075:あぁ神よ
レオンの奥さんであるマリアベル夫人は、父親であるディルスと夫のレオンを城で待つ。
身重な体なので安静にして本を読んでいる。
これは大丈夫なのかと心配してストレスがかかっている自分を、少しでも落ち着かせる方法でもある。
妊婦にストレスというのがダメなのも知っている。
しかしこんな状況下で、まともにいられる方がおかしいと言った感じで、やはり読書をしても数分で「はぁ」と溜息を吐いて読書の手を止めてしまう。
するとそこにメイドとは思えぬほどのスピードで、マリアベルの侍女がやって来る。
それはそれは品のカケラも無い速度だ。
スカートもたくし上げている。
これにマリアベル夫人は、本を机の上にポンッと置いてから「端ないですよ」と注意するレベルだ。
侍女は申し訳なさそうに「申し訳ありません……」と頭を下げて謝罪をする。
だが直ぐに本題を思い出した。
「そんな事よりも! マリアベルさまに、急いで伝えなきゃいけない事があるんです!」
「なに? 侍女としてのマナーよりも大切なこと?」
「はい! レオン様方が、ご帰還なさいました!」
「え、本当に!?」
「はい! もう直ぐ到着なさるとの事です!」
侍女はマリアベル夫人に、レオン軍が帰って来たという事を伝えるのである。
それを聞いたマリアベル夫人は、身重でありながらも椅子からバンッと立ち上がるくらい驚いた。
まさかこんなに早く帰って来るとは思っておらず、侍女に本当なのかと聞き返すくらいだ。
本当であり、もう直ぐ城に到着すると伝える。
帰って来ると分かったマリアベル夫人は、急いで入口の方に向かおうとしていた。
「マリアベル様っ! そんなに急いでは、お体に響いてしまいます!」
「そんなこと言ってられないわ! 旦那様が帰って来るのに、あんなところでぬくぬくしていられません!」
「しかし! ご子息の事を考えましたら、毒かと思われますよ!」
「ま まぁそれはそうね……」
早足でマリアベル夫人は移動していたが、侍女が必死になって早足は止めて欲しいと頼む。
しかし夫であるレオンが戦争から帰って来るのに、自分だけが安全な事をしていられないと鼻息荒く侍女の頼みを真っ向から拒否した。
それでも侍女は赤ちゃんの事を考え、ここはゆっくり向かおうと必死になって頼むのである。
この意見には何も言い返せず、歩いていく事にした。
こんなに焦って行ったところで、今直ぐにレオンが来るわけじゃ無いので、入り口に到着してから時間を持て余してしまうのだ。
入り口の周りをマリアベル夫人はウロウロする。
これにも侍女は安静にして欲しいと止める。
すると門が開く音が聞こえた。
マリアベル夫人は、侍女を連れて城の外に出る。
こうしてレオンを出迎えるのである。
「レオン様、お帰りなさいませ」
「あぁマリアか、体は大丈夫なのか?」
「えぇ戦争に向かわれているレオン様方に比べたら、私なんて問題ありませんわ」
「そうか、それなら良いんだが……」
「それでお父様はどちらに? 別のところに、お身体を隠しておられるのでしょうか?」
マリアベル夫人に出迎えられたレオンは、顔を見て少し複雑そうな顔をしてから体の事を労る。
満面の笑みで身重とは言えども、戦争に行っていたレオンに比べれば辛くないと答えた。
それなら良いとレオンは微笑んだ。
マリアベル夫人は周りをキョロキョロする。
救って来た父親であるディルスは、一体どこにいるのかとレオンに聞くのである。
その言葉を聞いたレオンは複雑そうな顔をしている。
マリアベル夫人は「ん?」とキョトンとした顔をしており、雰囲気では理解できないみたいだ。
こんな事を身重の人間に言うのは忍びないと、レオンは言いづらそうにしながら深々と頭を下げた。
これまたマリアベル夫人は、キョトンとしている。
まだ理解できていない。
「親父殿を助ける事ができなかった。ウチからも援軍を出したが、それも全て討ち取られたらしい……マリアの家族を救えず、申し訳ない!」
レオンは誤魔化す事なく、ディルスを助ける事ができなかったとマリアベル夫人に謝った。
上手く状況を理解できないマリアベル夫人は、目をまん丸くして理解できない様子だ。
しかし数秒後に状況を頭が理解した。
すると優しい表情をレオンに浮かべながら「そうですか……」と優しくレオンに手を差し伸べた。
レオンは「マリア……」と、どうしてそんなに優しくできるのかと胸がズキッと痛んだ。
「さぁこんなところで立っていたら、民が何かあったと不安になってしまいますよ! 解散して、レオン様方は着替えて来て下さい」
「あぁ……全くもってマリアの言う通りだ」
「私も1度部屋に戻らせて貰いますが、直ぐに父の最後について聞かせて下さいね」
マリアベル夫人は、こんな城の入り口に大勢騎士がいたら市民が不安がると言う。
だから解散し、レオンたちは着替えて来るように全員を動かすのである。
レオンはマリアベル夫人の言う通りであるとして、騎士たちを解散させた。
皆んなが動き出したのに合わせ、マリアベル夫人は1度自分の部屋に戻ると言って、涼しい顔をしながらレオンたちの前から立ち去る。
「マリアベル様は、お強いお方だ……こんな事態にも取り乱さず、冷静に周りの事を見ている」
「それは違うぞ、ルシエン……アレは昔から強がっている時の表情だ」
「え?」
「周りに弱みを見せないように、わざとらしく強い表情を見せているんだ。振り幅が広い時ほど、アレの心は随分と泣いているはずなんだ」
ルシエン参謀総長は泣きもしないマリアベル夫人を、強い人であると称したのである。
しかしレオンは全く別の見方をしていた。
こんな時に、わざとらしく強がってみせるのがマリアベル夫人であると悲しそうな表情を浮かべながら言う。
この癖は出会った頃からだとレオンは語った。
自分の部屋に向かっているマリアベル夫人の背中を、レオンは悲しそうな表情を浮かべながら見つめている。
スンッと冷静を保っているマリアベル夫人は、メイドに部屋の扉を開けて貰い入室する。
部屋の中のメイドが外に出たのを確認してから、マリアベル夫人は普段は隠している十字架を取り出す。
そして自分自身は地面に膝を着いて祈る。
「あぁ神よ、どうか父上を極楽浄土へとお導き下さい。そして兄上の罪も、どうか私が肩代わりしますのでお赦し下さいまし……どうかどうか、この命に換えても」
マリアベル夫人は大粒の涙を流しながら、神様に父親の成仏と兄であるリキャルド尊極大名の罪を赦してもらう為に祈るのである。
それはそれは深々と頭を下げ祈っている。
これは自分自身への贖罪でもあった。
ディルスとリキャルド尊極大名とは家族でありながら2人の事を止める事ができなかった。
それが罪であるとマリアベル夫人は、自分自身を心の底から攻めている。
レオンにも辛い思いをさせてしまったと、マリアベル夫人は深く後悔をしていた。
ディルスはレオンにとって、亡くなった先代に代わって父親の存在だった。
そんな人間を失った時に、自分は何もできないと無力感すら感じているのである。




