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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第四部 エジプト・王家の内乱

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第一章:ファルサルスの戦後処理

ファルサルスでの決定的勝利から、数日が過ぎた。


カエサルの陣営には、まだ戦いの興奮と、兵士たちの深い疲労が色濃く残っていた 。


レビルスは、司令部の天幕で、降伏した二万以上の兵士の武装解除と、彼らをカエサル軍へ編入するための名簿作成という、膨大な事務作業に追われていた。


戦争は、剣を交える時間よりも、その前後に発生する膨大な計算と実務の方が、遥かに長い時間を要するのだ。


その静かな熱狂と倦怠が入り混じる空気を引き裂いたのは、一人の伝令の到着だった。


彼は、ローマから不眠不休で駆けつけてきたかのように、泥と汗にまみれ、カエサルの天幕へと転がり込んできた。


ローマのオッピウスとバルブスからの緊急の密使だった。


天幕の中に、緊張が走る。


カエサルは、書簡に結ばれた封蝋を解くと、その内容に静かに目を通し始めた。


彼の隣に立つレビルスにも、その文面が見えた。


それは、勝利の祝辞などではなかった。

ローマ世界全体で、同時に三つの火の手が上がっているという、三つの絶望的な報告が記されていた。


一つ目は、ローマ。


アントニウスがカエリウスの反乱を武力で鎮圧したものの、その後始末が新たな内乱の火種となりつつあった。


「アントニウスの強硬策は、市民にカエサル派への根深い恐怖を植え付けた。さらに、反乱を鎮圧した兵士たちは、自らが首都の支配者であるかのように増長し、略奪まがいの行為さえ働き始めている。この兵士たちを制御できるのは、彼らが唯一恐れるアントニウス本人しかいない」と。


二つ目は、ヒスパニア。


統治を任せた副官ロンギヌスの悪政により、かつて無血で平定したはずの地で、大規模な反乱が勃発寸前だという。


そして三つ目は、アフリカ。


ファルサルスから逃れた共和派の残党が、クリオを破った部隊と合流し、ヌミディア王ユバと同盟を結んで、巨大な新軍を編成中であるという。


天幕の中は、重い沈黙に包まれた。


ファルサルスでの勝利は、確かに決定的だった。


だがそれは、多頭のヒュドラの首を一つ、切り落としたに過ぎなかったのだ。


「……レビルス」


カエサルは、静かに顔を上げた。


「計算しろ。この三つの戦線に、我々は同時に対処できるか」


レビルスは、パピルスの上に、驚異的な速度で数字を走らせた。


現在動員可能な兵力、各戦線までの距離、補給に必要な時間と物資。


数分後、彼はペンを置くと、静かに首を横に振った。


「不可能です。全ての戦線に同時に対処するのは不可能であると、計算は示しています。我々の戦力は、あまりにも分散しすぎている。一つずつ、着実に火を消していくしかありません」


カエサルは、その答えを予測していたかのように、深く頷いた。


彼はレビルスと二人で今後の全体戦略を検討し、そして、将軍たちを前に、自らの決断を語り始めた。


「全ての源はポンペイウスだ。アフリカの新軍も、ヒスパニアの反乱分子も、彼の名を旗印としている。彼の身柄を押さえぬ限り、この戦いは終わらん」


カエサルは、そこで一度言葉を切ると、意外な言葉を続けた。


「だが、彼の首を取ることが、我々の目的ではない。それでは、彼は共和政の殉教者となり、ラビエヌスのような男たちが、その名を掲げて永遠に戦い続けるだろう。我々がすべきことは、ただ一つ。ポンペイウスの身柄を確保し、彼に『慈悲クレメンティア』を示すことだ」


その言葉に、天幕にいたアントニウスたちが息を呑んだ。


「そうだ。私は、彼を赦免し、再びローマの第一人者として迎え入れる。私とポンペイウス、二人で、この国を再建するのだ。それこそが、アフリカにいる共和派の残党から、戦う大義名分を完全に奪い去る、唯一の道だ。彼らは、もはや『ポンペイウスのために』と叫ぶことはできなくなるのだからな」


それは、単なる軍事作戦を超えた、壮大な政治的構想だった。


敵の領袖を赦し、味方に引き入れることで、全ての戦いを終わらせる。


「そのためには、まず、我々の足元を固める必要がある」


カエサルは、アントニウスへと向き直った。


「アントニウス。君に、最重要任務を与える。君は、疲弊した軍団の一部を率いて、一足先にイタリアへ帰還せよ。そして、私の代理、**騎兵長官マギステル・エクィトゥム**として全権を振るい、首都の秩序を回復させよ。私が、この内乱を終わらせるための盤面を整える間、ローマを守ってくれ」


「……御意に」


アントニウスは、その壮大な構想の一翼を担う重責に、武者震いを抑えながら応えた。


「ギリシャと小アジアに残る主力軍団の指揮は、ドミティウス・カルウィヌスに任せる。地域の平定が、君の任務だ」


天幕にいたドミティウスは、深く一礼した。


そして、カエサルは、最後にレビルスへと向き直った。


「そして、我々は、ポンペイウスを追う」


彼は、最も信頼する第10軍団などの精鋭のみを率い、ポンペイウスを追ってエジプトへ向かうと宣言した。


「レビルス、君も来てもらう。君の計算が、この追撃戦の、いや、この内乱を終わらせるための最後の仕上げの成否を決める」


将軍たちは、それぞれの任務を胸に、天幕を出て行った。


ファルサルスでの勝利の余韻は、もはやどこにもなかった。


彼らの前には、あまりにも広大で、そして、あまりにも多くの敵が待ち構えている。


レビルスは、アレクサンドリアへと向かう船団を編成するため、すぐに計算を始めた。


彼の心には、ファルサルスの戦場で感じた、内乱への虚しさがまだ残っている。


だが、今は、感傷に浸っている時間はない。


ローマの運命を決める、次なる戦いは、もう始まっているのだから。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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