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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第一部:イタリア電撃戦

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第十一章:ブルンディシウムの攻防

ブルンディシウムの港に到着したカエサル軍は、休息を取ることもなく、すぐさま行動を開始した。


兵士たちの顔には、常軌を逸した強行軍による疲労が、まるで仮面のように張り付いている。


だが、その瞳の奥には、巨大な目的を前にした、異様な熱気が宿っていた。彼らの視線の先には、アドリア海の青い水面と、そこに浮かぶポンペイウス軍の巨大な艦隊があった。


「…間に合った、と言うべきか。ギリギリだな」


古参兵のセクンドゥスが、悪態をつくように、しかし、その声には安堵の色を滲ませて言った。


港には、すでに多数の輸送船が集結し、兵士や物資を船内へと運び込む作業が急ピッチで進められている。


あと数日、いや、一日でも到着が遅れていれば、全ては手遅れになっていただろう。


レビルスは、その光景を丘の上から冷静に見下ろしていた。


彼の頭の中では、すでに行軍中に練り上げた、狂気的な港湾封鎖作戦の全てが、完璧な手順となって組み上がっていた。


彼は、隣に立つカエサルに向き直ると、静かに告げた。


「閣下。これより、港の封鎖工事を開始します」


カエサルは、黙って頷いた。その目は、レビルスに絶対的な信頼を寄せていることを、何よりも雄弁に物語っていた。


命令は、もはや不要だった。この戦場において、工兵作業に関する限り、レビルスの言葉が、カエサルの言葉そのものだった。


レビルスは、仲間たちを呼び寄せると、最後の指示を与えた。


「ボルグ、セクンドゥス、お前たちは第一陣を率いて、港の両岸から、同時に工事を開始しろ。ガレウス、ルキウス、お前たちは第二陣だ。敵の妨害に備え、常に警戒を怠るな。シルウァヌス、お前は私の側を離れるな。敵艦隊の動きを、逐一報告しろ」


「「「御意に!」」」


仲間たちの力強い返事と共に、ローマ史上、最も壮大で、最も無謀な工事が開始された。


第一陣の兵士たちが、まず港の両岸から、海に向かって巨大な土台を築き始めた。


それは、ガレウスのアイデアを元にレビルスが設計した、巨大な粗朶の籠だった。


兵士たちは、近くの森から切り出してきた枝や蔓を編み上げ、それを次々と海中へと投下していく。


「もっと速度を上げろ! 敵は我々の意図に気づいているぞ!」


ボルグが、ドワーフならではの野太い声で檄を飛ばす。


その言葉通り、港に浮かぶポンペイウス軍の艦隊から、数隻の小型戦闘艦がこちらに向かってきた。船の上からは、無数の矢が放たれる。


「盾を構えろ! 隊列を崩すな!」


セクンドゥスが、老練な指揮で兵士たちを動かす。


降り注ぐ矢を盾で防ぎながらも、兵士たちの作業は止まらない。


巨大な籠が海中に沈められると、別の部隊が、その中に次々と石を運び込み、重しとする。


だが、敵の妨害は、それだけではなかった。


「レビルス殿!」


シルウァヌスが、鋭い声を上げた。


「敵艦隊、投石機をこちらに向けてきます!」


その言葉と同時に、唸りを上げて、巨大な石弾が飛来した。それは、レビルスたちがいる丘の手前に着弾し、大地を揺るがした。


「計算通りだ。慌てるな」


レビルスは、冷静に告げた。


「敵の狙いは、我々の指揮系統を混乱させることにある。だが、あの位置からでは、正確な照準は不可能だ。作業を続けさせろ」


レビルスの計算通り、敵の投石は、味方に被害を与えることなく、虚しく周囲の地面を抉るだけだった。だが、その着弾音と振動は、兵士たちの恐怖を煽るには十分だった。


「怯むな!」


若き旗手、ルキウスが、自らが掲げる鷲の軍旗を高く突き上げた。


「我々は、ローマの未来を築いているのだ! 神々は、我らと共にある!」


その理想に燃える声が、恐怖に怯えそうになる兵士たちの心を、再び一つにした。


一方、海中では、獣人のガレウスが、その本領を発揮していた。


彼は、人間離れした身体能力で、荒れ狂う冬の海に何度も潜り、水中の籠の位置を正確に固定していく。


彼の獰猛な動きは、まるで海の神そのもののようだった。


日が暮れる頃には、港の両岸から、海に向かって巨大な土台が、まるで二本の腕のように突き出していた。


それは、まだ不格好で、脆いものだったが、ポンペイウスの艦隊の前に、初めて現れた物理的な障害物だった。


その夜、カエサルの天幕では、レビルスが、昼間の作業の進捗と、明日以降の計画を報告していた。


「…明日中には、土台の上に、橋頭堡となる櫓を組み上げます。そこを拠点に、さらに沖合へと工事を進める計画です」


「見事なものだ、レビルス」


カエサルは、満足げに頷いた。


「だが、敵も、黙って見ているだけではあるまい。ラビエヌスがいるのだ。奴は、お前の計画の弱点を、必ず見抜いてくる」


「承知しております」


レビルスは、カエサルの言葉を、静かに受け止めた。


「だからこそ、速度が重要なのです。敵が我々の計画の全貌を理解し、有効な対策を打つ前に、我々はこの港を完全に封鎖する」


その言葉には、絶対的な自信が満ちていた。それは、自らの計算に対する、揺るぎない信頼の証だった。


二人の天才の頭脳は、ブルンディシウムの港を盤上として、まだ見ぬラビエヌスという最強の敵を相手に、壮絶な読み合いを繰り広げていた。


熾烈な攻防の、まだ一日目が終わったに過ぎない。


だが、ローマの運命を賭けた巨大な天秤は、レビルスの計算によって、わずかに、しかし、確実にカエサル側へと傾き始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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