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062:偉大な父

 レムス大隊組頭がディルス軍の目の前で討たれたのを見た先輩兵士は、手を叩いて喜んでいる。

 俺の方をチラチラ見ながらニヤニヤする。

 これは俺の考えが間違っていたと言いたいのだ。

 まぁ別に間違っていたとしても、その時はそう思ったのだから問題ないだろう。



「これで勢いがつくんじゃないか!」


「確かにレムス大隊組頭は、それなりに名が広がっている人間ですからね。それをこんなに早く討ち取れたのはディルス軍にとって、かなり大きなものになるのは確実だと思います」


「そうだろ! ドンドン前に出ていくんじゃないか!」



 確かにレムス大隊組頭は、上級家来であり名が轟いている騎士だ。

 そんな人間を討ち取ったのは大きい。

 かなり勢いがつくのは確実であろう。

 これならドンドン前に出ていくのでは無いかと、先輩兵士は言うのである。

 その可能性はゼロでは無い。

 しかしもう1つ考えられる事がある。



「本陣、下がるぞ! 本陣を後ろに下げ、そこで新たな陣を張り直す!」



 ディルスの側近である男が、本陣の俺たちに本陣を後ろに下げるというのだ。

 まさかこんなところで下げるとは思っておらず、先輩兵士たちは「どうして!?」「なぜ!」と口々に疑問の声をあげている。

 その中の1人に俺の先輩兵士もいた。

 俺はどうなのかというと、候補の1つとして予想していた為、そこまで驚いてはいない。

 何なら良く判断したと俺は思っている。



「どうして下がるんだ? ここは逆に前に出て、向こうを追い込んだ方が良いんじゃないのか?」


「そういうわけにもいきませんて」


「どうしてだ? 押してるのは、こっちだろ?」


「確かにレムス大隊組頭を討ち取ったのは、とても大きな功績だと思います。しかし向こうを本気にさせたというのが、レムス大隊組頭を討ち取ったマイナスポイントだと思います」


「本気にさせた?」



 先輩兵士は後ろに後退しながら、どうして後ろに下がるのかと文句を言う。

 そんなわけにもいかないと俺は答える。

 俺の意見に先輩兵士は、どうして引かなきゃいけないのかと納得できていない様子だ。

 その疑問に俺は自分の考えを話す。

 レムス大隊組頭を討ち取ったのは大きな功績でありながら、逆にそれで向こうを本気にさせてしまったのが、こちらにとってのマイナスであると伝えた。

 しかしまだ先輩兵士は納得していないらしい。

 仕方ないと俺は続けて考えを話す。



「この戦いの本戦は、レオンさま方が到着してから始まるんです。今だにレオン軍が到着しない中で、本気の戦いが始まればディルス軍はひとたまりも無い」


「そういう事か、だから本気を出されたらマズイと……でも、じゃあなんでディルスさまはレムス大隊組頭を討ち取るように指示したんだ? 討ち取ったら、向こうが本気で来るってディルスさまなら分かったはずだ」


「良いところに気が付きましたね、そこが1番の問題だったんですよ。討ち取れるのに討ち取らないとなれば、逆に士気に関わって来ます。そうなったら討ち取るしか他はないんですよ」


「ディルスさまは、自分たちの軍の力を下に見ていたんだろうか? そうじゃないと、こんな事は起きないんじゃないか?」


「そう考えるのが当然です。しかし想定外だったのはディルス軍の強さではなく、向こうの一番槍隊の力です。まさかあそこまで何も考えずに突っ込んでくるとは、ディルスさまも想定していなかったのでしょう」



 この戦いの本戦は今ではなく、レオンの援軍が到着してからであると考えている。

 なんせ2万5000を超える敵に、こちらが2500で挑んだとして本気で勝てると思っているのか。

 絶対という言葉を使いたくはない。

 しかし使わざるを得ないくらい差があるのだ。

 そんな中でレオン軍が到着していないのに、リキャルド軍の本気で戦えば、とてつもない損害が出る。

 それどころか、全滅する危険性だってある。

 そんな事を頭いいディルスが行うはずがない。


 ならば、どうしてこうなってしまったのか。

 それは簡単な話だ。

 ディルスが見誤っていたのである。

 もちろん自分の軍を過大評価していたわけではなく、何なら過小評価しているくらいだ。

 じゃあ何を見誤ったのか。

 リキャルド尊極大名が、一番槍隊として戦場に送ったレムス大隊である。

 まさかここまで弱いとは思っていなかった。

 討ち取れるのに討ち取らなければ士気に関わる。

 これはもうディルスが悪いわけでも、討ち取った人間が悪いわけでも無い。

 ただレムス大隊組頭が弱かったのだ。


 レムス大隊組頭が打ち取られるのは、リキャルド尊極大名が本陣を引いているところからも鮮明に見えた。

 信用してレムス大隊組頭に5000の兵士を渡したというのに、まさかこんな結果に終わるとはリキャルド尊極大名は思ってもいなかった。

 椅子に座りながらプルプルッと震えている。

 怒りゆえに震えているのだ。

 拳をギュッと握りながら、目の前にある地図が置かれたテーブルをドンッと叩いた。

 それに護衛の兵士たちはビクッと驚く。



「どうなっているのだ! レムス大隊組頭は、最近になって武功を挙げていると聞いたから5000もの兵士を渡したんだぞ! これでは……これでは俺が、無能な大名だと思われてしまうでは無いか!」


「リキャルドさま。そうカッカなさいますと、お体に障りますぞ? また昨日、血をお吐きになられたのですよね?」



 レムス大隊組頭を信じて兵を渡した自分が、あまりにも無能に見えてしまうと怒っているのだ。

 その怒りから殺気を振り撒いて見張りの兵士を、ビクビクさせてしまう。

 見かねた本営守備隊長のルバート将軍が宥める。

 ここ最近、リキャルド尊極大名は調子が悪い。

 こんなに怒鳴ったら、体に障ってしまうという理由を使ってリキャルド尊極大名を落ち着かせた。



「今はもう体の事を気にしていられんわ! ここまで来てディルスを討ち取り損ねれば、今度こそ俺は周辺諸国から笑い物にされてしまう……絶対に負けられん!」


「それはもちろん理解しておりますとも。少なくとも我らは、リキャルドさまを笑った者を斬り伏せる覚悟はしておりますので、そこは安心なさってください」


「もちろんお前たちの事は信用しているとも。だがな、偉大な男を父に持つというのは、これ以上ない地獄であると心得よ……今は目の前の戦いに集中するか。直ぐに中央軍にいるホンゼとアレスを呼んで来い」


「ホンゼ殿とアレス殿ですか? 確か事前の軍議によると中央軍が動くのは、左右の軍が挟撃を開始してからだと聞いておりますが」


「作戦を変える! このまま戦ったとて、どうせディルスを越えられるはずが無い。それならば向こうも予想外のタイミングで、こっちが動くしか無いのだ!」



 リキャルド尊極大名からしたら体の事なんて気にしていられる場合では無い。

 こんなところでディルスを取り逃したとする。

 そうなれば周りから父を裏切ったのに、取り逃したと愚か者だと笑われる可能性がある。

 それをリキャルド尊極大名は恐れている。

 この流れを変える為に、リキャルド尊極大名は動く。

 グルトレール四天王の《ホンゼ=ヴレーヴ》将軍と、同じく四天王の《アレス=カエキトフ》将軍を呼ぶ。

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