039:憤怒の男
砂浜で野営をした俺たちは、日が明けるタイミングでロシャー城まで向かうのである。
レオンがロシャー城に到着すると、城の入り口でヒリスがレオンを出迎えた。
この時をヒリスは待っていたのだ。
だからレオンが到着するのを心の底から待っていた。
「よくいらっしゃいました! レオンさまの到着を、心よりお待ちしておりました!」
「ヒリス、動くのが遅くやって悪かったな」
「いえいえ! レオンさまのお考えが正しかったと、今回の戦いで証明されるでしょう!」
びっくりするくらい腰が低い。
俺たちは媚に媚びてるなと思いながらも、何も言わずにレオンとヒリスの会話を聞いている。
「それで今の状況は、どうなっている?」
「トラフスク砦には変わらず300人の兵がおり、砦はシーメンさまが取り囲んでおります」
「そうか、分かった。城の中に入らせて貰おう」
「はっ! ご案内いたします!」
レオンはヒリスに、今の状況について聞く。
ちゃんとシーメンが見張りをしている事を確認してからロシャー城の中に入場するのである。
俺のような末端の兵士までは城の中に入れない。
その為、外でテントを張って野営を始める。
いつかは城の中に入りたいものだ。
そんな事を思いながら俺は、コーヒーを淹れて月夜を見ながら啜るのである。
城の中ではシーメンたち重臣を呼んで、明日の戦いに向けた軍議を開くのだ。
そこにはワイツやアイゼルも意見は言えないが、その場に参加している。
「ヒリス軍は周りの海上を封鎖し、東側の大手門より攻めろ。シーメン軍は西側の搦め手を攻めろ。俺たちは南側を受け持つ」
「ま 待って下さい! 南側って1番大変なところじゃないですか! 大変なところは我らが務めますゆえ、レオンさまは大手門を担当して下さい!」
「いや、俺たちが南門を担当する。お前たちはお前たちの仕事を全うしろ」
「し しかし……」
「ヒリス殿、ここはレオンさまにお任せしよう」
東側の正面をヒリス軍が、西側の裏門をシーメン軍が、レオン軍は砦の中で攻めずらい南門を担当する。
その事についてヒリスは異議を申す。
レオンは援軍にやって来てくれたのだから、攻めづらいところは自分たちが担当するという事だ。
しかしレオンは南側を譲らない。
ヒリスも納得できずにいると、シーメンがヒリスの肩をポンッと叩いて諦めるようにいう。
こう言い出したレオンは止まらないのである。
「良いか! 1日で叩き潰すぞ、何日もかければ向こうの思う壺だ!」
レオンは軍議に参加した人間たちに、明日1日で戦いを終わらせるように言うのだ。
それを聞いたワイツたちは拳を掲げて士気を高める。
翌日の早朝である6時に編隊するが、俺はシーメン軍に編成される100人に入った。
ワイツは南門を攻める部隊に編成され、アイゼルはレオンを守る本陣の守りについた。
また別々になったが志は同じである。
絶対に勝って武功を挙げると意気込んでいる。
今回のレオン全軍はトラフスク教会に本陣を張り、軍議の内容通りに三軍は散っていった。
俺はワイツとアイゼルに生き残るように言ってから、シーメン軍と共に搦め手に向かうのである。
前回は武功を挙げられなかったので、今回こそは武功を挙げると強く心に誓う。
そんな気持ちのまま俺たちは搦め手に布陣する。
そしてレオンたちの合図を待つ。
「お前たち! この戦いに勝てば、我らがボロック州の名をボドハント州に知らしめる事ができる。向こうは自分たちを覇者だと思っているが、本物の覇者はレオンさまのみである!」
『うぉおおおお!!!!!』
「我らの後ろには、レオンさまが居て下さる! 我らは目の前の敵を倒す事だけに集中すれば良い!」
シーメンが俺たちに向けて、何も気にする事なく目の前の敵だけを倒すように鼓舞する。
これに俺たちは雄叫びを上げて士気が高まる。
さすがはレオンの叔父であるとしみじみ感じた。
そして本陣の方から開始の合図が聞こえて来る。
各隊の将たちは「いくぞぉ!」と言って、突撃を開始するのである。
俺も先陣を切って砦の入り口の方に行く。
もちろん砦の入り口は閉まっている。
しかしそれを無理矢理にこじ開け、砦の中に俺たちは雪崩れ込んでいく。
開始早々ではあるが乱戦に入る。
「とにかく敵を斬りまくれ! 各門に裂けるのは、約100人くらいだ!」
乱戦に入るという事は、かなり精神的にも追い込まれるという事だ。
だが有利なのは明らかに自分たちだ。
だから俺は仲間たちに、100人くらいしかいないから自分たちの方が有利だという事を言葉にする。
それを聞いた兵士たちは「うぉおおお!!!!」とトラフスク砦の兵士たちを斬っていく。
これは早く決着がつくと俺は思った。
しかしそんな簡単では無かった。
「ふざけるな! この田舎騎士どもが、我らがボドハント州に土足で踏み入りやがって……タダで済むと思うんじゃねぇぞ!」
こんな叫び声が聞こえて来たと思ったら、シーメン軍の兵士たちの手や足や胴体が飛んでくるのである。
それは1人の騎士のせいだった。
その騎士は顔を真っ赤にして怒っているようで、手にはロングソードを持っている。
明らかにそんじょそこらの騎士ではない。
いわゆるところの本物だ。
これは前に戦場で戦ったダショーンに匹敵するレベルの男であり、もしかしたらそれを凌ぐかもしれない。
そんな人間が目の前にいて俺はチャンスだと思った。
あの首を討ち取れば、俺が挙げる武功はドデカい。
やってやろうと男に近寄ろうとするが、この場にシーメンがやって来たのである。
「貴殿が名高いワレン5人集が1人、憤怒の《マルテッリ=アサエヴァ》か!」
「あぁん? テメェは……シーメンか! 今回の戦いの中でも、かなりの上物じゃねぇか。テメェの首をとったところで、俺の怒りが収まるわけじゃねぇが………その首ここに置いていって貰おうか!」
この目の前にいる憤慨している男が、トラフスク砦の大将であるワレンの側近にして、周りからワレン5人集と呼ばれている憤怒のマルテッリだ。
俺でもワレン5人集というのは聞いた事があった。
ボドハント州の重臣内でも、突出して気性が荒い騎士が揃っているところだと。
それを討ち取れば、かなりの武功になると思ったが、どうやらシーメンが戦うらしい。
ここは譲るしかない。
そのままシーメンとマルテッリの戦いが始まった。
レオンの叔父さんと言っても、あの人が特殊なだけでシーメンは大した事ないんだろうと思っていた。
しかし思っていたよりも遥かに剣が立つ。
これだけの実力があればレオンを排除し、自分が当代になる事だって夢では無かったはずだ。
それなのに義理を重んじ、レオン方に着いたのは素晴らしい事だと思った。
だがマルテッリは上を行っていた。
「貴様の実力は確かに素晴らしいものだ。しかしそれは鍛錬を、あと20年やればの話だがな!」
「こ コイツは化け物か……」
「弱い奴は死んでいく、それが乱世の理って奴だ。テメェの首は、このマルテッリさまが頂く!」
マルテッリの攻撃を捌ききれず、シーメンは傷だらけになって地面に膝を着いた。
この時点で、かなりの血を流している。
動けなくなったシーメンに、マルテッリは剣を振り上げてトドメを差そうとした。
やられると覚悟を決めたシーメンは目を瞑る。
しかしギリギリのところで、俺が割って入る。




