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アスリート 6

 あの子は、えりという名前だそうだ。書いてくれた講演の感想文を、読んでみたいと思った。

「あ、見つけた。読んでも良いの?」

 えりが頷くのを確認してから、目を通す。

 様々なことが書いてあった。友達がいないことや、家族に本音を話せていないこと。そして、私とえりのお母さんの目の奥が暗いこと。驚いたが、正直な子だな、と思った。講演中の自分を思い出す。そうだ。話しながら、高校時代のことを思い出していたんだった。えりのお母さんは、どんな過去を持っているのだろうか。この子には、話さないといけない、そう思った。

「お母さん、目の奥が暗いんだ?」

 とにかく、この子には知ってもらいたい。真弓以外に、打ち明けたことのない話も。そして、話しながら思う。えりのお母さんにも、会わなきゃいけない。


 えりと一緒に、えりの家に向かう。

「お母さんに、感想文見せてあげなよ。私も、えりのお母さんに伝えたいことあるからさ」

 えりは、驚いた顔をしながらも、静かに頷いた。しばらく歩くと、えりの家の玄関に着いた。えりがドアを開けると、お母さんが出てきた。私がいることに、驚きを隠せていない様子だった。胸を張り、挨拶する。

 えりのお母さんは、戸惑いながらも、思ったよりもすんなりと受け入れてくれた。私は、すごく大きなミッションを背負っているように感じた。同時に、この二人の未来に、ワクワクする気持ちも芽生えていた。

 えりのお母さんは、アスリートだった。そして、幼少期に心に傷を負っていた。自分との共通点。えりが感じた、目の奥の暗さ。

目の前で涙を流す二人を眺めながら、母親と過ごしたかけがえのない時間を思い出す。ふと窓の外に目を向ける。赤く染まりかけた空を見ながら、綺麗だな、と思った。そろそろ、ここを出なければならない。明日から、またいつもの日々が始まる。

「えり、また会おう」

 落ち着いたえりにそう言い残し、東京に戻った。


「どう思いますか?」

 恐る恐る、ゆうじさんに聞く。

「りりかにサッカーを習いたい子供たちはいっぱいいる。引退は、新たな道へのスタートだ。やりたいと思ったことを、やれば良いんじゃないか」

 少しシワが増えたゆうじさんが、さらにシワを作って微笑む。ゆうじさんのサッカー教室を継ぎたい。引退を決めた時、そう思った。ちょうど、ゆうじさんがサッカー教室を終わりにしようとしていることを、父親に聞いたタイミングだった。

 ふと、えりのことを思い出す。あれから、どうなっただろうか。最後にえりの家で話してから、六年も経っていた。戸川先生は、まだ川波学園にいるのだろうか。携帯を取り出し、連絡先から戸川先生を探す。

『まだ現役だよ。まだあと五年は教師だ』

 相変わらず、すぐに返信が返って来た。

『えりさんは、どうしてますか。知ってたりしますか』

『アイツは、経済学部に進学してから、公務員になった。この前たまたま市役所で会って聞いたとこだ』

『今度、川波学園で会えたりしませんか』 

 どうしてもえりに会いたいと思った。あの子に、任せたい。そう思った。


 久しぶりに会うえりは、大人になっていた。目の前で、月日の流れを感じる。昨日の夜は、あまり眠れなかった。もしかしたら、えりはもう私のことを忘れているかもしれない。そんな考えが浮かんでからは、次々にネガティブなことが頭をよぎり、気づいたら朝になっていた。

 曖昧に話を切り出すと、えりがポカンとした顔を浮かべた。はっきりと言わなければならない。

「マネージャーだよ。ほら、私サッカーしかしてこなかったからさ、お金のこととかよくわかんないし。戸川先生から聞いたけど、えり、経済学部行ったんでしょ? お金のこと得意そうじゃん」

 言い出してから、なんだか言い訳っぽくなってしまったことを悔やむ。

そのあとのやり取りは、とにかく必死になってえりを誘い出していたことだけ覚えている。細かいところまでは思い出せない。ただ、えりがマネージャーをやると決めてくれたことが、嬉しかった。

これから始まる、新たな日々。母親が、驚きながらも目尻をしわくちゃにして喜んでいるような気がした。

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