006:突然の訪問
俺がルーフェン代官のところにやって来て2ヶ月が経とうとしていた。
ここに来てようやく俺に殺気の視線を向ける犯人が、誰なのかを突き止める事ができた。
その犯人は同じ小者のカーツだった。
犯人が分かったのだから、どうしてこっちを見ているのかを聞けば良いのかもしれない。
しかし特に実害があるわけじゃ無いし、これで同じ小者として関係が悪くなるのは困る。
だから俺は放置する事にした。
そう決めた日の昼下がりに、とても豪華な馬車がソネット家の屋敷にやって来た。
俺は瞬時に、ヤバい人が来たと思って庭の掃除をしていたが手を止めて深々と頭を下げる。
馬車の中から降りて来たのはグスタフ家の家老・マーロン=ボーデン=ヒルアだった。
ルーフェン代官も急いで屋敷の中からやって来る。
「マーロンさま!? ど どうしてこんなところに!?」
「おぉルーフェンか! お前の話は、ワシのところまで届いておるぞ!」
「それはそれはマーロンさまに、そう言って貰えるのは光栄至極です! それにしてもどうして我が領地に?」
「近くまで来たものだからね。君の顔を見ようと思ったのだ」
マーロンの突然の来訪に、ルーフェン代官は大きく驚いている。
どうしてホールジューク郷に来たのかと聞いた。
これにマーロンは、近くまで来たからルーフェン代官の顔を見ようと思ったらしい。
それを聞いたルーフェン代官は「来ていただいて嬉しいです!」と屋敷の中に案内する。
マーロンたちは屋敷の中に入って行った。
「本当に、わざわざ立ち寄っていただいてありがたい限りですよ。ボドハント州の頭脳とまで称されるマーロンさまは、家臣団の憧れですから!」
「おぉ嬉しいのぉ。そんな事を言ってくれるのは、ルーフェンだけだぞ! 実にデリャンの元に置いておくのは勿体無い人材だ。どうだ、ワシの下に来ないか?」
ルーフェン代官からしたら、マーロンという男は雲の上のような存在なのである。
現ボドハント州の尊極大名・ローランド=フロマンタル=グスタフの右腕として、州の頭脳として参謀を務めている偉大な人物なのだ。
そんな人間に自分の部下にしたいと言われたルーフェン代官は、嬉しい限りだと頭を下げる。
「とても嬉しいお話なのですが、デリャンさまに忠義を決めた時から死ぬ時まで裏切るわけにはいかないと覚悟を決めているのです。マーロンさまには申し訳ないのですが、そのお話お断りさせていただきます」
「わっはっはっ! お主は昔から頑固な男だ。もちろん本気で言っていたが、こうなる事も予想しておったわ。一向に構わん!」
マーロンも冗談では言っているものの丁寧に断らなければ失礼になると思って、ルーフェン代官は無礼にならないように丁重に断るのである。
その言葉にマーロンは大笑いする。
昔から頑固な人間だと思っていたからだ。
断られたからと言って悪い気はしないので、一向に構わないと笑い話にする。
「そうだ! お主にも紹介したい男がおるんだ」
「紹介したい人ですか?」
「あぁ! これからワシの右腕として、この州の未来を担う男だ。さぁ入って来い」
冗談がひと段落ついたところで、マーロンはルーフェン代官に紹介したい男がいると言うのだ。
入って来いと言うと、応接室の扉が開いてマーロンが期待しているという男が入って来た。
その男はスラッとした体型に、きつね顔というべきなのだろうか、シャープな顔立ちをしている。
「ほれ、挨拶しろ」
「はい、自己紹介が遅れました。マーロンさまの下で、若家老をさせていただいている《クーゲル=クライネルト》と申します。以後お見知り置きを」
マーロンが紹介したクーゲルという男は、若家老という時期家老の位置に就いている。
確かに雰囲気からして仕事できるって感じが、全身から溢れ出ているのだ。
ルーフェン代官も頭を下げて挨拶する。
そして顔合わせが終わったところで、マーロンは紅茶を飲んで落ち着いてから本題の話をする。
「それでルーフェンくん、今起きている騒動をどう考えている? 君の考えが聞きたいところだ」
「私の考えですか? いえ、私の考えなんて郡長方の考えに比べたら話になりません……」
「そういうな、今は少しでも大勢の考えを聞きて対策を練りたいんだ。だから気にせず、是非とも考えを聞かせて貰えないだろうか」
「そういう事でしたら、及ばずながら私の考えを述べさせていただきます」
マーロンがソネット家の領地にやって来たのは、もちらん近くまで来たからというのもあるだろう。
しかし本題は暗殺事件への対策について、ルーフェン代官の考えを聞きたいからだった。
最初は上の人間に、自分の考えを言うのは失礼に当たると思ってルーフェン代官は拒否した。
それでも教えて欲しいと引き下がらなかった。
なのでルーフェン代官は考えを話す。
「私の考えを申しますと、他州からの謀略とは考えずらいと思います」
「ほぉそれはどうしてだ?」
「他州からの力が加わっているにしては、あまりに大胆すぎると思います。もう1つの理由として挙げるのであれば、狙うところが局所すぎると考えています」
「狙うところが局所すぎるとは、どういう事だ?」
「はい。まだローランドさまの直臣を狙うのならば分かりますが、その陪臣にまで手が渡っている。これはあまりに内部を知りすぎていると」
ルーフェン代官の考えとしては、周りの州からの謀略というわけでは無いと思うと述べた。
その理由として他州の力が加わっているとするのならば、今回の行動はあまりに大胆すぎる。
2つ目に狙いどころが局所すぎるというところだ。
局所すぎるというのは、普通なら他州の人間が知らないだろう陪々臣まで殺されている。
だから他州ではなく、内側に犯人がいると考えた。
「その考えは一理あるな。しかし他州の人間が、内部の人間と内通しているという可能性は無いか?」
「もちろんその可能性もあると思います。もしそうだとしても対処の仕方は変わらないと考えます」
「つまり内通者が居ようが、完全に内部の人間だろうが内部の人間を捕まえるというわけだな?」
「まさしくその通りでございます。誰が暗殺者に依頼しているのかを徹底的に調べましょう」
マーロンはルーフェン代官の考えを肯定した上で、もしも内通者という形で、他州の人間が関わって来ているのでは無いかと聞くのである。
そうだとしても対応は変わらないと、ルーフェン代官は考えている。
内通者が居ようが、内部の人間の反抗だろうが犯人を見つける方法は変わらない。
「良い談義ができた。ワシの目に狂いは無かった、やはりルーフェンくんは優秀だ」
「ボドハント州の頭脳であられるマーロンさまに、そう言って貰えるなんて恐悦至極でございます」
「そんなに畏まらなくて良い。これから君には、ボドハント州の人間として大いに活躍して貰おうと思っているのだからね」
「ありがたき幸せです! 閣下の期待に応えられるよう全力邁進させていただきます」
「うむ、期待しておるぞ」
話を終えたマーロンは、ソネット家の屋敷を後にする。
マーロンが見えなくなったところで、ルーフェン代官は緊張から解放されて蹲る。




