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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第一部:イタリア電撃戦

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第五章:副官たちの任務

コルフィニウムを陥落させたカエサル軍の野営地は、勝利の熱気と、次なる戦いへの期待に満ちていた。


その喧騒の中、二人の重要人物が、ローマを脱出してカエサル本隊へと合流を果たした。


一人は、マルクス・アントニウス。


カエサルの腹心であり、優秀な軍人だが激情家の一面も持つ猛将だ。


彼は護民官としてローマでカエサルのために戦ったが、元老院派に議場を追われ、命からがら逃れてきたのだった。


もう一人は、ガイウス・スクリボニウス・クリオ。


元々はカエサルの政敵だったが、その莫大な借金をカエサルに肩代わりさせたことで、今や最も熱烈な支持者の一人となっていた。


「よく来た、二人とも。君たちの合流で、我らが正義の軍であることが、改めて証明された」


カエサルの天幕で、再会を果たした主君は、二人を力強く抱きしめて労った。


アントニウスは元老院への怒りを露わにし、クリオはローマに残る市民たちの不安と、カエサルへの期待を熱っぽく語った。


その数日後、軍団の再編を終えたカエサルは、主要な指揮官たちを天幕に集め、軍議を開いた。


アントニウス、クリオ、そして、カエサルの副将であるレビルス。


この戦争の新たな頭脳である彼が、カエサルの隣に控えているのは、もはや誰の目にも当然の光景となっていた。カエサルは、そのレビルスに発言を促した。


「皆に、我々の次の一手を示してやってくれ」


レビルスは静かに立ち上がると、中央の机に広げられた巨大なイタリア半島の地図を指し示した。居並ぶ猛将たちの視線が、その若き副将に注がれる。


「皆様、ご存じの通り、我々の電撃的な進軍により、北イタリアの趨勢は決しました。しかし、本当の戦いはこれからです」


レビルスの声は静かだったが、その場にいる誰をも黙らせる、奇妙な説得力を持っていた。


「ポンペイウスが、ブルンディシウム(現在のブリンディジ)に兵力を集結させています。彼の狙いは、ギリシャへ渡り、東方属州の圧倒的な兵力と富を結集して、我々を圧倒することにあるでしょう。これを追撃し、イタリア国内で決戦を挑むのが、軍事上の常道です」


アントニウスが、力強く頷いた。


「その通りだ。奴らを海に出すな。ここで叩き潰す!」


「しかし」


とレビルスは続けた。


「その前に、絶対に確保せねばならない場所があります」


彼は地図の上を指し示す。そこは、イタリア半島の遥か南、シチリア島と、その先の北アフリカだった。


「ローマの、食糧生命線です」


レビルスは、よどみなく説明を始めた。彼が夜を徹して計算した、冷徹な数字が、次々と紡ぎ出されていく。


「現在、首都ローマが消費する穀物の大半は、シチリア属州とアフリカ属州からの輸入に頼っています。もしポンペイウス派がこの二つの地域を完全に掌握し、ローマへの穀物供給を停止させれば、どうなるか。ローマ市民は、数ヶ月で飢えることになります。そうなれば、彼らの支持は、我々からあっという間に離れていくでしょう。我々は、ポンペイウスと戦う前に、飢餓という、より恐ろしい敵に背後から刺されることになる」


それは、戦場で武勲を立てることしか考えていなかったアントニウスのような将軍には、全くない視点だった。


彼の顔から好戦的な色が消え、訝しげな表情へと変わっていく。

経済と兵站を制する者が、戦争を制する。レビルスが示したのは、その単純だが絶対的な真理だった。


「…面白い。実に面白い考えだ」


沈黙を破ったのは、クリオだった。彼の目は、野心的な輝きを放っていた。


「つまり、我々は剣の戦争と同時に、パンの戦争にも勝たねばならん、ということか」


「その通りです」


レビルスの言葉を引き継ぎ、カエサルが立ち上がった。


「レビルスの計算に基づき、私は新たな作戦計画を承認した。これより、各部隊に新たな任務を与える」


カエサルはまず、アントニウスに向き直った。


「マルクス。お前には、首都ローマの確保を命じる。だが、これは武力による占領ではない。市民の不安を取り除き、秩序を回復させることがお前の任務だ。決して、流血沙汰を起こしてはならん。分かっているな」


アントニウスは、一瞬不満げな顔をしたが、カエサルの真剣な眼差しに、力強く頷いた。


そして、カエサルはクリオへと視線を移した。

「クリオ。お前には、この戦争の趨勢を左右する、極めて重要な戦略的任務を与える」


カエサルは、レビルスと共に、クリオを地図の前へと招いた。

「ローマの食糧生命線を、完全に確保せよ」


カエサルとレビルスは、彼に二段階の作戦を指示した。

「まず、電光石火でシチリアを押さえろ。そして、間髪入れずにアフリカ属州へ渡れ。アフリカこそが、ポンペイウス派がローマの喉元に突きつける最大の刃だ。そこには、共和派の総督アッティウス・ウァルスと、彼らに与するヌミディア王ユバがいる。彼らを打ち破り、アフリカを我々の手に収めろ」


それは、あまりにも壮大で、そして危険な任務だった。


別働隊を率いて、敵の支配地域に単独で乗り込むに等しい。だが、クリオの顔には、恐怖の色は微塵もなかった。彼の全身から、この重要な任務を与えられたことへの喜びと、武功を立てんとする野心が、炎のように燃え上がっていた。


「このクリオに、お任せください、カエサル閣下! 必ずや、ローマにアフリカの穀物を届けてみせましょう!」


こうして、コルフィニウムの軍議は終わった。


アントニウスとクリオは、それぞれが率いる部隊を再編し、新たな任地へと出発していく。一つの巨大な軍団が、明確な戦略目的を持って、三つの流れへと分かれていく。


その様子を、レビルスは静かに見送っていた。


そして、彼の視線は、地図の東の端、ブルンディシウムへと戻る。


クリオがアフリカという巨大な敵と戦っている間に、自分たちがやるべきことは、ただ一つ。


イタリア半島に残る最大の敵、ポンペイウス本人を、この半島から脱出させる前に、その身柄を抑えることだ。


「行くぞ、レビルス」


カエサルが、静かに声をかけた。


「我々の戦争は、ここからだ」


カエサルとレビルスが率いる本隊は、ブルンディシウムへと向けて、再び南への進軍を開始した。

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