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043:降伏

 俺はマルテッリを受け止めた。

 きっと避ける事ができたのだろうが、俺は避けるという選択肢を取る事ができなかった。

 マルテッリの目には大粒の涙が浮かんでいた。

 死ぬと察し、自分の人生は何だったのかと不満や悲しみなどの感情が溢れてきたのだろう。

 敵とはいえども死ぬのならば皆が仏だ。

 俺も同情はしてしまう。



「俺の人生は……何とも面白味も無い人生だった」


「アンタの人生は、確かに苦痛しかない人生だったのかもしれない……だけど! アンタの周りの人間は、アンタに支えられた人がいるはずだ!」


「そんな人間が居たと思うか?」


「あぁ思うよ! だからこそ、アンタはワレン5人集としてサッストンズ大陸に名を残してるんだろ」



 自分の人生はつまらないモノだったと、マルテッリは自分で自分の人生を否定する。

 しかし俺は、そんな事は無かったはずだと否定した。

 ここまで名を世界に広めているのならば、少なくとも周りの人間は支えられた人間がいるはずだというのだ。

 その言葉を聞いたマルテッリは、本当にそう思うかと再度聞いてきたのである。

 俺は大きく頷いた。


 マルテッリは、ほんの少し表情が明るくなった。

 きっと俺の言葉は、この男に少しは届いたんじゃないかと思ったのである。

 そのままマルテッリは力尽きた。

 俺とマルテッリの戦いは、俺の勝利で幕を下ろした。

 そして搦め手の将を失ったボドハント州の兵たちは、混乱の極みとなり崩壊が始まった。

 殲滅するのも時間の問題となる。


 一方でケイネスとマッシモの戦いは佳境を迎えようとしていたのである。

 真面目にコツコツと鍛錬を続けたケイネスが、次第にマッシモの剣を凌駕し始めていた。

 ケイネスの剣は派手さや個性というのが無い。

 基本に忠実で基礎の動きしかしない。

 しかしその基礎が個性や派手さを上回ってしまうほどの力となっているのである。



「あぁ面倒くさい……もう疲れたから、さっさと終わらせてしまおう」


「その意見には賛同する。この戦いは長くするだけ体力の無駄になる」



 そういうと互いに向かって斬りかかる。

 マッシモはロングソードなので、ケイネスよりも先に剣を振るうのである。

 それをケイネスは自分の剣で円を描くように、ロングソードを受け流す。

 ガラ空きとなったマッシモの懐に飛び込む。

 そしてマッシモの腹に剣を突き刺し、真横にビシッと剣を引くのである。

 マッシモは口から血を吐き、仰向けで地面に倒れる。


 ケイネスはスッと剣を振って、マッシモを斬った時に付いた血を払う。

 この光景を間近で見たワイツは、こんなにも凄い人間なのかとケイネスの強さに驚く。

 アルバートは惚けているワイツの頭を叩いた。

 我に帰ったワイツは、また戦いに再開する。

 俺たちが戦っている搦め手同様に、南門も指揮官を失って混乱甚だしくワチャワチャとなった。

 そして時間がかからずに崩壊する。



「ジラさま! 裏門、そして南門共に戦線が崩壊してしまいました! 正門が落ちるのも時間の問題かと思われます!」


「なんだと!? まだ戦いが始まって3時間も立っていないのだぞ!」



 裏門と南門の戦線が崩壊した事と、もう少しで正門も落ちてしまうだろうと、ワレンが不在の中で責任者を任されている嫉妬の《ジラ=ポーンチェ》に報告が入る。

 それを聞いたジラは驚きを隠せない。

 なんせ戦いが始まって、まだ3時間が経つか経たないかくらいの時間しか経っていないからだ。

 どうしたものかと立ち上がって、本陣の中をウロウロしながら策を考えようとする。

 しかさもうほとんど手詰まりの状態だ。



「どういたしますか! このままでは全滅は必須、あとは何時間で落ちるかという話でございます!」


「こんなところで負けるわけにはいかんわ! それではワレンさまに申し開きもできん……何か打つ手は無いのか!」


「悲しき事ではございますが、もはやこうなってしまったら打つ手は無いかと……」



 配下はジラに、一体どうするのかと指示を仰ぐ。

 こんなところで負けてしまったら、ワレンに会わせる顔が無いと言って負けを認めたく無かった。

 しかし悲しくも打つ手は無いと配下は進言する。

 もう何時間後に全滅するのかという事態だ。

 事実を改めて聞かされたジラは、認めたくなくて「うぅ……」と呻き声を出している。

 だが考えたところで、この状況を逆転させる方法は、もう存在していないのである。

 その為、苦渋の決断をせざるを得なかった。



「直ちに白旗を上げ、レオン軍の本陣に降伏の意図を伝える使者を送れ……」


「良くぞ、判断してくれました! これは英断です。直ちに指示通りにさせていただきます!」



 ジラは配下の人間に、今すぐ白旗を上げレオンのところに降伏するという意図を伝えに使者を向かわせろと、苦虫を噛み潰したような顔で言う。

 その判断に配下は、とても素晴らしいと褒める。

 このまま戦いを続けても無駄に兵士を殺すだけだ。

 手を止めるならば、ここ以外には無いと誰もが考えていたのである。

 ジラの指示通りに白旗が上げられ、レオンのところにもジラの使者が送られる。



「レオンさま、ジラさまの命により馳せ参じました」


「あぁ用件は何だ?」


「我らは全面降伏いたします。武器を捨て投降いたしますので、どうか兵士の命だけは、ご勘弁いただけないでしょうか!」



 使者はレオンに全面降伏する旨を伝え、武器を捨て投降するから命だけは助けて欲しいと頼むのだ。

 それを聞いたレオンは真顔で見つめている。

 これはダメかと使者は冷や汗ダラダラで、殺されると覚悟をし始めていた。

 するとレオンは、真顔のままスッと立ち上がる。



「日も暮れてきた、こちらの被害も決して少ないわけじゃ無い……よって、お前たちの申し出を受け入れよう」


「そ そうですか! 寛大なお心遣い痛み入ります。誠にありがとうございます!」


「直ちに攻撃を止めるよう全軍に伝えよ! 投降した兵には、一切危害を加えるな! それ以外の後始末はヒリスに任せる!」



 レオンは日が暮れてきた事や、レオン軍にも大きい被害が出ている事を考慮し、使者の申し出を受け入れた。

 これに使者は大いに喜んだのである。

 申し出を受け入れるからには、捕虜に危害を加えるなとレオンは伝える。


 最前線で戦っている俺たちに、早馬でトラフスク砦が降伏したから戦いを止めるように言うのだ。

 それを聞いた俺は、スッと剣を下ろす。

 敵兵たちは涙を流しながら、その場に膝を着いてガクッと項垂れるのである。

 その光景を見たら、何とも言えない気持ちになる。

 しかしこれは戦争だ。

 そんな甘い事を言っていられない。


 そのまま戦いの後始末は、レオンの指示通りヒリスが受け持って捕虜の捕縛などを行なった。

 レオンは自軍とシーメン軍を、ロシャー城とトラフスク砦の中間にある平野に集めた。

 これはここで大宴会をする為である。

 普通ならば騎士のみが呼ばれる。

 しかしレオンは雑兵も呼ぶように指示した。



「どうして騎士だけではいけないのですか?」


「この戦いは俺たち騎士だけで勝ったのでは無い! それを労わずして、何が騎士道だ!」


「しょ 承知しました! 直ぐに手配いたします!」



 レオンの強い希望により、雑兵も集まって大宴会が開かれる事が決定したのである。

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