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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第四部 エジプト・王家の内乱

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第八章:アレクサンドリア包囲戦

カエサルとクレオパトラが、秘密の同盟を結んでから数日。


アレクサンドリアの王宮地区は、嵐の前の静けさを保っていた。


カエサルは、表向きはエジプト王家の内乱の仲裁者として、ポティヌス派と、クレオパトラの代理人の双方から事情を聞くという、公平な立場を装っていた。


だが、その水面下で、カエサルの心はすでに決まっていた。


その動きを、宦官ポティヌスが気づかないはずはなかった。


彼は、王宮内に張り巡らせた自らの情報網を使い、カエサルの動向を探っていた。


そして、彼の元に、最も恐れていた報せが届けられた。カエサルが、夜な夜な、クレオパトラと密会を重ねている、と。


「……あのローマ人め、やはり、あの小娘と手を組んだか!」


王宮の外、将軍アキラスが駐屯する兵営で、ポティヌスは焦燥に満ちた声で言った。


「このままでは、奴はクレオパトラを女王の座に据え、我々から全てを奪うつもりだ。我々が、あの小娘を都から追い出すのに、どれほどの苦労をしたと思っている!全てが、水泡に帰すぞ!」


「ならば、やるしかあるまい」


アキラスは、自らが率いる屈強な兵士たちを見やりながら、冷酷に言った。


「カエサルの兵は、わずか四千。我々には、その五倍、二万を超える兵がいる。このアレクサンドリアは、我々の庭だ。ローマの田舎者どもに、エジプトの本当の恐ろしさを、教えてやろうではないか」


ポティヌスとアキラスは、カエサルがクレオパトラと手を組んだことを知り、ついに、ローマ軍をこの地から排除するという、最終決断を下したのだ。


その日、アレクサンドリアの空気を震わせ、けたたましい戦いの角笛が鳴り響いた。


王宮地区で警備にあたっていたローマ兵たちは、何事かと顔を上げた。次の瞬間、彼らの目に信じられない光景が飛び込んでくる。


それまで日常の雑多な風景の一部だったはずのアレクサンドリア市民たちが、一斉に武器を手にし、ローマ兵へと襲い掛かってきたのだ。


そして、その背後からは、整然とした隊列を組んだ、重装備のエジプト軍兵士たちが、津波のように押し寄せてきた。


「敵襲!敵襲!」


警報が、王宮地区の隅々まで響き渡る。


カエサルとレビルスがいた宮殿の一室にも、その狂乱の響きは届いていた。


「申し上げます!アキラス率いるエジプト軍、二万以上が、王宮地区を包囲!市街の至る所で、我が軍の歩哨が襲われています!」


伝令が、血相を変えて飛び込んできた。


「……あの宦官め、ついに、牙を剥いたか」


カエサルは、窓の外で上がる黒煙を冷静に見つめながら、静かに呟いた。


その顔に、驚きや恐怖の色はない。まるで、こうなることを予測していたかのように。


レビルスは、すぐさま宮殿の屋上へと駆け上がった。


そして、眼下に広がる光景に、息を呑んだ。


王宮地区を取り囲む全ての街路が、エジプト兵の盾と槍で、完全に埋め尽くされている。


彼らが唯一の生命線としていた港へ続く道も、すでに敵の大部隊によって封鎖されていた。


カエサル軍は、わずか四千の兵力で、巨大な都市の只中に完全に孤立してしまったのだ。


「閣下!これは……」


レビルスが、厳しい表情でカエサルの元へと戻る。


「ああ、分かっている。完全に、包囲されたな」


カエサルは、レビルスが広げた市街図を、指でなぞった。


「敵は二万、我らは四千。兵力差は五倍。補給路は、断たれた。そして、ここは、我々にとって、完全に未知の戦場だ。……面白い。実に、面白いではないか、レビルス」


その声には、絶望ではなく、むしろ、困難な状況を楽しむかのような、不敵な響きさえあった。


「全軍に通達!持ち場を離れず、王宮地区の防備を固めよ!ここが、我々の城だ!」


カエサルの命令が、次々と飛ぶ。


兵士たちは、最初の混乱から立ち直り、百人隊長の指揮の下、一糸乱れぬ動きで防衛態勢を整えていく。


カエサルは、レビルスへと向き直った。


「レビルス、お前は全体の兵站を計算しろ。そして、ボルグを呼べ」


数分後、ドワーフの百人隊長ボルグが、カエサルの前に進み出た。


「ボルグ。お前に、この王宮地区の防御工事の全てを任せる。ありったけの資材を使って、全ての通りにバリケードを築くのだ。設計は、レビルスの計算を参考にしろ。だが、現場での判断は、お前に一任する。ドワーフの石工の血が、役に立つ時が来たな」


「……御意に」


ボルグは、短く、しかし力強く応えると、すぐさま持ち場へと戻っていった。


レビルスは、その光景を見ながら、別の計算を始めていた。


彼らが籠城するこの王宮地区は、それ自体が巨大な要塞だった。


地区内の穀物庫には王家が蓄えた小麦が山と積まれ、武器庫にも矢や武具が潤沢に存在した。当面の食料や矢に、不足はない。


(だが……)


彼の頭脳が弾き出していたのは、その先にある、より本質的な問題だった。


(どれほど潤沢な備蓄があろうと、補給がなければ、いつかは尽きる。この籠城戦が、一ヶ月で終わるのか、半年続くのか、一年かかるのか。それが全く計算できない。我々は、出口のない部屋に閉じ込められ、ただ、砂時計の砂が落ちきるのを待っているのと同じだ)


アレクサンドリアの街に、夜の帳が下りる。


エジプト軍の鬨の声は止み、代わりに、不気味な静寂が、包囲された王宮地区を支配していた。


レビルスは、宮殿のバルコニーから、煌びやかな市街の灯を見下ろした。


それは、まるで、巨大な獣の目のように、彼らを監視しているように見えた。


彼らが生き残るための道は、あるのか。


レビルスの計算は、まだ、その答えを導き出せずにいた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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