078:帰郷
エドマンズさんは怒って声を荒げてしまった事に気がついて、ゴホンッと咳払いをして仕切り直そうとする。
やはり医者として助けた人間の命を、また奪うというのは医者としてポリシーに反するのは理解できる。
しかし助けて貰った俺ができるのは、自分の首を差し出してエドマンズさんに軍医に復帰して貰う事だ。
「はぁ……まぁフェリックス君の気持ちも理解できねぇわけじゃねぇ。それが君の騎士道って奴なんだろ?」
「騎士道というか……間違ってはいないですかね」
「それならフェリックス君たちに騎士道があるように、俺たちにも医道ってもんがあるんだよ。それを捻じ曲げてまで出世しようとは思っちゃいねぇ。何よりも俺たちはリキャルド尊極大名派じゃなく、ディルスさま派閥だったんだからな」
エドマンズさんは少し冷静になったところで、俺の言いたい事を理解していると言ってくれた。
そして俺たちに騎士道があるように、エドマンズさんたちにも医者としての道があるみたいだ。
そんな志を投げ出してまで出世はしたくないと言う。
何よりリキャルド尊極大名よりもディルス派閥だったので、今更リキャルド尊極大名に擦り寄ろうとは思っていないらしい。
それはこの村全体での意思だという。
俺はエドマンズさんたちの志に強く胸を打たれた。
「分かりました、この話は無かった事にして貰っても良いですかね?」
「おう! 俺は耳が遠くなって来たからな、なんも聞こえなかったわ! そんな事よりも酒でも飲もうや、もう出て行くんだろ?」
「そこも気がついてましたか……このまま田舎に帰るのも良いとは思ったんですけど、まだまだ俺にはやる事があるので帰ります!」
「そうか、それが良いと俺も思うわ」
この日はエドマンズさんたちと飲み明かした。
そして2日後、俺はエドマンズさんの家を後にして帰郷する事にした。
「何も返せないのが申し訳ないんですが……」
「まだ言ってるんか? そんなの良いわ、それよりもコレを持っていけ。関所で支払う金も持ってないんだろ? 少ないが旅代も入ってるからよ」
「エドマンズさん……ありがとうございます! エドマンズさんが何と言おうと、この恩は絶対に返させていただきますので!」
「ふっ……お前も変わらないな。分かったよ、その時は黙って受け取ろうじゃないか」
エドマンズさんは旅立つ俺に、少しばかりの気持ちだと旅ちんを渡してくれた。
こんな事までしてくれるなんて涙が出そうだ。
俺は絶対に返すと言った。
するとさすがのエドマンズさんも、俺の勢いに押されるように受け取ってくれると約束する。
絶対に戻って来ると約束して、俺はエドマンズさんの家とオムニ村を後にするのである。
まだ体力も完璧に治っていないながらも、早く故郷に帰りたいと足が前に進む。
気持ちの問題というのは何とも言えないが、普通に到着するスピードよりも、ほんの少しだけ早く到着した。
その帰路でも俺たちは負けたのだと痛感させられる。
掲げられていたディルス軍の旗は、地面に落ちて何度も踏まれていた跡があった。
やはり敗戦した人間たちというのは、こんな侮辱的な思いをしなければいけないのか。
「ようやくタールド城か……ここまで帰って来るのに、どれだけかかった事か」
俺がタールド城を出発してから帰還するまで、かかった期間は1ヶ月である。
もうタールド城の周りに植えられている桜が、満開に咲いているくらいの時間が経っていたのだ。
別に浦島太郎ってわけじゃないが、きっと色んな事が変わったんだろうなと俺は思う。
俺は恐る恐るタールド城の門のところに行った。
するとそこにはミサキちゃんの父親であるアントニーノさんが門番をしている日だったのである。
アントニーノさんは俺の顔を見るなり、手に持っている槍をカランッと落とした。
「フェリックスくん、君……生きていたのか!」
「お恥ずかしながら帰還いたしました」
「そうか! それはそれは良かった……君と親しくしていたワイツ殿やアイゼル殿は相当、落ち込んでいたようだから顔を見せてやりなさい!」
アントニーノさんは俺に駆け寄って来てくれて、体を隅々まで見渡して元気なのを確認してくれる。
俺は生き恥を晒してしまったという。
するとアントニーノさんは、ワイツとアイゼルが落ち込んでいたから顔を見せてやれと言うのだ。
俺は「もちろん」と言った。
しかし「先に行くところがあります」とワイツとアイゼルのところには、その先に行くところに行ってから顔を見せると言う。
もちろん行くところとはレオンのところだ。
俺はドキドキしながらレオンの政務室の前に立つと、異様な緊張感で手が震えて来る。
これではダメだと思ってノックする前に深呼吸する。
そして「よし!」と勢いを付けてから俺は、政務室の扉をコンコンッとノックした。
ノックが終わってから数秒後に、レオンの声で「入って良いぞ」と聞こえて来た。
俺は「失礼します」と言いながら扉を開く。
「どうした、何の用だ。ふぇ フェリックス……お前、生きていたのか」
「レオンさま、こんな不細工な結果となってしまいましたが、ただいま帰還いたしました……守護対象であるディルスさまを守れず、ノコノコと生き残ってしまいました。自害を望まれるのでしたら、ここで致します!」
レオンは作業をしながら用件は何かと聞こうとしたので、俺の存在には気がついていなかった。
そしてひと段落したので、レオンは顔を上げて俺の顔を確認した。
まさか生きていたとは思わずピタッと動きを止める。
俺は認識して貰った瞬間、地面に正座する。
深々と頭を下げて、自分だけが生きて帰って来た事に関して謝罪するのである。
もちろんレオンが望むのならば自害も厭わない。
自害しろと言われたら、エドマンズさんには申し訳ないが自害するしかないだろう。
これが俺の取れる責任である。
俺の言葉を聞いたレオンは、手に持っていたペンを机の上にソッと置いた。
続けて机を使って椅子から立ち上がる。
ゆっくりと俺の方に近寄ってくると、俺の側にしゃがみ込んで肩をポンッと叩く。
そして優しそうな表情を浮かべる。
続けてレオンは喋り始めた。
「お前が生きて来てくれただけで、俺は嬉しく思っているよ。全滅と聞いていたからな、お前も死んだと思ってた……さすがの俺も全滅したと聞いた時は、俺らしからぬ取り乱し方をしてしまったんだ」
「レオンさまがですか? こんな俺の様な存在に、そんな事を言って下さるなんて」
「お前たちは俺の宝だ、誰1人として死んで欲しくはないんだよ。それに生きていれば、何回でもリキャルドにリベンジする事ができるだろ? だから自害するなんて言わないでくれよ」
レオンは俺が生きているだけで嬉しいと言ってくれ、全滅したと聞いた時は絶望すらしたと言うのだ。
それがさすがのレオンの精神を動揺させ、普通は総大将が務めない殿を名乗り出たりした。
これくらいレオンは俺の死に動揺したのだ。
それを聞いた俺は、今まで生きていて良いのかと罪悪感に押し潰されそうになっていたが、ほんの少しだけ肩の荷が降りた感じがした。
俺は大粒の涙をボロボロと流し号泣する。
レオンは俺の傍で優しく摩ってくれた。




