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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第五部 ゼラの戦い

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第六章:瞬殺

地鳴りのような雄叫びと共に、ファルナケスの軍勢が丘の斜面を駆け上がってくる。


その先頭に立つのは、禍々しい紫電の魔力をその身にまとった魔族の傭兵団だ。


彼らは、ニコポリスでローマ軍団を粉砕した勝利の記憶に酔いしれ、目の前の、陣地構築すらままならぬローマ兵を、既に死んだ者として見なしていた。


だが、彼らが丘の中腹まで達し、その勢いが明らかに衰え始めた、まさにその瞬間。


「――放てッ!」


俺、レビルスの絶叫にも似た号令が、丘の頂から響き渡った。


その声は、完璧に計算され尽くした、この殺戮の舞台の幕を開けるための引き金だった。


号令一下、それまで土塁の影に身を潜めていたローマ軍の第一列が、一斉に立ち上がった。


彼らが手にしているのは剣ではない。


投槍ピルム。その数、千本以上。太陽の光を反射し、無数の死の光芒と化した投槍の雨が、空気を切り裂く鋭い音と共に、ファルナケス軍の先頭へと降り注いだ。


悲鳴と絶叫が、戦場に木霊する。


重い鉄製の穂先を持つピルムは、魔族兵たちが展開していた付け焼き刃の魔力障壁をいとも容易く貫通し、その肉体を、盾を、大地に縫い付けた。


先頭の兵士が倒れ、後続の兵士がその死体に足を取られる。


美しく統制が取れていたはずの突撃陣形は、このたった一撃で、無秩序な混乱の渦へと叩き込まれた。


「第二列、放て!」


間髪入れずに、第二列の兵士たちが前進し、新たな投槍の嵐を浴びせかける。


その攻撃は、もはや敵兵を殺傷することだけが目的ではない。彼らの勢いを削ぎ、速度を奪い、そして何より、彼らの精神を砕くためのものだ。


ニコポリスでは無敵を誇ったはずの突撃が、丘の頂にたどり着く前に、一方的に削られていく。


焦りと、信じられないものを見るかのような恐怖が、彼らの顔に浮かび始めていた。


「…馬鹿な。なぜだ…なぜ、届かん…!」


後方で指揮を執っていたファルナケスが、そう叫んでいるのが幻聴のように聞こえた。


彼の計算では、我々の投槍が届く前に、彼の魔族兵が我々の戦列に到達しているはずだった。


だが、彼は計算に入れていなかった。


この丘の傾斜が、彼の兵士たちの足をどれほど鈍らせるかを。


そして、その鈍った足が、我々の投槍にとって、どれほど格好の的となるかを。


投槍の雨を生き延びた魔族兵たちが、最後の力を振り絞って突撃魔法を放とうとする。


だが、その詠唱が完了するよりも早く、彼らは我々が掘らせた浅い塹壕に足を取られ、体勢を崩した。


彼らの魔力は統制を失い、ある者は味方を巻き込んで暴発させ、ある者はあらぬ方向へ魔力の槍を放ってしまう。


ニコポリスではローマ軍団を蹂躙したはずの必殺の突撃魔法は、急な坂を駆け上ることでその勢いを失い、投槍の波状攻撃によってその統制を失い、そして、俺が仕掛けた些細だが効果的な罠によって、その威力を発揮することなく霧散したのだ。


切り札を失い、茫然自失となるファルナケス軍。


その表情が、絶望に染まる。 そして、その一瞬の空白こそが、我々が待ち望んでいた、完璧な好機だった。


それまで丘の上で静かに戦況を見つめていたカエサルが、ゆっくりと腰の剣を抜いた。その剣先を、眼下の敵に向ける。


「――全軍、突撃インペトゥス!」


英雄の、雷鳴のような声が、戦場に轟いた。


それは、反撃の狼煙。 それは、勝利の宣言。


「ウォォォォォォッ!!」


ローマ軍団が、堰を切ったように丘を駆け下り始めた。その先頭に立つのは、第三十六軍団。


ニコポリスで仲間を殺され、敗走の屈辱を味わった、歴戦の兵たちだ。


彼らの瞳には、もはや恐怖はない。あるのは、復讐の炎と、ローマ軍団としての揺るぎない誇りだけだ。


下り坂の急加速を利用し、重装歩兵の密集隊形テストゥードを組んだ彼らは、それ自体が巨大な鉄の津波と化していた。


勢いを失い、混乱し、切り札を破られたファルナケス軍の戦列に、その津波が真正面から激突した。


金属が砕ける音。


骨が折れる音。


断末魔の悲鳴。 先ほどまでの魔法の応酬が児戯に思えるほどの、残忍な白兵戦が始まった。


だが、それはもはや、戦いですらなかった。 一方的な、蹂躙だ。


「見たか、蛮族どもが!これがお前たちが舐めきっていた、ローマの戦いだ!」


古参兵セクンドゥスが、敵兵の喉をグラディウスで掻き切りながら吼える。


百人隊長ボルグは、そのドワーフならではの膂力で、大盾ごと敵兵をなぎ倒していく。


第三十六軍団の兵士たちは、一人一人が鬼神と化し、ニコポリスで受けた屈辱を、その剣先に込めて叩きつけていた。


戦況は、数分で決した。


ファルナケス軍は、完全に崩壊した。指揮系統を失い、我先に逃げようとする兵士たちが殺到し、味方に踏み潰されて死んでいく。


戦う者、降伏する者、そしてただ泣き叫ぶ者。


かつての大軍は、もはや統制を失ったただの烏合の衆と化していた。


俺は、丘の上から、その光景を静かに見下ろしていた。


凄惨な光景だ。だが、俺の心は、不思議なほどに凪いでいた。


ファルナケスの過信。兵士たちの疲労。丘の傾斜。投槍の射程。塹壕の位置。


その全てが、俺の頭の中にある計算盤の上で、寸分の狂いもなく組み合わさり、今、この結果として現出している。


わずか、数時間。 ニコポリスでの雪辱は、瞬く間に果たされた。


計算は、再び、神秘に勝利したのだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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