074:曇天
リキャルド尊極大名はディルスの言葉に、何も言い返せず黙ってしまうのである。
少しの沈黙が流れてからディルスは、あまりの出血により地面に両膝をドサッと着く。
これにリキャルド尊極大名は「な!?」と駆け寄ろうとするが、ギリギリで止まる。
今は敵であるから情を与えないようにだ。
「そうだ! 情なんて捨ててしまえ、それをお前ならできるはずだ。それは何故か……お前は俺の子だからだ」
「な!?」
いきなりディルスの口からリキャルド尊極大名の事を子供という単語が飛び出した。
まさか子供という単語が出てくるとは思わなかった。
それゆえにリキャルド尊極大名は言葉を失う。
何も流れない時間に、勿体無いと感じたディルスは続けて遺言のような事を伝える。
「お前がウチに来た時から心配していた。こんな優しい子に、尊極大名なんて務まるのかと……その心配は、ごく最近まで持っていた」
「………」
「しかし才覚に関しては、歳を取るにつれて進歩しているのが分かった。あと少しだけワシが、背を押してやれば完璧な尊極大名になれる……そう思った」
「まさかそんな事の為に、自分を犠牲にしたのか!?」
「だから言っただろ? 俺の野望の為ならば、どれだけ最後が不遇だろうとやってやると……それこそが野望を遂行する為の責任だ。その責任を、ワシの子であるリキャルドならば遂行できるはずだ」
ディルスの心配はリキャルド尊極大名が来た時から始まって、ごく最近まで持っていたという。
しかし才覚に関しては日に日に磨きかかっていた。
あとほんの少しだけ背中を押してやれば、自分を超える完璧な尊極大名になれると考えていた。
それを聞いてリキャルド尊極大名は、まさか自分の背中を押す為だけに命を投げ出したのかと驚く。
これこそがディルスの信念と言える。
そしてディルスは、自分の子供なんだから野望を遂行できるはずだと励ました。
「ふっ! やってやるよ、俺を誰だと思ってるんだ? グルトレール州の毒蛇の息子だぞ!」
「そうだ……その顔だ。それでこそワシの倅だ」
リキャルド尊極大名は口角を上げて笑うと、自分の胸をドンッと叩くのである。
自分を誰だと思っているのか。
そうディルスに言うと、自分はグルトレール州の毒蛇の子供だと胸を張って言った。
その表情を見たディルスは、完璧だと満足そうな顔をしながら、さすがは自分の息子だと褒めた。
「さぁやれ! レオン君に負けず、帝国随一の国守となるんだ!」
「あぁアンタ……オヤジを超えてみせるさ」
リキャルド尊極大名は涙を浮かべながらも、ディルスの首をスパッと刎ねた。
どこかリキャルド尊極大名の顔は、戦が始まった時よりも晴れやかな顔をしていた。
帝暦555年3月28日。
ディルス=ピルヤ、享年61歳。
この日、ディルスの死を世界が悲しむように空は今にも雨が降りそうな曇天であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ディルスが討死したタイミングで、レオン軍は当初の布陣予定地に到着しようとしていた。
しかしリキャルド尊極大名が、ディルスを討ち取ったと知った伝令役の兵士は、急いで布陣しようとしているレオンのところに向かうのである。
このまま戦っても流す血が無駄になると。
「報告いたします! 今し方、ディルス様、お討死にございます!」
「なに!? 親父殿が、もう討ち取られたのか!?」
「は! それに付随するディルス軍と、レオン様が先に向かわせました先方隊も全滅との事です……」
まさかこんなに早くディルスが討ち取られるとは、レオンを含めレオン軍の全員が思っていなかった。
そして軍が全滅したとも報告した。
それを聞いたレオンは絶句し、ルシエン参謀総長も動揺を隠せないようだった。
俺が先方隊に入っている事を知っているワイツもアイゼルは、俺の名前を「フェリックス……」と呟いて言葉を失うのである。
するとさらに伝令兵がやって来た。
「急報っ! ここに向いホンゼ軍、アレス軍が進軍を始めた模様! 半刻もせずに到着する見込みです!」
「うかうかしていられないってわけか……ルシエンっ! お前が先頭に立って撤退させろ!」
「レオン様どうするのですか?」
「俺は殿に入って、戦いながら撤退する! 撤退はお前に任せる!」
「し しかしそれでは危険です! 殿は私に!」
「俺以外に、これは逃げきれん! 良いから黙って軍を指揮しろ!」
この場所にホンゼ軍とアレス軍が向かって来ていると知らされ、うかうかしていられないと思った。
そこで撤退の先頭に立つのをルシエン参謀総長に任せると言うのだ。
そうなればレオンは殿に入ると決めた。
それはあまりにも危険だとルシエン参謀総長は、自分が代わりに殿を務めると進言した。
しかしレオンは自分以外にはできないと叫ぶ。
動揺しているのが明らかであるが、もうレオンが決めた事なのでルシエン参謀総長は諦めた。
しっかりと引き受けると言った。
馬を走らせてボロック州側の先頭へと向かう。
「さてと、ここからは地獄か……お前たち! 全軍撤退するが、ここが最前線となる! それでも絶対に負ける事は許さぬ、全員が命懸けで戦え!」
『うぉおおおお!!!!!』
レオンは兵士たちに、ここが最前線になり激しくなるが、負ける事は許さないと宣言した。
全員が命を賭け、絶対に生き残るように叫んだ。
それに呼応するように、兵士たちは武器を掲げて雄叫びを上げるのである。
撤退が始まった間も無くのところで、ホンゼ軍とアレス軍の騎馬隊が迫って来ていた。
それはそれは鬼の形相でだ。
これがもしも殿にいるのが、レオンでは無かったらやられていたのかもしれない。
「お前たち、来たぞ! 身の程も弁えず、バカみたいに突撃して来ている。そんな連中など、我らの敵ではないという事を思い知らせてやれ!」
『おぉおおお!!!!!』
向かって来ているホンゼ軍とアレス軍に対し、レオンは自分たちの強さを示してやろうと声をかけた。
この声に兵士たちは呼応して叫ぶ。
一応は逃げながら戦うので、特殊な陣形を形成しながら戦う用意をする。
2つの軍の先頭に立っている人間の顔が見えて来る。
先頭に立っている人間は、ホンゼ将軍とアレス将軍の2人だったのである。
直々にレオンを討ち取ってやろうと息巻いている。
レオンの首さえ取れば、ピルヤ家内の地位としては安泰なところに行けるからだ。
「ホンゼ殿、手出し無用だ! この俺が、レオンの首を取ってみせる!」
「何を言っているのか、レオンの首はワシが取りますゆえアレス殿は引っ込んでて貰いましょう!」
互いに自分がレオンの首を取るから、引っ込んでいろと言い合いながら向かって来る。
そんな事をしているうちに、レオンは馬の速度を少し落とし完全な殿の位置に着く。
レオンの周りに一騎打ちに強い人間を配置した。
そして遂にホンゼ軍とアレス軍が到着する。
「レオン殿とお見受けする!」
「その首、我らが頂こう!」
「取れるものなら取ってみろ! お前らに取られるほど、俺の首は安くないぞ!」
ホンゼ将軍とアレス将軍は、同時に剣を振り上げ斬りかかって来た。




