表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内乱記異聞  作者: 奪胎院
第四部 エジプト・王家の内乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/112

第十六章:ナイルの休息

紀元前47年3月、ナイルの戦いでの圧勝によって、約半年に及んだアレクサンドリアでの長く混沌とした戦いは、ようやく終わりを告げた。


カエサルは、アレクサンドリアでの戦後処理を終えると、すぐさまエジプトの新たな統治体制の構築に着手した。


彼は、自らがその手で未来を託した若き女王、クレオパトラを、エジプトの唯一無二のファラオとして、その玉座に据えたのだ。


その日の夜、カエサルはレビルスを呼び、自らの構想を語った。


「……エジプトは、属州にはしない」


その言葉は、レビルスの計算の前提を、根底から覆すものだった。


「このエジプトという、数千年の歴史を持つ国を、その事情に詳しくもないローマの総督が、果たして現実的に統治できると思うか?下手をすれば、ロンギヌスがヒスパニアでやったように、反乱の火種を無駄に増やすだけだ。この国に必要なのは、ローマの法を押し付けることではない。ローマの利益を理解し、ローマのために、この国を豊かにできる、強力で、恒久的な統治者だ」


カエサルは、今、新しい支配の形を模索していた。


有力者個人の気まぐれに左右される、特定の個人に依存した同盟国でもなく、従来の属州でもない。


ローマという国家システムに完全に組み込まれ、その心臓部である穀物供給を担う、忠実なパートナー。


「クレオパトラは、そのための『楔』だ。彼女が女王としてこの国を治める限り、エジプトは、ローマの最も豊かな食糧庫となるだろう」


数週間後、アレクサンドリアの街は、嘘のように平穏を取り戻していた。


その日、カエサルは、一つの布告を出した。


「女王クレオパトラと共に、ナイル川の視察旅行を行う」と。


それは、ローマへの穀物供給路を確保するという実務を兼ねた、束の間の休息だった。


出発の前夜、カエサルは、レビルスを自室へと呼び寄せた。


「……レビルス。お前にも、休暇をやろう」


カエサルは、穏やかな顔で言った。

「君の計算がなければ、我々は皆、このナイルの砂に埋もれていた。少し、休め。だが、頭だけは休ませるなよ。お前のその頭脳が、次にどんな計算を導き出すのか、楽しみにしているのだからな」


翌朝、レビルスは、港から出発していく、カエサルとクレオパトラの、壮麗な船団を見送っていた。


カエサルの命令により、兵士たちは交代で休息を取ることになった。


そして、レビルス自身も、内乱が始まって以来、初めてとなる長い休みに入った。


最初は、何をすれば良いのか、分からなかった。


あまりにも長い間、極度の緊張状態に身を置き続けていた彼の心と体は、休息の仕方さえ、忘れてしまっていたのだ。


彼は、ただ、漫然と、アレクサンドリアの街を歩いた。


兵士としてではなく、一人の旅行者として。


そんな彼のもとに、休暇を取った仲間たちが、一人、また一人と、顔を見せに来た。


「いやはや、とんでもない街ですな、ここは」


最初に訪ねてきたのは、セクンドゥスだった。彼は、いつもの皮肉めいた口調で、しかし、どこか楽しそうに語った。


「肌の色の違う連中が、そこら中で叫び合ってるかと思えば、ギリシャの小難しい哲学を、酒場で議論してる。俺たちの物差しじゃ、とても測れん街だ」


次にやってきたボルグは、ただ一言、 「……石が、違う」 とだけ報告した。


彼は、休暇中、ずっとファロス灯台の巨大な石組みを、黙々と眺めて過ごしたらしかった。


レビルスは、そんな仲間たちとの、他愛もない会話の中で、少しずつ、本当に、少しずつ、自分を取り戻していった。

彼の心と体にこびりついていた、血と、インクと、そして、無数の数字の重みが、洗い流されていくような気がした。


夜になれば、彼は、宮殿の自室で、ただ、静かに星空を眺めた。


計算のためではない。ただ、その美しさを、感じるためだけに。


それは、彼にとって、本当に、久しぶりの、休息だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

面白いと思っていただけましたら、ブックマークや下の評価(★★★★★)で応援していただけると、大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ