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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第四部 エジプト・王家の内乱

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第十五章:ナイルの戦い

ミトリダテス率いる救援軍が、エジプト東部の要衝ペルシウムを陥落させたという報せは、アレクサンドリアのプトレマイオス13世の陣営を、大混乱に陥れた。


「何をしておる!なぜ、東方からの侵入を、やすやすと許したのだ!」


若き王は、司令官ガニュメデスを激しく詰った。


だが、ガニュメデスは、この新たな脅威を前にしても、冷静だった。


「王よ、ご安心を。これは、むしろ好機。籠城するカエサルは、もはや死んだも同然。我々は、先にこのミトリダテスという田舎貴族の軍を叩き、その後、ゆっくりとカエサルの首を刎ねれば良いのです」


彼は、アレクサンドリアに残す少数の部隊で、カエサルを十分に抑え込めると過信していたのだ。


ガニュメデスは、二正面作戦を避けるため、カエサルをアレクサンドリアに封じ込めたまま、まず先に、より大きな脅威であるミトリダテスの救援軍を叩くことを選択した。


彼は、自らが率いるエジプト軍の主力を率い、アレクサンドリアから東へと、ミトリダテス迎撃のために出撃していった。


その動きは、すぐに、王宮地区で籠城するカエサルの元へともたらされた。


「……閣下!敵の主力部隊が、東へ向かいました!王宮地区の包囲が、手薄になっています!」


伝令の報告に、司令部の天幕は、にわかに活気づいた。


「……愚か者が」

カエサルは、地図を睨みつけ、静かに呟いた。


「俺を、この檻に閉じ込めておけるだけの力を、残しておいたつもりらしいな。その過信が、命取りになるということを、教えてやらねばなるまい」


彼は、この千載一遇の好機を、見逃すはずはなかった。


カエサルは、すぐさま全軍に出撃準備を命じた。


そして、その喧騒の中、彼は一人、クレオパトラの私室を訪れた。


彼女は、窓の外の、慌ただしく動き始めたローマ兵の姿を、静かに見つめていた。


「……行かれるのですね」

クレオパトラが、振り返らずに言った。


「ああ」

とカエサルは頷いた。


「お前の弟は、俺をこの場所に釘付けにしたまま、ミトリダテスを叩けると思っているらしい。その傲慢さが、我々に道を開けてくれた。俺は、今から、この牢獄を出て、ミトリダテスの軍と合流する」


「ご武運を」

クレオパトラは、静かに言った。


その瞳には、不安の色はなかった。ただ、カエサルへの、絶対的な信頼だけがあった。


「一つ、約束しろ」

カエサルは、部屋を出る直前、彼女に言った。


「俺が戻るまで、何があろうと、ここを動くな。お前は、このエジプトの、そしてローマの、最も重要な駒なのだからな」


「……ええ、分かっていますわ。あなた」


クレオパトラは、初めて、カエサルを、ローマの将軍としてではなく、一人の男として、そう呼んだ。


その言葉に、カエサルは、かすかに笑みを浮かべると、今度こそ、決戦の場へと向かっていった。


カエサルの脱出は、驚くほど容易だった。


敵の主力が東へ向かったことで、王宮地区の包囲網は、もはやザルのように、ゆるんでいたのだ。


カエサル軍は、最小限の抵抗を排除すると、あっという間にアレクサンドリアを脱出し、東へと急進軍した。


ミトリダテスを攻撃していたプトレマイオス13世の元に、カエサル脱出の報が届いた時、彼は激しく動揺した。


だが、司令官ガニュメデスは、むしろ好機と捉えた。


「王よ、慌てることはありません。今こそ、ミトリダテス軍を、カエサルが到着する前に、叩き潰すのです!」


彼は、カエサルが到着する前にミトリダテス軍を壊滅させようと、猛攻を開始した。


だが、ミトリダテスもまた優れた指揮官だった。


彼は、巧みな遅滞戦術で、敵の猛攻を耐え抜き、時間を稼いだ。


そして、ついに、カエサル軍の鷲の軍旗が、砂塵の向こうにその姿を現した。二つの軍は、がっちりと合流を果たしてしまったのだ。


その夜、合流したカエサル連合軍の陣営は、数ヶ月ぶりの歓喜と、再会の熱気に包まれていた。


カエサル、レビルス、そして、この奇跡の立役者であるミトリダテスは、司令部の天幕で、固い握手を交わしていた。


「……見事な戦いぶりだった、ミトリダテス」

カエサルが、友の肩を叩いた。


「君が来てくれなければ、今頃、あの川に浮かんでいたのは、我々だっただろう。この恩は、決して忘れん」


「貴方の友でいられたことを、誇りに思います、カエサル」

ミトリダテスは、静かに、しかし、誇らしげに答えた。


そして、彼は、レビルスへと向き直った。


「そして、君が、あの決死の伝令を送ってくれなければ、私は、ここにすらいなかっただろう。君の計算と、君が信頼したあのエルフの斥候に、我々は救われたのだ」


「……私の計算など、最後の最後には、ただの祈りに過ぎませんでした」

レビルスは、静かに答えた。


「その祈りを、現実のものとしてくださったのは、ミトリダテス公、あなたです」


三人の間には、言葉を超えた、深い信頼と友情の空気が流れていた。


「さて」

とカエサルは、地図を広げた。


「再会を祝う宴は、明日の勝利の後にしよう。プトレマイオスの若造は、もはや後がない。必ずや、このナイル川を背に、決戦を挑んでくるだろう。レビルス、最後の仕上げだ。我々が、いかにして、この戦いに勝利するか、その計算を聞かせてもらおうか」


合流して強大になったカエサル連合軍を前に、プトレマイオス13世は、もはや後がなかった。


彼は、ナイル川を背にした丘陵地帯に陣を敷き、カエサルを迎え撃つしか、道は残されていなかった。


そして、アレクサンドリア市外、ナイル川のほとりで、エジプト軍とカエサル連合軍は最後の決戦を行うこととなった。


「全軍、前へ!」


カエサルの号令一下、戦いの火蓋が切って落とされた。


カエサル軍のベテラン兵たちは、数ヶ月の鬱憤を晴らすかのように、エジプト軍の前面へと猛然と突撃する。


一方、ミトリダテスが率いる救援軍は、カエサルの指示通り、大きく迂回し、敵の側面を突くべく、丘陵の陰を疾走していた。


側面を突かれたエジプト軍の戦列は、いとも容易く崩壊した。


一度崩れ始めた陣形は、もはや立て直すことはできない。兵士たちは、我先にと武器を捨て、唯一の逃げ道である、背後のナイル川へと殺到した。


「追撃せよ!一人も逃がすな!」


カエサルの声が、戦場に響き渡る。カエサル軍は圧勝したのだ。


その混乱の只中で、若き王プトレマイオス13世は、必死で生き延びようとしていた。


彼は、数人の護衛に守られ、岸辺に繋がれていていた一隻の小舟に乗り込んだ。


だが、その小舟に、敗走してきた兵士たちが、次々と殺到した。


定員を遥かに超える兵士が乗り込んだ小舟は、大きく傾き、そして、あっけなく転覆した。


プトレマイオス13世は、王の威厳を示すためだけに身につけていた、重い黄金の鎧と共に、ナイルの濁流の中へと、なすすべもなく沈んでいった。


その最期の顔を、誰一人として、見る者はいなかった。


この戦いで、若き王プトレマイオス13世は、ナイル川で溺死したのだ。


王の死。それは、エジプト軍の、完全な敗北を意味していた。


アレクサンドリアでの、長く、そして、あまりにも混沌とした戦いは、こうして、ようやく終わりを告げた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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