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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第三部 ギリシャ決戦

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第十四章:ローマの激震・元老院

ギリシャからの凶報は、嵐のようにローマを駆け巡った。


カエサル、デュッラキウムにて大敗北を喫す。千人近い兵を失い、ラビエヌスの前に無様に敗走。


そして、降伏した兵士たちは、見せしめとして全員処刑された、と。


その報せは、帝国の心臓を、根底から揺るがした。


特に、その衝撃が最も大きな地鳴りとなって響いた場所、それが元老院セナトゥスだった。


「聞いたか!カエサルが敗れたそうだ!」


「ポンペイウス様こそ、真のローマの守護者だったのだ!」


カエサル敗北の報がローマに届き、それまでカエサルの権勢を恐れて沈黙を守っていた議場は、一夜にして異様な熱気に包まれた。


これまで日和見を決め込んでいた中立派の議員たちは、手のひらを返したようにポンペイウスを称賛し始め、勝ち馬に乗ろうとする日和見な議員たちが、あからさまな媚びを元老院内の共和派へと送り始めた。


その光景を、議場の片隅から、二人の男が冷徹な目で見つめていた。


カエサルの代理人、ガイウス・オッピウスとルキウス・コルネリウス・バルブス。


「……見事な手のひら返しだな」


バルブスが、侮蔑を隠そうともせずに吐き捨てた。


彼の目には、狂喜乱舞する議員たちが、まるで腐肉に群がるハイエナのように映っていた。


「カエサル様がルビコンを渡った時、彼らは恐怖に震え、カエサル様がヒスパニアを平定した時、彼らは媚びへつらってきた。そして今、一度の敗北で、これだ。彼らの忠誠心など、風見鶏よりもあてにならん」


「これが人間の本質だよ、バルブス」


オッピウスは、静かに応じた。


彼の冷静さは、このパニックの中にあって、むしろ不気味なほどだった。


「彼らは、カエサル個人にも、ポンペイウス個人にも忠誠を誓ってはいない。彼らが信じているのは、ただ『勝利』という名の神だけだ。そして今、その神がポンペイウスに微笑んだと、彼らは信じている」


オッピウスの視線は、さらに痛ましいものへと向けられていた。


それは、議場の中でうろたえ、周りの熱気に気圧されて浮足立つ、信念の薄いカエサル派議員たちだった。


彼らは、カエサルの理念に共感したのではなく、彼の金と権勢に惹かれて集まってきた者たちだ。


その源泉が揺らいだと見るや、彼らは蜘蛛の子を散らすように、我先にと保身の道を探し始めている。


「レピドゥスも、もはや議場を制御できていない。彼の高潔な理想論は、剥き出しになった欲望の前では無力だ」


バルブスは、議員たちをまとめようと必死に声を張り上げている法務官の姿を見て、嘆息した。


このままでは、カエサル派は内側から崩壊する。


カエサルがギリシャの戦場で命を落とす前に、ローマにおける彼の政治的生命が、ここで終わってしまう。


議場が散会した後、二人は書斎に戻り、すぐに密談を始めた。


このパニックの中で、二人は必死の政治工作を開始するしかなかった。


「まず、情報の流れを制御する」


オッピウスが、指を折りながら、冷徹に語り始めた。


「カエサルの敗北を、可能な限り『戦略的撤退』であったと吹聴させろ。我々の情報網を使い、市内に噂を流すのだ。『ポンペイウス軍の損害も甚大であった』、『カエサルは、敵をより有利な決戦の地へ誘い込むために、敢えて退いたのだ』、と。真実かどうかは問題ではない。市民と元老院に、一瞬でも『迷い』を生じさせることが重要なのだ」


「次に、金だ」


バルブスが、その言葉を引き継いだ。彼の目は、もはや商人としての冷酷な光を宿していた。


「浮足立っているカエサル派の議員、そして、勝ち馬に乗ろうとしている中立派。彼らのリストは、すでにある。一人一人に接触し、カエサル様から預かった『活動資金』を配る。彼らの忠誠心が金で買えるのなら、我々はそれを買うまでだ。彼らに思い出させてやるのだ。ポンペイウスの勝利はまだ確定したわけではないが、目の前にあるカエサルの金は、本物だ、と」


それは、正義も、理念も、大義もない、あまりにも現実的で、そして汚れた戦いだった。


情報操作と、買収。


だが、彼らは躊躇わなかった。カエサルが築き上げた全てが、今、ここで崩れ落ちようとしているのだ。


綺麗事を言っている余裕など、どこにもなかった。


「……やるしかないな」


「ああ、やるしかない」


二人は、短い言葉を交わすと、すぐさま行動を開始した。


オッピウスは、彼の配下である無数の密偵たちへ指令を出すべく、手紙を書き始めた。


バルブスは、帳簿を広げ、議員たちの買収に必要な、莫大な金額を算出し始めた。


ギリシャの戦場では、剣と槍が火花を散らしている。


だが、ここローマでは、金と情報、そして人間の欲望を操る、もう一つの静かな戦争が、今まさに、始まろうとしていた。


カエサルが奇跡を起こしてギリシャから生還する、その日まで、このローマを、この元老院を、何としてでも持ちこたえさせる。


二人の男の双肩に、今、帝国の、そしてカエサルの運命そのものが、重くのしかかっていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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