041:憤り
俺はシーメンが殺されそうになったタイミングに、ギリギリでマルテッリの剣を止めた。
2人の対決で邪魔が入るとは思っておらず、シーメンもマルテッリも驚いている。
鍔迫り合いになるのが数秒間続いてから俺は剣を弾いて、続けてマルテッリに向けて剣を振り下ろす。
それを警戒のステップで後ろに下がって避ける。
「お前、俺がせっかく気持ちよく切ろうとしていたところを邪魔しやがって……ふざけんじゃねぇぞ! 真っ二つにしてやろうか!」
「邪魔? 何が邪魔だよ、最後の最後で油断してたのが悪いんじゃねぇのか? 俺みたいな一般歩兵のガキに、剣を止められて何言ってんだよ!」
「決定だ! テメェは1番、無惨な死を遂げさせてやるよ! 覚悟しやがれ!」
俺の挑発に乗ったマルテッリは、剣を振り上げて襲い掛かろうとするのである。
これは俺の考えていた通りだ。
スピード重視でマルテッリの懐に飛び込む。
そこから俺は肩をマルテッリの胸に押し当てて動きを封じるのである。
そして右足をマルテッリの右足の後ろに引っ掛け、肩とのテコの原理で地面に倒す。
上手く練兵で培ったものを出せたと思って、俺はほんの少しコンマ何秒というレベルで気が緩んでしまった。
猛者であるマルテッリは、それを見逃さない。
逆に倒れているマルテッリが、俺の足をバッと足払いして俺は地面に倒れる。
その隙にマルテッリは立ち上がり距離を取る。
俺も倒れた瞬間に体勢を変え、マルテッリからの攻撃を受けないようにするのである。
「ガキだと思っていたが、それなり修練を積んでるみたいだな! これなら少しは俺の怒りをぶつけられるか」
「テメェの怒りなんて貰う気ねぇよ! こっちは、この戦いに勝ちに来てるんだ……御託は良い、さっさとかかって来いや!」
「やってやろうじゃねぇか! お前と俺の格と質の違いを教えてやるわ!」
マルテッリは剣を構え直して俺に飛び込んでくる。
さっきはガキの俺を相手するとなって、少しの油断のようなものがあった。
しかし今となっては油断も隙もない。
それ以上に全身から殺気とも取れるオーラを出しており、俺の身を硬直させるのである。
このままでは一瞬でやられてしまう。
俺はスーッと息を吸ってグッと息を止めて、真っ正面からマルテッリを向かい打つ。
俺とマルテッリの剣は鍔迫り合いになろうとした。
だが全身全霊で向かってくるマルテッリの剣は、とてつもなく強く重いものだった。
鍔迫り合いになる事なく、俺は後方に弾かれる。
弾かれた体勢は、かなり無防備である。
そこに圧をかけるように、マルテッリは連打を打ち込んでくる。
まさしく木に打ち込んでいるかのようにだ。
それはそれは俺を人だと思っていないように、剣を振り下ろしてくるのである。
「どうした、どうした! さっきに比べて、静かになったんじゃねぇのか!」
「舐めんじゃ……ねぇ!」
攻め込んでいるマルテッリは、俺が守りに徹し始めている事に静かになったと煽ってくる。
もちろん挑発してきているのは分かっている。
しかし言われているだけでは面白くない。
俺は自分の剣を回し、マルテッリの刃を地面の方に向かせるのである。
そのままマルテッリの剣を押さえ込んで、左足の回し蹴りをマルテッリの側頭部に叩き込んだ。
少し脳が揺らいで蹴られる方に蹌踉めく。
蹌踉めいたところに俺は、両手で上段からマルテッリに向かって斬りかかる。
マルテッリは咄嗟に片手で俺の剣を受けようとする。
さすがに俺の全力を片手で受け切れるわけがなく、ジリジリと押し込んでいき、マルテッリの額に俺の剣の傷を付ける事ができた。
さらに押し込もうと力を込める。
だがマルテッリは「うぉおおおお!!!!!」と気合を入れ直す為に叫びながら俺の剣を弾いた。
「あぁ! イライラするガキだなぁ……こんなにイライラしたのは親父たちを斬った日以来だ! 全身の血が怒りで沸いているように感じる!」
「親父たちを斬った? お前、身内を斬ったのか?」
「あぁ親父にお袋、そして妹と弟もな。それに使用人も斬ったか……そこら辺の記憶が曖昧なんだ」
「それはテメェが成り上がる為か?」
「いや……俺の事を認めようとしなかったからだ!」
俺を自分から遠ざけたところで、マルテッリは額をボリボリも血が出るくらいに掻きむしる。
そして自分の身内を皆殺しにした時以来の苛立ちだと俺の方を向いて言う。
苛立っているという事よりも、俺は身内を皆殺しにしたという事が脳裏にこべりつく。
どういう事なのかとマルテッリに聞いた。
何があって一族を殺したのか。
その答えとしてマルテッリは、自分を認めてくれなかったからだと言うのだ。
マルテッリは農民の出である。
下には2人の弟と妹がおり、長男として家を継ぐ役目を持っていた。
しかしマルテッリは農民としての才能よりも、剣士としての才能の方があったのである。
この才能が身内に認められる事は無かった。
その為、下の兄弟が成長するにつれマルテッリは無視され貶されるようになった。
認められたいと思ったらマルテッリは、兵士として名を挙げる事にした。
「マルテッリっ! お前を歩兵長に任命する!」
「ありがとうございます!」
マルテッリは、ひたすらに戦場を駆け回った。
それにより23歳という若さで、歩兵長にまで成り上がったのである。
これならば家族に認めて貰えると思った。
しかしマルテッリに待っていたのは、家族の心無い罵詈雑言ばかりだった。
農民としての使命を忘れ、人を殺す事に性を見出すなんて、という風に言われてしまったのである。
これにマルテッリの何かが崩れた。
そして気がついたら、マルテッリの周りが家族の血や肉で満たされていた。
「そんな俺を認め、褒めてくれたのがワレンさまだけだったのだ! 愚かな人間は死んでよし……お前も死んでよし!」
「そうか、お前はそうやって絶望に屈したのか……」
「ん? 俺が絶望に屈した?」
「あぁ家族に認められたいと思い、それに向かって努力したというのに拒まれた。そしてテメェは、自分自身に絶望したんだ」
こんな自分を認めてくれたのは、ワレンなのだとマルテッリは満面の笑みで言ってくるのだ。
そんなマルテッリに俺は可哀想な人間に向ける目をして、絶望に負けたのだと言う。
俺の言葉にマルテッリはピクッと眉を動かした。
そうマルテッリは絶望に負けたのだ。
「俺が負けただと……何をほざいてる! 俺が家族に認められなかったから絶望した? そして家族を殺した事が絶望に屈した事だと?」
「あぁテメェは確かに歩兵長に成り上がるまで、農民として努力したんだろうよ。じゃあ家族に認められなくて殺した理由は何だ? 何の為に戦場で武功を挙げた!」
「俺が戦場で武功を挙げたのは、この世で俺が最も強いと証明する為だ! 決して家族に認められたいからでは無い!」
マルテッリは俺の言った事に大いに憤る。
しかし俺は言う事を止めなかった。
だってそれが正しい事だと思っているからだ。
どうして家族を殺したのか。
それはマルテッリが家族に認められたく努力して結果を残したのに、認めてくれなかった事に絶望したから。
この事を俺は淡々と言い続ける。
何だって俺も似たところがあったからだ。




