのお母さんとはずっと話してもないし会ってもないの。何度か連絡はしてるんだけどね、出てくれないし。だから今日、久しぶりに電話がかかってきてびっくりしたのよ」

「そうだったんだ。あのさ、おばあちゃんの家に行ったらダメかな」

 もうこれしか手段はないと思った。

「ああ。ウチにはおじさん家族がいるからねえ」

 受話器を耳から離す。もう、限界だ。

「そうだよね。ごめん、じゃあね」

 返事を聞く前に、電話を切って母に返した。高校に進学したら、まだまだこの家で生活を続けなくてはならなくなる。もう、就職するしかないのではないか。そう思った。

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