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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第四部 エジプト・王家の内乱

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第九章:計算不能の市街戦

アレクサンドリアの夜明けは、エジプト軍の総攻撃を告げる鬨の声によって引き裂かれた。


王宮地区を取り囲む無数の街路から、アキラスが率いる二万の大軍が、ローマ軍が築いたバリケードへと、津波のように殺到した。


「敵が来たぞ!持ち場につけ!」


百人隊長たちの怒声が響き渡る。


静寂の要塞と化していた王宮地区は、瞬く間に、剣と槍がぶつかり合う音、男たちの怒号と悲鳴が渦巻く、混沌の戦場へと姿を変えた。


宮殿の最も高い塔の上から、レビルスは、その戦いの全てを見下ろしていた。


彼の目には、眼下に広がる市街地が、一つの巨大な盤上に見えていた。


そして、その盤上で繰り広げられる戦いは、これまでレビルスが経験してきた野戦とは全く異なる、三次元の市街戦だった。


「ボルグ隊、中央の第一バリケードを死守!敵の突出を許すな!」


「セクンドゥス、左翼の部隊を率いて、あの建物の屋上から敵の側面を突け!」


レビルスは、次々と的確な指示を伝令に飛ばす。


彼の頭脳は、この複雑怪奇な市街地の構造を、驚異的な速度で計算し、最適解を導き出していた。


だが、彼の計算は、すぐに、この戦場特有の、計算不能な変数によって、狂わされていく。


「申し上げます!敵は、広場の地下水路を使って、第二バリケードの背後に出現しました!」


「なんだと!?」


レビルスが持つ地図に、地下水路の存在など記されてはいない。


敵は、地元民しか知らない抜け道を使い、彼の完璧なはずの防衛計画を、いとも容易く覆してくる。


変化し続ける市街地の構造が、彼の計算を嘲笑っていた。


この戦場には、明確な前線など存在しない。


一本の道を進めば、次の角から敵が現れ、建物の窓という窓から、矢や石が降り注いでくる。


そして何よりも、レビルスの計算を狂わせた最大の変数は、市民の敵意だった。彼らは、アキラスの軍団と一体化した、ローマ軍に対する、明確な敵だったのだ。


(……計算、できない)


塔の上で、次々と入ってくる矛盾した報告と、絶え間なく変化する戦況を前に、レビルスは、思わず呟いていた。


彼の築き上げてきた、計算という名の秩序の世界が、アレクサンドリアという、混沌そのもののような戦場によって、根底から揺さぶられていた。


一方、その頃。宮殿の奥深く、クレオパトラの私室では、もう一つの、より静かな戦争が始まっていた。


カエサルが軍事行動で手一杯の中、彼女は宮殿内から動けない自らの状況を打破するため、情報戦を開始していたのだ。


彼女は、幼い頃から自分に仕える、最も信頼の厚い侍女を呼び寄せた。


「……いいわね、カルモス。あなたにしか頼めないことよ」


クレオパトラは、侍女の耳に、囁くように指示を与えた。


「アルシノエ(妹)の侍女の中に、昔、あなたと親しかった者がいたはず。何とかして、その者と接触なさい。そして、こう伝えるのです。『クレオパトラ様は、カエサル様という偉大な方を味方につけられた。それに引き換え、アルシノエ様は、いつまで一介の将軍アキラスの言いなりになっていらっしゃるのかしら……』と」


それは、命令ではなかった。だが、姉への強烈な対抗心を持つ、妹アルシノエのプライドを、最も効果的に傷つける、毒の矢だった。クレオパトラは、敵軍の内部崩壊を狙っていたのだ。


その日の戦闘は、夕刻、エジプト軍が一旦兵を引いたことで、辛うじて終わりを告げた。


ローマ軍は、多大な犠牲を払いながらも、なんとか王宮地区の主要な区画を守り抜いた。


夜、レビルスは、自室で、無数の書き込みによってインクで黒くなった市街図を、ただ呆然と見つめていた。


(このままでは、ジリ貧だ。兵士たちは、見えない敵への恐怖と、終わりの見えない市街戦で、確実に消耗していく……)


彼は、気分を切り替えるように、兵站に関する計算を始めた。


王宮地区内の備蓄は、彼の予想以上に潤沢だった。当面の食料や矢、水に不足はない。


だが、彼の計算が弾き出したのは、それよりも、もっと致命的な問題だった。


(我々は、完全に孤立している。ローマにいるオッピウスたちも、ギリシャのドミティウスも、我々がここで包囲されていることさえ、知らないだろう。このままでは、援軍は来ない。いつまでも)


この情報的な孤立こそが、この籠城戦における、最大のアキレス腱だった。


閉じ込められたままでは、どれほど物資があろうと、いずれはじわじわと追い詰められていくだけだ。


何かが、必要だった。


この混沌とした盤上を、再び、自らの計算の支配下に置くための、絶対的な何か。この閉ざされた戦場に、外部の世界へと繋がる、一本の道をこじ開けるための、鍵が。


だが、その鍵が、どこにあるのか。


レビルスは、宮殿のバルコニーから、煌びやかな市街の灯を見下ろした。


それは、まるで、巨大な獣の目のように、彼らを監視しているように見えた。


彼らが生き残るための道は、あるのか。レビルスの計算は、まだ、その答えを、全く導き出せずにいた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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