007:悪夢の夜
俺は深夜に喉が渇いた。
水を飲もうとベットを出て、キッチンまで向かおうと目を擦りながら歩く。
するとキッチンに淡い光が灯っているのに気がつく。
あの光り方からすると、誰かがランプに火をつけているみたいだと察知した。
こんなところに泥棒は入らないと思うが、一応警戒しながらキッチンまで近寄る。
コッソリとキッチンの中を覗いた。
ん?
あの背中、どこかで見た事があるような……。
何かを書いてる?
キッチンの中にいる人間は、椅子に座ってテーブルに向かっているように見える。
暗くてよく見えないが、何かを書いているみたいだ。
何を書いているのかを確認しようと、もう少し踏み込もうとした瞬間、床がギシギシッと鳴った。
ヤバい!?
こんなところで建物の古さが出るなんて!
キッチンの中にいる人間も、このギシギシッという音に反応してバッと振り返る。
俺からは逆光で顔が見えない。
しかし相手の人間からは俺の顔が見えて「マルセルくん?」と聞いて来た。
その声から「あれ? カーツ?」と俺は聞いた。
するとその人間はランプを持って、俺のところまで乗ってくるのである。
やはりカーツだった。
「ビックリしたぁ、マルセルくんか」
「いやいや! こっちこそ驚きましたよ! こんな時間に何してるんですか?」
「いやぁ……実はコレをしてたんだよ」
どうやらカーツの方も驚いたみたいだ。
こっちこそ何をしているのかと聞いた。
するとカーツはテーブルまで戻って、何をしていたのかを俺に見せてくれた。
カーツの手には紙が持たれている。
その紙には日本語で言うところのひらがなが、ズラッと書かれていたのである。
これはどういう事かと思考が止まるが、直ぐに文字を書く練習をしていたのかと分かった。
「どうしてこんな時間に、文字を書く練習を?」
「昼間はやってる時間も無いし、この時間しかやる暇がなかったんだよ」
「そういう事ですか……」
確かに昼間は小者としての仕事が立て込んでいるし、この時間しか無いというのは分からなくない。
怪しい人じゃなくて良かったと俺は思った。
そしてこのタイミングで、俺はどうして昼間とかに見ていたのかを聞く事にした。
「あの聞きたい事があるんですけど。どうして昼間、物陰から俺の事を見ているんですか? けっこう前から見られてる気がするんですけど……」
「あ あぁその事かぁ……やっぱりバレてたんだねぇ」
「そりゃあアレだけ見られてたら気づきますよ。それで理由は何なんですか?」
「それわぁ……マルセルくんって文字を書けて読めるんだよね?」
「え? あぁはい、そうですよ」
俺は正直に聞いてみると、カーツはバレていたのかと頬を指で掻きながら答える。
そりゃあアレだけ見ていたらバレる。
見ているのは良いから理由は何なのかと聞いた。
するとカーツはモジモジしながら、俺に文字の読み書きはできるでしょと聞いて来た。
いきなり言語の事を聞かれて驚いたが、まぁ読み書きはできるので正直に答えた。
「俺に文字を教えて欲しいんだ!」
「あ あぁ……そういう事ですか」
「俺が1人でやるのも限界があって……是非ともマルセルくんに教えて欲しいんだ!」
カーツが俺の事を見ていた理由は、俺に文字の読み書きを教えて欲しいという事だった。
そういう事だったのかと、俺は少し安心した。
年上であるカーツが、俺に文字を教えて欲しいと頼むのは凄い勇気がいる事だったろう。
ならば嫌な理由も無いので教える事にした。
「良いですよ! 俺で良ければ教えますよ」
「本当っ!? ありがとぉ! 自分でやるにも限界が来そうだったから、本当にありがたいよぉ!」
「そんなに気にしないで下さい。俺も最近、文字を書いていないので、自分の勉強にもなります!」
この日から俺とカーツの勉強会が始まった。
俺はカーツに、どうして文字を勉強したいのかと質問をするのである。
小者や成り上がったとしても、文字の読み書きは別の人間に任せられる。
する必要は無いのでは無いかと聞いた。
しかしカーツとしては、いつどこで必要になるかは分からないから知っておきたいと言うのだ。
このカーツの気持ちに俺は感服した。
カーツの気持ちに応えてあげようと俺は思った。
こんな風に俺とカーツの関係に、変化があったようにボドハント州にも変化があった。
今までは陪臣などが暗殺されていた。
しかし遂にローランド尊極大名の直臣が暗殺された。
この時代に尊極大名は、直臣たちをボドハント城に招集するのである。
今日は屋敷にルーフェン代官はいない。
今日も今日とて俺はカーツに文字を教えている。
いつも通りに勉強が捗っていると、屋敷の方向から物音が聞こえたように感じた。
俺は勉強の手を止めカーツに「何か聞こえませんでしたか?」と聞いた。
どうやらカーツには聞こえなかったらしい。
「ちょっと屋敷の方を念の為に見て来て良いですか?」
「もちろんだよ! 屋敷には奥様がいるし、俺も着いて行こうか?」
「いえ、とりあえず1人で行って来ます。何かあったら合図しますので、その時は他の3人も呼んで下さい。多分、何も無いとは思いますが」
屋敷にはルーフェン代官がおらず、少しの護衛とアニス夫人だけなので念の為に屋敷に向かう事を決めた。
カーツも着いていくかと言ってくれたが、もしもの時の為に寮に残って貰う事にした。
護身のような剣を持って寮を出る。
なるべく音を出さないように、屋敷の方へと歩く。
息を殺しながら屋敷に到着する。
曲者が出たとしても正面から突破はしないだろうと思って、ゆっくりと屋敷の周りを一周する事にした。
暗闇でよく見えないので、壁を触りながら歩く。
すると屋敷の裏の廊下にある窓が、割られている事に気がついたのである。
コレは人為的に割られた物だと分かった。
その窓から急いで屋敷の中に入る。
周りを警戒しながら、アニス夫人の寝ている部屋に向かおうとするのである。
アニス夫人の部屋は2階にある。
階段のところに差し掛かったところで、背後から気配を察知して真横に飛ぶ。
すると俺が居たところに向けて、剣を振り下ろす人間が現れた。
「やっぱり居やがったな……曲者だぁ!」
「そんなに騒いだところで、もはや無意味だ」
「なに? 曲者の分際で、何言ってんだ?」
「若いガキにしては、本物を目の前にしてるのにビビらないとはな。だがこれを見ても冷静で居られるか?」
顔は布で隠されているので、どんな顔をしているのかは分からないが、声からして曲者は男だろう。
そして手には何か液体が滴る物体を持っている。
手に持っているモノを、俺が見たら冷静ではいられないと男は俺に言うのである。
そんなわけが無いと俺は思っている。
男は俺の方に、そのモノを投げて来た。
それは地面に数回バウンドして転がる。
ボールを投げられたような感じであり、何が転がって来ているのかが分からない。
それが窓から差し込む月明かりに照らされ、俺は全身の血が引くのを感じる。
目の前に転がって来たのは、アニス夫人の首だった。
「お お前……何してくれてんだよ」
「やっぱりガキには、まだ早かったなぁ。この世は乱世だぜ? こんなの日常茶飯事だわ」
「閉じろ……」
「はぁ?」
「その汚ねぇ口を閉じろつってんだよ!」
俺はアニス夫人の首を、涙を流しながら抱き抱える。
1年も一緒にいたわけじゃ無いが、それでも下級農民である俺の事を大事にしてくれた。
こんな事をする人間は、ただでは済まさない。




