040:怠惰な男
ワイツは南側から先頭を切って、トラフスク砦に突入するのである。
この南側の責任者となったのはアルバートと、コスタス前代官の時代からソロー=ジルキナ家に仕えている《ケイネス=ラッシャー》の2人だ。
やはり数の暴力で押し込んでいる。
その先頭にワイツが立って戦っているのだ。
「もっとだ! もっと強い奴は居ないのか!」
ワイツは雑魚を片っ端から倒していく。
あまりにも手応えが無いので、もっと強い奴はいないのかと叫んでいる。
するとビリッとするような感覚が背中に走った。
何なのかと思って振り返る。
するとそこには胸にまで掛かる長髪・長身の男が、剣を地面に引き摺りながら向かって来る。
何だろうか。
とてつもなくオカルトのような雰囲気を、この長髪の男からは感じた。
「おぉ噂をすればって奴か? これは超級にヤバいのが出て来たぞ」
「何やら私を呼んだように思えるのだけれども……呼んだのは貴殿か?」
「いや、別にアンタを呼んだわけじゃ無いが。まぁ武功には変わりねぇから良いけどな!」
ワイツは噂をしたらヤバい奴がやって来たが、別に武功には関係ないからと斬りかかる。
長髪の男はワイツが斬りかかってきても、その場でピクリとも動かずにいた。
それにより目の前まで剣が来た。
ワイツは簡単に終わったと思った。
しかし触れるか、どうかくらいのタイミングでワイツの剣が弾かれたのである。
この状況にワイツは「え?」と困惑する。
空中に浮き上がっているところで、長髪の男は立て続けに斬りかかってくる。
危険だと思ったワイツは目の前に剣を持ってくる。
それによりギリギリで防げたが、ワイツは後方に吹き飛ばされてしまうのである。
吹き飛ばされたワイツは「ど どうなってんだ!?」と動揺を隠せずにいられなかった。
「あぁ気が重い……こんなガキを殺さなきゃいけないなんてなぁ………あぁ気が重い」
「お前! ただの雑魚じゃねぇな、誰だ!」
「私か? 私はなぁ……めんどいなぁ」
「良いから言えや!」
「私はワレン5人集が1人、怠惰の《マッシモ=デオダード》……あぁ面倒だぁ」
この強さや雰囲気から、ただの兵士では無いとワイツは悟るのである。
そこで何者なのかと聞いてみた。
男はスッと名乗るのかと思ったが、名乗るのは面倒くさいかもしれないと溜息を吐いて止めようとする。
この寸止めにワイツはイラッとした。
男はワイツに言われるがままに、ようやく自分の名前を名乗るのである。
男はワレン5人集の1人である怠惰のマッシモだ。
ギリギリで立ち上がったワイツに、マッシモは本当にロングソードを振っているのかという速度で、切り掛かってくるのである。
マッシモの攻撃を防ぐのに、ワイツは精一杯だ。
そして次第に押されていき壁際に追い込まれる。
背中が壁についた瞬間、ワイツは壁側を見てしまってマッシモから目を離してしまった。
その隙にマッシモの剣は振り上げられていた。
このままでは剣が間に合わないと、ワイツは死を覚悟するのである。
しかしギリギリのところで、剣と剣がぶつかる音が聞こえた。
ワイツは誰かに助けられたと瞬時に理解する。
誰なのかと思ったら、ワイツを助けたのはアルバートとケイネスの2人だった。
そしてアルバートはマッシモの剣を弾く。
続けてケイネスが、マッシモの喉元に切先を向ける。
「貴殿の事は知っているぞ、領主でありながら政を怠けな挙句に領地を腐敗させた。領主を追放された貴殿は、人斬りを生業としてワレンに拾われるまで生きていたと言うでは無いか……貴殿に正義はあるのか!」
「正義? 正義ねぇ……そんな面倒なものは無いよ。そんな面倒なものを持って、どうするの?」
「正義を持って、どうするかだと? 正義とは人間にとって太陽である、太陽を無くして人間は生きてはいけぬのだ! すなわち貴殿は、既に死んでいる!」
「あぁ面倒くさい人だ……邪魔をするなら面倒だから殺すよ?」
「やれるものならやってみろ! 正義を持たぬ、貴様に負けるはずが無い!」
元々マッシモは、領主であったが怠惰な性格から政を一切しなかった。
それにより領地は荒廃し崩壊した。
領主では無くなったマッシモは、人斬りとして日銭を稼ぐようになったのである。
そんな時にワレンに拾われた。
こんな人間に正義はあるのかと、ケイネスは真面目な性格ゆえにマッシモを嫌悪する。
それはマッシモも同じ事である。
邪魔をするなら面倒だから殺すとマッシモは剣を構えて、正義がない人間に生きる価値なしとケイネスはマッシモ同様に剣を構えた。
「さぁかかって来い! 貴様の腐った性根を叩き直してやろうぞ!」
「はぁ……あぁあ面倒だ。本当に面倒だ………」
先に仕掛けたのはマッシモの方だった。
さっきまでは気だるそうにしているのに、攻撃を仕掛ける一瞬だけは目にも止まらぬ速さだ。
ワイツは動いた瞬間を捉えられなかった。
これはケイネスもヤバいと感じる。
しかしケイネスは自分のド正面で、マッシモのロングソードを受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。
ワイツは「マジか……」とケイネスは驚く。
「ワイツ、何をそんなに驚いてんだ?」
「え? い いや……ケイネス殿は確かに真面目で頭も良いとは思ってましたが、まさか剣もできるなんて思っていませんでした」
「勉学を惜しまずに学べる努力家が、剣技を学ばせて進化しないわけが無いだろ? アイツは家来の中でも、それなりにやれる方だよ」
「武闘派のレオンさま配下の中で、上位にいるって他の州だったら……さすがはケイネス殿だな」
「まぁよく見ておけ、アイツはアイツで異常者だから」
ケイネスは勉学などの知性的なイメージがあったワイツは、まさか剣技も凄いなんて知らなかった。
どうやら武闘派のレオン配下の中でも上位の実力者であり、文武両道を実践しているレオンの配下にしては珍しいタイプの人間である。
これからどういう戦いになるのかと、ワイツはワクワクしてケイネスを見守る。
鍔迫り合いになったケイネスは、少しの間この状況を続けてからマッシモの腹を蹴り飛ばす。
それによりマッシモは後ろに後退させられる。
マッシモは顔を顰めながらクッと声を出す。
腹の痛みを我慢しながら顔を上げると、そこには剣を振り上げているケイネスが上段の構えで向かっていた。
急いでマッシモはロングソードを持ち上げ、斜めにしてケイネスの剣を受け止める。
「ほぉこれを止めるとは、怠惰とは言われているが動きは機敏みたいだな」
「あぁダルい……ここまで強いとは思わなかった………マルテッリに任せたい」
鍔迫り合いになった事に、ケイネスは面倒という性格からは想像できない機敏さがあると褒めた。
それに対しマッシモは、こんな強い敵と戦うなんて面倒くらいと溜息を吐くのである。
これならマルテッリに任せたいと嘆く。
そんな事を言いながらマッシモは、剣を上に押し上げてケイネスの剣を弾く。
ほんの少しだがケイネスの姿勢が崩れる。
マッシモは隙を見逃さず、下からケイネスの喉元に向かってロングソードで突きを仕掛けるのである。




