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内乱記異聞  作者: 奪胎院
序章:内乱前夜

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第四章:二つの密命

ガリア全土がローマの武威の前に沈黙した、最初の冬。


長く続いた戦いの喧騒は遠のき、雪に覆われた冬営地には、冷たく澄んだ静寂と、兵士たちの束の間の休息があった。


天幕から立ち上る炊事の煙と、時折響く鍛冶の音だけが、この雪深い砦に今も数万のローマ兵が息づいていることを示している。


しかし、その中央に位置する総司令官ガイウス・ユリウス・カエサルの天幕の中だけは、次なる戦いに向けた静かな熱を帯びていた。


天幕の中は、驚くほど質素だった。


豪華な装飾品はなく、あるのは使い古された野戦用の椅子と机、そして壁という壁に掲げられた巨大な地図だけだ。

ガリアの地図に隣接して、イタリア半島の詳細な地図が広げられている。その二つの地図の間で、ランプの油がはぜる音が、やけに大きく響いていた。


「…以上が、ウクソドゥヌム陥落までの戦闘報告です」


レビルスが羊皮紙の巻物を置くと、カエサルは満足げに頷いた。


彼の前には、副官のティトゥス・ラビエヌスも控えている。ガリアを征服したカエサルの、右腕と左腕とも言うべき二人の男が、そこにいた。


ウクソドゥヌムでの虐殺をその目に焼き付けて以来、レビルスの心には常に重い澱が残っていたが、カエサルの前に立つ今は、それを奥底に沈めていた。


「君の功績は認めよう、レビルス。ウクソドゥヌムでの仕事ぶりは見事だった。君の計算が、無駄な血を流さずに最後の抵抗を終わらせた」


カエサルはそう言うと、ラビエヌスに視線を向けた。


「ラビエヌス、君も異論はあるまい」


「ええ。レビルス副官の兵站と工兵の知識は、もはや一個軍団に匹敵します。彼の数字は、我々の剣と同じく、確かな武器ですな」


ラビエヌスの言葉に、驕りも嫉妬もない。純粋な、戦士から戦士への評価だった。


その言葉を受け、カエサルは本題を切り出した。


「ガリアでの戦いは終わった。だが、本当の戦いはこれからだ。ローマで始まる、音も無く血も流れぬ、『静かなる戦争』がな」


カエサルの目が、天幕のランプの光を反射して鋭く光る。


「元老院の老人共は、我々を国家の敵として潰しにかかってくるだろう。その武器は法でも軍団でもない。金と、情報だ。この経済戦争の頭脳は、ローマにいる我が腹心、オッピウスとバルブスが担う。バルブスはローマ中の金の流れを掌握し、敵の資金源を干上がらせる。オッピウスは、その混乱に乗じて元老院議員たちの間に不和の種を蒔く。彼らが既に、敵の足元を静かに揺さぶり始めている」


カエサルは、今度はレビルスを真っ直ぐに見据えた。


「だが、どれほど優れた策も、弾薬なくしては戦えん。レビルス、君への密命は二つ。一つ、ガリア全軍の情報網を完全に掌握し、最適化せよ。そして二つ目だ。君には、このガリアの全ての富――戦利品、鉱山、そして各部族からの貢納――その経済活動の全てを管理・運用する全権を委ねる。君の計算でガリアの富を金に変え、ローマのオッピウスたちへ、尽きることのない弾薬として送り届けよ」


それは、一介の副官が担うにはあまりに重い、国家の財源そのものを任せるに等しい命令だった。ラビエヌスですら、その壮大な計画に息を呑む。


レビルスの脳裏に、かつて夢見た穏やかな人生がよぎった。


どこかの属州で、静かに数字と向き合い、誰にも邪魔されずに計算に没頭する。

それが、彼の唯一の願いだったはずだ。


だが、カエサルが提示しているのは、そんな個人的な幸福とは次元の違う、世界そのものを計算式に組み込むような、途方もない仕事だった。


その仕事の先には、ローマ全土を巻き込む、血で血を洗う内乱が待っているかもしれない。


一瞬の沈黙の後、レビルスは静かに、しかし決然と口を開いた。


「閣下。私の願いは、今も昔も変わりません。出世でも名誉でもなく、どこか後方の地で、のんびりと計算だけして暮らせれば、それに勝る幸福はないと、今でも思っております」


彼は続けた。その声には、不思議なほどの落ち着きがあった。


「ですが、この数年間、あなたの下で戦い、計算し、そしてあなたの描く未来に触れました。もはや、私にとっての幸福は、あなたの作る未来を見届けること、そして、私の計算がその未来の礎となること、それ以外にはありえません。あなたがローマへ行くのなら、私も行く。あなたが世界の果てへ行くのなら、私もついていく。それが、私の計算が出した、唯一の答えです。この身も、この頭脳も、あなたのものです」


その言葉に、カエサルは深く頷き、静かに立ち上がった。彼はまず、ラビエヌスの肩に手を置いた。


「ラビエヌス。お前は、我が最強の剣だ」


そして次に、レビルスの肩に手を置く。


「そしてレビルス。お前が、我が軍団の全てを支える頭脳となる」


カエサルは二人を見渡し、静かに、しかし絶対的な確信を込めて告げた。


「お前たちの力で、私が願う未来を現実にしてもらう。良いな」


天幕の外では、ガリアの冬の夜が静かに更けていく。


この日この瞬間、カエサルという巨大な歯車が、ラビエヌスという武勇と、レビルスという計算、二つの強力な歯車を確かに噛み合わせ、ローマの運命を回し始めた。


しかし、その強固に見えた連携が生み出す熱が、やがて一つの歯車を焼き切り、砕け散らせる運命にあることを、まだ誰も知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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