042:互いの正義
俺の前世は平々凡々……と言いたいところだが、俺の周りに関しては平々凡々では無かった。
端的に言おう俺には姉と弟がいる。
姉は医者で、弟は弁護士だ。
これを聞けば分かると思うが、明らかに俺だけが家系図から浮いている。
同じ血が流れているのだから、俺にも弁護士や医者になるチャンスがあったのでは無いかと思う人もいるかもしれない。
しかし俺は小さい時から平々凡々だ。
「どうして姉や弟が、こんなに優秀なのにアンタは頭が悪いのよ! 恥ずかしく無いの?」
そんな事を言われたところで、俺だって頑張ってるんだから恥ずかしいとは思わない。
しかし家族から、そんな事を言われた日にはメンタルに、グサッと突き刺さるのである。
言われなれるとかは無かった気がする。
毎日毎日、俺以外の兄弟は褒められたり食事が豪華だったりしていた。
日に日に俺はやさぐれていた。
生きている意味はあるのかとすら思った。
だが俺には味方がいた。
当時の中学の担任だ。
クマみたいに大きくて口髭を生やしている比較的若い先生だが、何故か貫禄がある男の先生だった。
俺がトボトボと歩いている時に「また明日な!」と声をかけてくれたり、俺の家での扱いを聞いて相談にも乗ってくれたりしてくれた。
その時の言葉を、今でも覚えている。
「良いか? 確かに身内に愛されていないと思う事は、絶対にあっちゃいけない事だと思う……だけどな! 反対に血の繋がりが全てじゃないと俺は思ってる!」
「血の繋がりが全てじゃない?」
「あぁそうだ! この世界に生まれて本当の意味で、孤独な人間なんていないんだよ! 絶対にどこかで、お前を必要としてくれる人間がいる。だから、これからはそんな人の為に生きてみないか?」
この言葉にどれだけ救われたか。
家では確かに不当な扱いを受けていた。
しかし学校では親友と呼ぶのに相応しい友達ができたり、こんな俺でも好いてくれる人もいた。
だから俺は死ぬまで前世で人生を謳歌できた。
そんな俺の人生と、マルテッリの人生は似ているように感じたのだ。
確かに俺は家族を恨む事も大いにあった。
だがマルテッリのように、俺は家族に危害を加えようなんて思った事は無い。
そんな事をする時間がもったいないと思ったからだ。
それに俺には先生のような人がいたからだと思う。
しかし俺に対してマルテッリは、周りにそんな人はおらず、身内を恨み殺すという選択肢しか無かった。
確かに同情できるところがあるかもしれない。
俺もマルテッリも絶望した。
それは家族に愛されないという不幸を、この身に受けたからである。
でも俺は絶望に屈しなかった。
そこはマルテッリと大きく違うと思う。
俺の考えでは、絶望に屈して負けたからマルテッリは殺すという選択肢を取ったと思っている。
しかしそれをマルテッリは認めない。
「ふざけるな! 俺が絶望に屈したなど、絶対にあり得るわけがない! 俺の事を正当に認めなかった人間を、この世から葬ってやっただけだ! それは決して絶望したからでは無いわ!」
「テメェが、その行いをどう言おうが俺は……絶望に屈したと思ってる! それにそもそもテメェの考え方が間違ってんだよ!」
「俺の考えが間違っているだと? 俺の何が間違っているというのだ! 俺の力を正当に評価しない人間を、この手で殺して何が悪い!」
マルテッリは自分の力を正当に、評価をしなかった人間を殺しただけだと主張している。
この言葉に俺は真っ向から否定する。
どれだけマルテッリが、自分を擁護する主張をしたところで、絶望に屈したと考えを突きつける。
そして何よりもマルテッリの考え方が間違っているのだと、俺は剣を構え直してマルテッリに言う。
マルテッリは、いきなり考え方を否定され困惑する。
考え方が間違っているとは、どういう事かと聞く。
「テメェは家族に認められようと兵士として、歩兵長まで成り上がった。しかしテメェの考えでは、自分は力を付けたのに身内が周りにいないという事実に憤慨した」
「………」
「それが間違ってるっていうんだ。努力や鍛錬、そして戦いというのは孤独なものだ。その戦いの場に家族や大切な人がいない、居てはいけないんだ! その茨の道の先に、テメェが求めるモノがあったんだ」
マルテッリは家族に認められたくて、成果を出したというのに周りに身内がいない事に憤慨したのだ。
だがそれは間違っている。
人間の努力や鍛錬、夢に向かう為の道には家族も大切な人も隣にはいない。
絶対に居てはいけないのだ。
こんなガラスの破片がバラ撒かれているような道を、1人で歩いて行った先に俺やマルテッリが欲しがっているモノが存在している。
それこそ本当に大切な人である。
この事に気がつくか、気がつかないかで人間が歩む道の質が大いに変わってくる。
俺とマルテッリを見れば分かるだろう。
「戯言を言うな……そんなふざけた考えは、お前を殺す事で間違っていると否定してやる!」
「やれるもんならやってみろ! 俺の考えを分かって貰おうなんて思っちゃいねぇよ。だから俺と、テメェは敵同士で対立してんだろうが……俺の正義で、テメェの正義を打ち砕いてやるよ!」
俺の考えを容認できないマルテッリは、俺を殺す事で考えが間違っている事を証明すると言うのだ。
それに対し俺は理解して貰おうとは思っていない。
だからこそ俺とマルテッリは、敵として剣と剣を向け合っているのだ。
俺も俺の考えが正しいと証明した。
マルテッリに勝って俺の考えを押し通す。
互いに自分の考えが正しいと証明しようとする。
マルテッリは上段に構えたので、それに対し俺は下段の構えで迎え打つ。
動き出しは同じタイミングだ。
俺は剣を振り上げ、マルテッリは剣を振り下ろす。
ちょうど互いの真ん中で剣の刃がぶつかる。
バチンッと火花が上がった。
そして互いの剣が上下に弾かれる。
空中でグッとタメを作り、互いに向かって走っていきすれ違いながら斬る。
俺は腕を斬られていた。
マルテッリの方は無傷そうで、フフフッと不敵な笑みを浮かべているのである。
届かなかったかと俺はクッと悔しがった。
しかしマルテッリの胸からプシャッと血が吹き出た。
俺は驚いて振り返ると、マルテッリの胸に一文字で深い切り傷が付いていた。
俺が勝っていたのだ。
口から血をゴフッと吐き出しながらマルテッリは、倒れる事なく俺の方に振り向く。
「み 認めぬ! こんな事は絶対に認めぬ……まだ俺は負けてはいない!」
「あぁまだ決着はついてねぇよ。どっちが上なのか、白黒ハッキリつけようぜ!」
まだ倒れていないので負けてはいないと、マルテッリは剣を構える。
そしてまた互いに向かって走り出す。
マルテッリは剣を振り上げた。
だがその速度は負った傷によって、さっきとは比べ物にならないくらい遅い。
俺は中段の構えからマルテッリの胸にある傷口に、剣を突き刺して貫通させた。
マルテッリは、また口から信じられない量の血をゴボッと吐いたのである。
全身の力が抜け俺にもたれかかって来る。
それを俺は受け止めた。
マルテッリの目からは涙の雫が溢れていた。




