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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第二部:ヒスパニア・西方の戦い

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第四章:二人の専門家

その夜、マッシリアを見下ろす丘に設営されたカエサルの天幕には、重苦しい空気が垂れ込めていた。


予期せぬ足止めを食らい、ヒスパニアへの進軍計画は、開始早々、大幅な修正を余儀なくされた。


将軍たちの顔には、焦りと苛立ちの色が浮かんでいた。


その沈黙を破ったのは、レビルスだった。


彼は、夜を徹して練り上げた、新たな計画の全貌を、集まった指揮官たちに告げ始めた。


「…マッシリアの城壁は、ガリアのどの都市のものよりも堅牢です。加えて、彼らは強力な海軍を保有し、海上からの補給路を完全に確保している。正攻法でこの都市を攻めれば、陥落までに数ヶ月を要し、我々の兵力は甚大な被害を受けるでしょう。それは、我々が最も避けねばならない事態です」


レビルスは、机の上に、一枚の巨大な設計図を広げた。


そこには、マッシリアの陸側の城壁を取り囲む、巨大な攻城兵器と陣地の配置が、幾何学的な精密さで描かれていた。


「故に、我々が取るべき策は、ただ一つ。陸と海、二つの方向から、同時に、そして完璧な**『封鎖』**を行うことです。敵の補給路を完全に断ち切り、その戦意を内側から枯死させるのです」


「陸の封鎖は、この設計図で可能だろう。だが、海はどうする?」


一人の将軍が、最もな疑問を口にした。


「我々には、まともな艦隊がない。敵の海軍に、どうやって対抗するというのだ?」


その問いに、カエサルが、静かに答えた。彼の声には、絶対的な確信が宿っていた。


「そのための、専門家がいる」


カエサルは、まず、攻城戦の大家である、ガイウス・トレボニウスに向き直った。


「トレボニウス。レビルスの計算は、常に『何を』なすべきかを示す。それを『いかにして』実現するかは、その道の専門家である、お前の仕事だ。私は、このマッシリアの陸からの包囲、その全てをお前に一任する。この設計図を見て、やれるか、やれないか」


トレボニウスは、その落ち着いた目で、レビルスの設計図を、食い入るように見つめていた。


彼の指が、図面に描かれた巨大な攻城櫓や、土塁の構造を、ゆっくりとなぞっていく。

長い沈黙の後、彼は、静かに顔を上げた。


「…この計画は、常軌を逸しております。あまりにも、大胆で、野心的だ。ですが」


彼は、初めて、かすかな笑みを浮かべた。


「その工学理論は、完璧に理に適っている。ええ、カエサル閣下。やれます。私に、三つの軍団をお預けいただければ、この街を、蟻一匹這い出せぬように、塞いでご覧にいれましょう」


その言葉には、最高の職人だけが持つ、静かな誇りが満ちていた。


陸の専門家がその任を引き受けたことで、天幕の中の空気は、少し和らいだ。カエサルは、次に海の問題に視線を移した。


「海については、今ここにいない男に任せる」


カエサルは、きっぱりと言った。


「我が艦隊司令官、デキムス・ブルトゥス。彼に、伝令を送れ。至急、アレラテの街で、十二隻の軍艦を建造し、このマッシリアの海上封鎖を完遂せよ、と。船の建造に必要な人員と資材は、レビルスが全て手配する」


その命令に、将軍たちは再びどよめいた。


今から船を建造するというのか。しかも、それをこの場にいない司令官に任せるという。


「閣下、それはあまりに…」


「デキムスなら、やれる」


カエサルは、全ての反論を、その一言で封じた。


「彼こそは、我が軍最高の海の専門家だ。ガリアのウェネティ族との海戦で、不可能を可能にしてみせた男だ。彼ならば、必ずや我々の期待に応えてくれるだろう」


その若き司令官への、絶対的な信頼。それが、カエサルという男の、もう一つの強さだった。


「…決まりだな」


カエサルは、満足げに頷くと、立ち上がった。


「トレボニウス。この都市の陸の包囲は、お前に預ける。レビルスの計算と、そして、私の全幅の信頼を、お前に与える。決して、しくじるな」


カエサルは、レビルスと共に、天幕の外に出た。


ヒスパニアへ向かう本隊は、すでに出発の準備を整えている。


レビルスは、トレボニウスに、分厚い羊皮紙の束を手渡した。


そこには、攻城兵器のより詳細な設計図や、あらゆる不測の事態を想定した、計算の全てが記されていた。


デキムスへ送る、艦隊建造の工程表も、すでにその中に含まれていた。


「…健闘を祈る」


レビルスが短く告げると、トレボニウスは静かに頷いた。


計算者と、実行者。二人の天才の間に、言葉はもはや不要だった。


カエサルとレビルス、そしてファビウスが率いる本隊は、マッシリアの地に、トレボニウスとその軍団を残し、再び西へと、本来の目的地であるヒスパニアへと、その歩みを進め始めた。


レビルスは、行軍の途中、一度だけ、背後のマッシリアを振り返った。


自らが描いた設計図が、今、他の者たちの手によって、現実のものとなろうとしている。


それは、巨大な機械のスイッチを入れ、その場を離れるような感覚だった。機械が設計通りに動くか、それとも、予期せぬ要因で暴走するか。もはや、自分の手で直接修正することはできない。


(…計算は、完璧なはずだ)


彼は、自らにそう言い聞かせた。


だが、彼の頭脳は、すでにマッシリアの問題を離れ、前方にそびえる、ヒスパニアという、より巨大で、より複雑な問題の計算を始めていた。


西方の戦いは、今、二つの戦場で、同時に始まろうとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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