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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第一部:イタリア電撃戦

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第三章:前線へ

夜明けと共に、後方司令部は新たな秩序の下で動き始めていた。


半日にも及ぶ狂乱的な再計算を終え、完全に最適化された情報と補給のネットワークを再稼働させたレビルスは、その後処理と維持管理の全てを、信頼できる一人の男に引き継いでいた。


第八軍団に所属する、歴戦の筆頭百人隊長。


その男は、レビルスが作り上げた複雑なシステムを前にしても、眉一つ動かさず、ただ静かにその説明に聞き入っていた。


「…以上だ。私が前線にいる間、この拠点の維持管理をお前に任せる。ここからの定時報告と、各部隊への補給物資の分配を滞りなく実行してくれればいい」


レビルスは、司令部の中心に立つ百人隊長に静かに告げた。


これより先、情報の集約点は、移動するレビルス自身となる。この場所は、もはや「蜘蛛の巣」の中心ではなく、数ある拠点の一つに過ぎなくなるのだ。


「承知した。カニニウス殿の仕事ぶりに比べれば、造作もないことだ。ここは任せて、あんたはあんたの戦場へ向かってくれ」


百人隊長は、無骨な手で胸を叩いて応じた。彼には、レビルスの頭脳が生み出す複雑な計算式の全てを理解することはできない。


だが、命令が明確であり、兵站が滞らないことの重要性は、誰よりも骨身に染みて知っていた。


「頼んだぞ」


レビルスは短く応じると、背後を振り返った。


そこには、彼が率いる百人隊の中核を成す、最も信頼する仲間たちが、すでに出発の準備を整えて待っていた。


彼の副官として、常に隣に立つドワーフのボルグ。寡黙だが、そのずんぐりとした体躯は部隊の**「盾」そのものだ。


古参兵のセクンドゥスが、皮肉っぽい笑みを浮かべて槍を肩に担いでいる。彼は部隊の「経験」であり、その目で幾度も窮地を救ってきた。


若き旗手のルキウスは、部隊の象徴である鷲の軍旗を固く握りしめている。彼の理想に燃える瞳は、部隊の「誇り」だった。


狼の民である獣人ガレウスが、静かな殺意をたたえて控えている。彼は部隊最強の「牙」として、敵陣を切り裂く突撃兵だ。


そして、影のように静かに佇むエルフの斥候、シルウァヌス。彼は部隊の「眼」であり「耳」**であり、その超感覚的な知覚がレビルスの計算に不可欠な情報をもたらす。


人間、ドワーフ、エルフ、獣人。出自も種族もバラバラだが、レビルスの計算の下、一つの完璧な戦闘単位として機能する仲間たち。


「行くぞ。我々の戦場は、カエサル閣下の下だ」


レビルスが率いる一団は、ガリア・キサルピナの拠点を後にし、一路南へと強行軍を開始した。


季節は冬。街道は凍てつき、空からは時折冷たいものが舞ったが、彼らの進む速度は一切衰えなかった。


道中、レビルスの情報網は、生き物のように機能し続けた。


シルウァヌスが育て上げた斥候たちが、鳥のように現れては、各地からの最新情報を届けていく。


「レビルス殿、北方より伝令です」


隊列の先頭を歩くレビルスの隣に、街道脇の木立から音もなくシルウァヌスが現れ、小さな羊皮紙の筒を差し出した。レビルスはそれを受け取ると、歩みを止めることなく手早く中身に目を通す。


「…ピサウルム、アンコナ、イグウィウム。いずれも、カエサル閣下の軍団を一目見るなり、戦わずして城門を開いた、と」


レビルスが告げると、セクンドゥスが口の端を上げて鼻を鳴らした。


「へっ、威勢がいいのは元老院の演説だけか。こりゃあ、ローマに着く前に戦争が終わりちまうな」


その皮肉に、生真面目なルキウスが反論する。


「セクンドゥス! 我々はローマを解放しに行くのだ。カエサル閣下の大義が、諸都市の人々の心を動かしているに違いない!」


そのやり取りを、ボルグは黙って聞き、ガレウスは全く興味を示さず前方を睨みつけている。


「どちらも正しい」


レビルスは、冷徹な目で前方の道を見据えながら言った。


「これもまた、計算の一部だ。ラビエヌスの離反という最悪の凶報を、我々は電撃戦の開始という、敵の予想を遥かに上回る速度で塗り替えた。敵の諸都市は、ポンペイウスからの救援を待つか、カエサルの軍門に降るかの選択を、一日単位で迫られている。ラビエヌスからもたらされた情報で、ポンペイウス軍の司令部が我々の戦力を分析し、対策を練り始める頃には、北イタリアの趨勢は決まっているだろう」


圧倒的な速度は、それ自体が最強の兵器となる。

敵の思考時間と思考材料を奪い、パニックと混乱を引き起こし、正常な判断能力を麻痺させる。レビルスが再構築した計画の核心は、そこにあった。


彼の言葉通り、南下を続ける彼らの耳に届くのは、連戦連勝の報ばかりだった。


北イタリアの諸都市が、まるでドミノ倒しのように次々とカエサルに降伏していく様が、リアルタイムで彼らの元へと届けられる。


やがて、彼らの前方に、巨大な野営地の煙が見え始めた。


土を掘り返す音、木材を打ち付ける音、そして何千という人間のざわめきが、地響きとなって伝わってくる。


イタリア半島を縦断するアペニン山脈の、喉元に位置する要衝。


コルフィニウム。


カエサルの本隊は、今まさに、この町を包囲している最中だった。


「…ようやく、追いついたか」


レビルスは、丘の上から眼下に広がる包囲陣を見下ろした。

その規模と秩序は、カエサルという男の意志そのものを体現しているかのようだった。


彼の役目は、後方から蜘蛛の巣を操ることだけではない。

その計算能力を、カエサルの「剣」ではなく「頭脳」として、前線で機能させることにある。


レビルスは、丘を下るべく一歩を踏み出した。


計算の天才が、その頭脳にふさわしい手足と共に、盤上へとたどり着いた。


ここから、本当の戦争が始まる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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