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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第二部:ヒスパニア・西方の戦い

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第三章:マッシリアの反逆

ローマを出立したカエサル軍は、一路西へ、ヒスパニアを目指して進軍していた。


イタリアの肥沃な大地を抜け、ガリア・トランサルピナ(南フランス)へと入ると、風景は一変した。


太陽はより強く照りつけ、オリーブの木々が立ち並び、空気は乾いた潮の香りを運んでくる。


兵士たちの士気は高かった。イタリアでの連戦連勝、そしてローマでの短い休息が、彼らの心身に新たな活力を与えていた。


「…しかし、遠いな」


古参兵のセクンドゥスが、街道の脇に腰を下ろしながら、いつものように悪態をついた。


「イタリアを獲ったと思ったら、今度はヒスパニアの果てまで歩かされるとは。俺たちの足は、一体どこまで伸びるんだ?」


「文句を言うな、セクンドゥス」


若き旗手のルキウスが、その隣で汗を拭いながら、真面目な顔で言った。


「我々は、カエサル閣下の手足だ。閣下が命じられれば、世界の果てまでだって進むのが、我々の務めだろう」


その生真面目なやり取りを、レビルスは、静かな笑みを浮かべて聞いていた。


彼の心は、この仲間たちと共に戦場にいる時、不思議なほどの平穏を感じていた。


やがて、彼らの前方に、地中海の青い水面と、そこに浮かぶようにして広がる、巨大な都市が見えてきた。


ギリシャ系植民都市、マッシリア(現在のマルセイユ)。


古くからローマの忠実な同盟市として、経済的にも軍事的にも重要な役割を担ってきた、美しく、そして誇り高き港湾都市だ。


カエサルは、このマッシリアで補給を行い、ヒスパニアへの進軍路の安全を確保するつもりだった。


だが、彼の考えが、あまりにも楽観的であったことを、レビルスたちはすぐに思い知らされることになる。


マッシリアの城門は、固く閉ざされていた。


城壁の上には、無数の兵士たちの姿が見える。


やがて、都市の長老たちが、城門の前に姿を現した。彼らは、カエサルに対して深々と頭を下げたが、その言葉は、カエサルの予想を完全に裏切るものだった。


「偉大なるガイウス・ユリウス・カエサル殿。貴殿のローマにおける名声は、我々も聞き及んでおります」


長老の一人が、丁寧だが、揺るぎない口調で言った。


「ですが、我々マッシリアは、古くからローマの友邦ではありますが、ローマ人同士の内乱に、どちらか一方の側で加担するつもりはございません。我々は、貴殿と、そして偉大なるグナエウス・ポンペイウス殿、お二方に対して、等しく中立を宣言いたします。つきましては、我々の街に、貴殿の軍団が入城することはお断り申し上げたい」


その言葉に、カエサル軍の将校たちの間に、怒りの声が上がった。


だが、カエサルは、それを手で制すると、静かに問い返した。


「…中立、とな。それは、ポンペイウスの軍にも、城門を開かない、と解釈してよいのだな?」


「もちろんです」


長老は、よどみなく答えた。だが、その時、彼の背後の城壁の上から、カエサル軍の誰もが見知った顔が、姿を現した。


ルキウス・ドミティウス・アヘノバルブス。


コルフィニウムでカエサルに命を救われ、その寛容によって解放されたはずの、あの男だった。


彼は、カエサルを嘲笑うかのように、城壁の上から、憎悪に満ちた視線を投げかけていた。


その瞬間、カエサルの周囲の空気が、凍り付いた。


彼の顔から、全ての表情が消え失せた。そこにあったのは、絶対零度の怒りと、裏切りに対する、底知れない失望だった。


「…そうか。それが、貴殿らの答えか」


カエサルの声は、地を這うように低かった。


「ならば、もはや言うことはない。貴殿らは、自らの手で、ローマとの長きにわたる友情を断ち切った。その愚かな選択が、どのような結果を招くか、その身をもって知るがよい」


カエサルは、マッシリアの長老たちに背を向けると、すぐさまその場で、軍議を開いた。


「閣下! このような小都市、無視してヒスパニアへ急ぐべきです!」


一人の将軍が、声を荒げた。


「いや」


その言葉を遮ったのは、レビルスだった。彼は、即座に頭の中で計算を終えていた。


「それは不可能です。マッシリアは、ガリアとイタリアを結ぶ、我々の兵站線の喉元に位置しています。そして、彼らは強力な海軍を保有している。もし、我々がこの都市を背後に残したままヒスパニアへ進軍すれば、我々の補給路は、陸からも、海からも、完全に遮断されるでしょう。そうなれば、我々がヒスパニアで勝利する確率は、限りなくゼロに近くなる。この都市は、絶対に、叩き潰しておかねばなりません」


レビルスの冷徹な分析は、激情に駆られかけていた将軍たちの頭を、冷やした。


カエサルは、黙ってレビルスの言葉を聞いていたが、やがて、決然とした声で、最終的な命令を下した。


「レビルスの言う通りだ。この都市の反逆は、見過ごすわけにはいかん。ヒスパニアへの進軍は、一時中断する」


その一言で、全ては決した。


ヒスパニアを目指していたはずの巨大な軍団は、その進軍を停止し、美しき港湾都市マッシリアと対峙した。


レビルスは、マッシリアの堅牢な城壁を見上げながら、心の中で、新たな計算を開始していた。


予期せぬ障害。計画外の変数。


だが、それらを全て計算に組み込み、ねじ伏せ、勝利という唯一の解を導き出すことこそが、彼の役目だった。


西方の戦いは、その序盤で、早くも、新たな戦端を開こうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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