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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第三部 ギリシャ決戦

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第二章:将軍たちの評定

前夜の秘密評定から一夜明けたローマは、冬の澄んだ空気に包まれていた。


だが、カエサルの私邸の一室で開かれた公式な軍事評定は、熱気を帯びていた。


ヒスパニアから共に帰還した副官クィントゥス・ファビウス・マクシムス、イタリア本土の統治を担ってきたマルクス・アントニウス、そしてつい先日、マッシリアを陸と海から完全に屈服させた二人の専門家、攻城戦の指揮官ガイウス・トレボニウスと、艦隊を率いたデキムス・ユニウス・ブルトゥス。


カエサル派の主要な将軍たちが、勝利の栄光をその身にまとって一堂に会している。


部屋の中央に座る独裁官カエサルは、集まった将軍たちの顔を一人一人、ゆっくりと見渡した。


その視線には、昨夜レビルスだけに見せた苦悩の色はなく、絶対的な指導者としての自信と威厳だけが満ちている。


「諸君、集まってもらったのは他でもない」


静かだが、よく通る声が響き渡ると、将軍たちの間に漂っていたわずかな私語がぴたりと止んだ。


「ヒスパニアは平定した。マッシリアも我々に降った。だが、内乱は終わってはいない。蛇の頭は、まだ健在だ。グナエウス・ポンペイウスはギリシャで東方の属州から集めた大軍を率い、我々を待ち構えている」


カエサルは立ち上がると、壁に掛けられたギリシャの地図を指し示した。その動きに、全ての視線が吸い寄せられる。


「我々はギリシャへ渡り、ポンペイウスの主力を叩く」


その宣言は、あまりにも直接的で、あまりにも大胆だった。


制海権を敵に握られ、輸送船も不足しているという絶望的な状況を、彼はおくびにも出さない。


ただ、揺りぎない事実として、作戦の骨子を叩きつけた。

将軍たちの間に、緊張と興奮が入り混じったどよめきが走る。


その中で、アントニウスが猛々しい光を宿した瞳で、カエサルを真っ直ぐに見つめていた。


カエサルは、その反応を意に介さず、評定を続ける。彼の思考は、常に具体的かつ現実的だ。


「我々がイタリアを留守にする間の統治体制を伝達する」


彼はまず、評定の末席で複雑な表情を浮かべている法務官レピドゥスに視線を向けた。


「首都ローマの行政は、引き続き法務官レピドゥスに一任する。市民の安定が、我々の後背を支える礎となる。重責だが、頼んだぞ」


名門貴族であるレピドゥスは、カエサルの非合法な手段に内心では苦悩しつつも、その言葉に深く頷き、責務を受け入れた。


続いて、カエサルはイタリア各地の守備を担う将軍たちに目を移す。


「プランクス、セクスティウス、両名はイタリアに残り、新兵の訓練と、ギリシャへ送る物資の管理、兵站の維持を監督せよ。前線と同じく、重要な任務だ」


二人の将軍は、異論なく命令を受諾した。


そしてカエサルは、マッシリアを陥落させた功労者たちに向き直った。


「トレボニウス、君の攻城の腕は証明済みだ。ギリシャの諸都市が我々に牙を剥いた時、その技術が再び必要となるだろう。遠征軍の工兵部隊の総責任者として、同行を命ずる」


「はっ。このトレボニウスにお任せを」


歴戦の将は、静かに、しかし自信に満ちた声で応えた。


「デキムス・ブルトゥス」


カエサルは、若き艦隊司令官へと視線を移す。


「マッシリアでの働き、見事だった。君の艦隊指揮能力は、もはや疑う者などおるまい。その腕を、次なる決戦でも存分に振るってもらう。君を、ギリシャ遠征における艦隊司令官に任命する。我々全軍の命運を乗せた輸送船団の指揮を、君に託す」


「承知いたしました。必ずや、全軍を対岸へと送り届けてみせます」


若き司令官は、困難な任務であると理解しつつも、揺るぎない決意を込めて答えた。


最後に、カエサルは燃えるような視線を向けてくるアントニウスを見た。


「マルクス・アントニウス。君は、此度のギリシャ遠征軍における私の副司令官とする。私と共に、最前線に立ってもらう」


「はっ!このアントニウス、持てる力の全てを捧げます!」


アントニウスは、その場で片膝をつきそうなほどの勢いで、高らかに応えた。


レビルスは、その一連の光景を冷静に観察していた。


彼の席は、カエサルのすぐ傍らにある。他の将軍たちとは一線を画す、特別な位置。


誰もが、レビルスがこの作戦の立案に深く関わっていることを理解していたが、その作戦がどれほど「不可能」に近いものであるかを知る者は、この場にいない。


(デキムスが率いる輸送船団といっても、その船の数が絶望的に足りないことを知る者はいない。アントニウスは戦に逸り、トレボニウスは上陸後の攻城戦に思考を巡らせている。誰もが、カエサルが「渡る」と言ったのだから渡れるのだと、疑いすらしていない……)


その絶対的な信頼が、この軍団の強さの源泉だった。


だが、その信頼という名の重圧を、現実の数字へと変換する責務は、ただ一人、レビルスの双肩にかかっている。


(そして、その「どうやって」を可能にするのが、俺の仕事だ……)


レビルスは、改めて自らの責任の重さを噛み締めていた。


これから彼が挑むのは、戦術や戦略といった華々しいものではない。


船の数、積載量、兵士一人が一日に消費する食料と水の量、航行距離、風向き、敵艦隊の巡回ルートの確率論的予測。


それら無数の数字を組み合わせ、絶望的な現実の中から、針の穴のような一点の「可能性」を導き出す、孤独な計算。


評定が終わり、将軍たちが各々の任務を遂行すべく退出していく。


部屋には、カエサルとレビルス、そしてカエサルの護衛を務める数名の百人隊長だけが残った。


「皆、やる気に満ちているな」


カエサルが、まるで独り言のように呟いた。


「ええ。閣下の言葉には、それを現実にする力がありますから」


レビルスが静かに応える。カエサルは、その答えに微かに笑みを浮かべると、レビルスに向き直った。


「ブルンディシウムに全軍を集結させる。そこが、我々の作戦開始地点だ。それまでに、君の『答え』を期待している」


その声は、昨夜の二人きりの時のものと同じ、絶対的な信頼に満ちていた。


「は。必ずや」


レビルスは深く一礼した。部屋を出ると、冬の陽光が眩しく目に飛び込んでくる。


ローマの街は、まだ勝利の余韻に浸っている。だが、レビルスの心には、すでにアドリア海の冷たい波音が聞こえていた。


評定は終わった。賽は、再び投げられようとしている。


今度は、ローマの、そして彼ら自身の運命そのものを賭けて。


レビルスは、次なる戦場へと向かう覚悟を胸に、自室へと足を向けた。そこには、おびただしい数のパピルスと、無限の計算が彼を待っているはずだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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