077:拾う神あり
俺の体はリキャルド尊極大名に蹴られ、川に向かってフワッと宙に浮いた。
崖から落ちているのにスローモーションを見ているかのように、ゆっくりと崖が遠くになって行く。
きっと俺の幻覚のようなものなのだろう。
しかし不思議と穏やかな気持ちだ。
俺の体が勝手に、崖に向かって右腕を伸ばしている。
やはり死んでも良いと覚悟した風だったが、自然と本能的に生きたいと体が言ってあるんだろうな。
そんな事を思いながら俺は落ちていった。
そして川に激しく打ち付けられ、俺の体は川の底に落ちて行くのである。
俺の視界には気泡と赤い血が広がっていた。
もうここからどれだけ足掻いてもダメなんだろうと思いながら、俺はゆっくりと目を瞑った。
せっかく転生させてくれたのに、こんな不細工な終わり方なんて神様に申し訳ないと俺は心の中で思う。
生まれて初めて神に贖罪した。
「……の採………し…のか?」
誰かが喋っている声が聞こえる。
どうしてだろうか。
俺は川の底に沈んでいっているはずなのに、どうして人の声が聞こえて来るんだろう。
まさか天国なんだろうか。
いや、人を殺したから天国に行けるわけが無いか。
あっ目が開けられる。
俺は瞼を、ゆっくりと開いた。
すると俺の視界に広がっていたのは、見た事の無いボロボロの屋根だった。
頭がボーッとして考えれない。
しかしこれだけは直ぐに思えた。
ここは川の底では無いと。
「お? ようやく目を覚ましたのか、随分と眠りこくってたもんだな」
「ここ……は?」
寝ている俺の顔を、見知らぬ無精髭を生やしたオッサンが覗き込んでくる。
体を動かして起きあがろうとするが、痛みもないが動かす事もできない。
首だけは動いたのでオッサンの方に向ける。
そして俺はオッサンに、ここはどこかと聞いた。
「ここか? ここはグルトレール州のオムニ村ってところだよ」
「どうして……ここに?」
「俺の妻が川に洗濯しに行ったら、お前さんが大量の血を流して倒れていたんだよ」
どうやら俺は川に流され、グルトレール州のオムニ村というところに辿り着いたらしい。
そしてこのオッサンの奥さんが助けてくれた。
「驚いたぜぇ? どうしてこんな傷を負っているのに生きているんだってな! 普通なら死んでてもおかしくないっていうか、生きてる方がおかしい傷だぜ?」
「どうして生きてるん……ですか?」
「そりゃあ俺が凄腕の医者だからな! 俺じゃなきゃ確実に死んでたぞ。お前は、まだ神様に死ぬなって言われてるんだろうよ」
オッサンは俺が生きている事に疑問を抱く。
普通なら死んでいてもおかしくないだけじゃなく、生きている事の方が不思議なくらいだと言った。
じゃあ何で生きてるんだろうかと疑問を持つ。
オッサンが答えたのは、自分が凄腕の医者だからだと答えた。
まさに神に助けられたって感じがする。
「でも失礼ですが……医者の家には………」
「おぉやっぱりそこが気になるか。ほら、これを見てみろよ」
俺は医者の割に、ボロい家に住んでいる事を聞いた。
やはりと言ったので、この医者は聞かれると思ったんだろうな。
その答えとして足を見せて来た。
足に何の答えがあるのかと視線を下に下げる。
するとオッサンの右足の膝から下が、欠損している事に気がついたのである。
「元々は軍医として働いてたんだけどよ、少し前の戦いで足を失っちまったんだわ。そうしたら軍からはクビって言われちまったんだ」
「そういう事ですか……」
「だがよ? 今も俺は医者家業を細々とやってんだ、もちろん収入なんて微々たるもんだ。それでもたまに感謝されると、あぁやってて良かったって思うんだ」
「素晴らしい事ですね……」
オッサンは軍医として働いていたが、少し前の戦いで右足を失ってしまったらしい。
するといきなり軍隊からはクビになったんだという。
リキャルド尊極大名は冷たい人間だと思った。
逆にいえばオッサンが軍医のままだったら、俺が助かる事は無かったはずだ。
そう考えればクビにしてくれたのはありがたい。
そんな話をしているうちに、また俺は強い眠気に襲われて来たのである。
オッサンは「喋りすぎたな」と笑って呟いた。
睡魔に負けて俺は眠りに入った。
俺が目を覚ましたから3日が経った。
オッサンの治療の腕と、俺の生命力によって3日後には上半身を起き上がらせる事ができるようになった。
そして食事も流動食から、少しづつ固形物へと変わっていったのである。
起き上がり歩けるようになったのは、戦いが終わってから3週間後の事だった。
この頃にはなればオッサンの家計について、それなりの事が分かって来た。
オッサンの名前は《エドマンズ=コラユータ》というらしく、奥さんの《デイジー》さんと娘の《エベット》ちゃんとの3人暮らしだ。
お世話になったから家の仕事を少し手伝ったりした。
そしてだいぶ動けるようになってから、俺はエドマンズさんに話があると席を設けて貰った。
「話って何だぁ? そんな神妙な顔してよぉ」
「これは俺にとっても、エドマンズさんにとっても重要な事なんです……聞いてくれますか?」
「お おう。聞いてやるけどよ、そんな堅っ苦しい話ってのは、どうも苦手なんだけどよぉ」
「用件だけ話したら、直ぐに話し方も変えますんで……俺はディルスさま側で戦ったレオン軍の兵士です」
俺はエドマンズさんに、自分はディルス側で戦ったレオン軍の兵士であると明かした。
これを明かす危険性は言わずもがなだろう。
今は既にグルトレール州の全土が、リキャルド尊極大名によって統治されている。
これを明かせば敵軍に差し出される。
そして首を刎ねられるだろう。
それでも俺はエドマンズさんに、全てを明かした。
「俺の首をリキャルド尊極大名に差し出せば、エドマンズさんは軍医に戻れますよ。拾ってもらった命で、こんな事をするのは何とも言えませんが……それでも恩には命をかけて還したいんです」
「そうか、やっぱりレオン軍の兵士だったか。鎧が見た事の無いところだったからな、そんな気がしたよ……だがよ、俺がフェリックス君を差し出すと思うのか?」
「そうして貰わなければ困ります! 俺が返せるのは、どうにかエドマンズさんを軍医に戻す事です……」
「舐めんじゃねぇよ! 俺に1度助けた人間の命を奪えっていうのか! ふざけんじゃねぇよ、それこそ医者である俺を馬鹿にしてんのか!」
俺は助けて貰ったエドマンズさんに、少しでも恩を返す事を考えるのである。
もしも俺の首を持っていけば、エドマンズさんは軍医に戻る事ができるだろうと考えた。
助けて貰っておいて命を投げ出すのは、何とも言えない感じではあるが、俺としてはそれ以外に返す事ができないとエドマンズさんに話した。
するとエドマンズさんは家の床を叩いた。
そして医者である自分が、1度助けた人間の命を奪うという行為に酷く憤りを感じたみたいだ。
顔は真っ赤になっていて激怒しているのが分かる。
別に馬鹿にしているわけでは無い。
俺も馬鹿なりに考えた結果が、この首を差し出せばというものだったのだ。
どうにかこの人には、この話を呑んで欲しい。




